海底魔女・共通①
私はマグラマ帝国のプリンセスに生まれたが、政略結婚が嫌で城を出てきた。
住む家がなく困っていた私に人魚王アギルは洞窟を与えた。
『あの洞窟に近づいてはだめよ』
―――魔女の私を、海底に住まう人魚たちは恐れる。
しかしたった一人、怖がらずに話しかけるものがいた。
『ねえぼうや、ママの言いつけをやぶって私のところにきたらだめじゃない?』
ある日人魚の王子が好奇心から洞窟にやってきたのだ。
『魔女さんは僕をいじめる?』
プリンス・アクアルドはたずねる。
『いいえ』
噂ならともかく本当にしたらまずいだろう。
『あ、それ美味しそうだね!』
貝の中で焼いたカップケーキだ。海で暖かいものは食べられるのは私が得意な炎魔法のおかげだ。
『いいの!?魔女さんは優しいんだね!』
無邪気な少年らしいあどけない微笑みに毒気が抜かれる。
それからというもの、彼は度々私のところにやってきていた。
―――しかし、ある日を境に彼は洞窟に近づかなかった。
それは今から三年前、13歳の彼が私にたずねた事が原因だ。
『エルダさん、貴女が父の愛人という話は本当ですか?』
アギル王が洞窟に住まわせていることを、彼の妻達はよく思っていない。
『そんなわけがないわ』
だから根も葉もない噂と否定したのが、信じてもらえなかった。
「久しぶりね」
「うん」
数年ぶりに再開した彼は普通の女であればときめくような見目麗しい美男へと成長していた。
「僕は陸の姫に恋をした。だから人になる薬をください」
なにを馬鹿なことを、彼はアギルの後を継いで王となる存在だというのに―――
「くれないというなら僕はこのまま陸に上がり自害します」
冷淡な目でそういわれ、私は仕方なく人になる薬を渡した。
―――私は二度も喪失感に苛まれた。一度目は彼がこなくなった時、二度目は今日だ。
彼が近づかなくなったのはアギルに関係しているのだろう。
彼はずっと父親が寵愛していると疑念を抱いたままだ。
アギル王は洞窟を与えたが、これは私が無償で依頼を受ける条件つきだ。
男人魚が王となるのは歌の上手いメロウ族。
女人魚が王となるのは人間が食めば不死になるとされるマーメイド族。
アギルには通例上、正式な妻は二人いるが、特に女好きの噂は聞かない。
だからアクアルドが疑うのはおかしい。
どうせ私をよく思わない者達が嘯いたのだろう。
―――今頃はアクアルドは陸へあがっている筈だが、もう人間の王女と出会っているのだろうか。
このまま私が彼を放っておいたらアギルは人間達に危害を加えるだろう。
「海の魔女エルダ」
「……アギル王」
海を出るにあたっては避けて通れぬ者だ。
「お前が奴を陸へ向かう手助けをしたのだろう?」
「……ええ、それについて間違いはないわ。言い訳をするとしたら、断ったら彼に自害されてしまうからよ」
アクアルドは実直に進むが故に本気だった。
「魔女よ、あ奴から願いの代償をとれ」
「え……」
そう言われて一瞬戸惑ったがすぐ理解した。
アギルには無償で依頼をきくが、アクアルドは対象外だ。
「それは王子を連れ戻せということね……」
「ああ、奴が戻らねば次期王は……」
兄弟の他に海底王国の重役の息子も次期王候補の一人だ。
「わかりました彼を海底へ連れ帰ります」
私は捨てた筈の陸へふたたび向かう。