一話 プロローグ
飲み込まれるような漆黒、無数の星々、巨大な惑星、無限に広がるその宇宙に一人の神の姿があった。
「あ~、ひまぁ」
何も無いその空間で、頭の後ろに両手を組んでは寝転がる姿勢で浮かんでいる。黄金に輝く短い髪、耳には燃え盛る太陽の如く輝く小さなピアス、キツイ吊り目だが整った顔立ち、白銀の衣を纏うその男は、宇宙を司る神であった。
すると、無気力全開のその男の近くに、もう一人少年のような神が現れた。
「相変わらずダラダラしてるね~」
「あぁん? なんだお前か」
子供のような声色の主は、少しからかいを含んでいるかのようだった。
することも無い上に、いきなり毒を含んだセリフを吐かれたことで若干不機嫌気味に反応する男。
「適当に星を破壊したり生み出すのも飽きたでしょ? 勢い余って他神の管理管轄の星に手を出しちゃったこともあったし、神の中でもハグレ者として肩身狭いでしょ!」
「うるせーよ」
急に現れては毒尽きケラケラと笑う少年に、男は不愛想に一言返してはそっぽを向いた。
「ねぇねぇ、一つゲームをしてみない?」
ふいに誘われた提案に、男はぴくりと耳を動かしては少年に向き直った。少年は意識が向いたと確信し、口元を緩める。
「一つの星を舞台として、その星の存亡を賭けるってのはどう?」
「どういうことだ?」
「お互いの管轄外の星で、君はその星の生物を一人指定するんだ。その生物が星を落としたら君の勝ち、星が生き抜いたら僕の勝ち、勝ったら負けた方に管轄する星を一つ受け渡すって感じでどうかな?」
「ほ~う、おもしろそうじゃねーか。普通に破壊するのも飽き飽きしてた所だ。勝ったらお前に俺の管轄する星を渡せるってのもいいな、いちいち管理するのは面倒なんだ」
乗り気になった男を見るなり、少年は後ろで手を組んではうんうんと大きく頷いている。
「じゃあ、舞台は虹色系にあるL8惑星ね! あそこなら無くなっても問題ないと思うし」
「あぁ、早速始めるか」
「そうだね。でも、ダラダラとやってもしょうがないから期間を決めよっか! 三年でどうかな?」
「いいぜ。そのムカツクにやけ面に、吠え面かかせてやる」
「楽しみにしてるよ~! じゃあまたね~」
少年は、手を振っては光と共に姿を消していった。少年が消えるのを確認した男は、ニヤリと口角を上げた。
「五百年ほど前だったか? あの星に遊びに行った記憶があるな。確かあそこには貧弱な神の成り損ないが隠れてたはずだ。くっく……いい機会だ、今度は隠れるザコと星を壊してやるぜ」
不敵な笑みを零す男は、そう呟くと光と共に姿を消していった。
どこかのとある部屋と思わしき場所があった。その部屋にはベッドやテーブル、台所には二人分の食器と、生活感溢れる日用品が揃っていた。その部屋に設置してあるソファーに座るのは、身の丈よりも長い黒髪を持ち、羊のクッションを膝上に置き、手元には空中に表示されるディスプレイ端末を操っては、優雅にモーニングタイムを満喫している少女の姿があった。しかしどうやら寝不足のようで、その目には若干のクマがある。
すると突然、少女の目の前に光の粒子が集まったかと思うと、それは人型へと形作っていった。少女は現れたその人物を見るやいなや、咄嗟に立ち上がっては姿勢を正した。
少女の目の前に現れたのは先ほどの神。ピーンと背筋を伸ばす少女を視界に捉えるなり、男は腕を組んでは堂々とした態度で口を開いた。
「よぉリト、久しぶりだな」
「お、お久しぶりです! 宇宙の神様!」
若干緊張気味に挨拶を交わす少女。余程格上の相手なのか、少し声も震えている。
「お前に仕事を持ってきてやった。詳しくはこれを見れば分かる、後は任せたぞ」
急に現れては情報を補完することが出来る石を渡され、そして強制的になにやら面倒そうな仕事を押し付けるだけ押し付けて消え去る男に、リトと呼ばれた少女は顔を引きつらせてはこめかみをピクピクとさせていた。
手に持つ石をおもむろにテーブルへ叩きつけたリトは、ソファーに腰かけるなり石の内部に保管された情報を参照し、手元の端末を操作してはブツブツと文句を言い始めた。
「まったくいきなり神様が不法侵入してきたと思ったら仕事の依頼ですかい。健全な少女のようにキャーと叫び声をあげるヒマもありませんでしたよ。こちとら色々な管理業務で忙しくて昨日も徹夜だったってのに天使だからって理由でこき使いすぎなんだよこんちくしょいっ。今日は休みなんですけど休出手当つくんですかなんて言える筈もないし言うヒマもなかったし完全な労働基準法違反、むしろ神と言う名のパワハラなんですけど。そしてなになに? 指定してある星にいる屈強なマッチョマンのようなこの男に、”隠れた神を始末しろ”と命じろ? 期間は三年?」
遠くを見つめるような眼差しで天を仰ぐと、静かに呟いた。
「……あの神様、頭沸いてるんじゃないかなぁ」
リトは気が抜けたせいか、徹夜続きだったこともありそのまま意識が遠くなってはテーブルへと体を落としていった。そしてスースーと寝息を立てて夢の中へと旅立ったようだ。
しかし、そのまま放置されている端末操作が、軽く寝返りを打つように動いたことによって無意識のうちにディスプレイ内のカーソルを動かしてしまい、本来指定されていたはずの男とは別の人物を選定してしまっていたのだった――。
――ぴちち、くちち。
可愛くさえずる小鳥の声は、優しい目覚ましのようにぐっすりと眠っていたリトを徐々に覚醒させていった。軽く目をこすり、いつの間にか眠ってしまったんだとまだ覚めきらない頭でぼんやり把握すると、ふと目の前のディスプレイが視界に映り込んだ。目を細めては少し覗き込み、事の事態を飲み込むと目を丸くしては深く覗き込んだ。そして、小さく呟く。
「……やばい、ごまかすしかない」