この中に誰かシェフの方は居ませんか? 緊急事態なんです! シェフの方は......
「これでよし! っと」
「私の能力の一つ、重力支配者の憂鬱を発動させたおかげで楽に運べたわね」
そう言って、魔城木は青い髪をかき上げた。
玄関先で倒れたおふくろを二人で運び、布団に寝かせた後のドヤ顔の魔城木さんである。
重力を支配してる割に、たかが五メートルの距離で二回も休憩をとったかと思うと、後半は俺に任せっきりだったのは責めないようにしよう思う。
そう、彼女はまだ勇者ではない普通の高校生の女の子なのだ。
男として、勇者の召喚獣? として、か弱い彼女のサポートをするのが俺の役目である。これしきのことでブツブツと文句を言っている場合じゃない!
まあ、それはいいとして。
問題はこれからどうするかである。
「そ、そうだ! 俺、夜飯作るからさ! 魔城木は居間でテレビでも見ててくれよ」
うん! これだ! とりあえず、これからどうするかを料理しながら考えることにする。我ながらいいアイディアを思いついた!
「なによ! あんたが料理作るの?」
「そ、そうだけど......! どうして?」
全く予想していなかった答えが返ってきたため、少し戸惑う。
え? なに? なんか俺、悪いことでも言ったかな?
「そんなことなら早く言いなさいよ! あんたのママが作るのかと思って遠慮してたんだけど...... 今晩泊めてもらうのに何もしないってのはちょっと気が引けるじゃない?」
「え? どういうこと?」
魔城木が何を言いたいのかうっすらと分かってはいた。だが、なんとなく嫌な予感しかしないので聞き返した。
「もう! あんたってホントに鈍いわよね! 私が夜ご飯を作ってあげるって言ってるのよ!」
両手を腰に当てて前のめりになり、俺の方に顔を寄せて怒りだした。
ヒィィィ! 魔城木の怒りのスイッチが未だにわからない。
「 こう見えて、料理には自信があるの。肉ジャガだっけ? 楽勝ね。大空船に乗ったつもりで私に任せなさぁい!」
魔城木は、片手を腰に手をあてたまま、もう片方の手を自分の胸にあてて自信満々にそう言い放った。
嫌な予感的中だよ! どうせ、こんなに自信があるのに実は料理下手ってオチだよな。
それに、「大船に乗ったつもりで」って言いたかったんだろうけど、飛んじゃってるから!
アイキャンフライしちゃってるから!
でも、ここで断ったら俺の存在が消える恐れがある!
「わ、わかった。じゃあ夜飯は魔城木に任せるよ。台所の道具は好きに使っていい。ただし、俺が付き添うことにしようかな」
「なによ! 私が料理できないとでも思ってるわけ?」
「そ、そんなめっそうもございません!」
図星過ぎて、どっかの貴族に仕える執事みたいな答え方をしてしまった。
「あんたぜんぜん信じてないでしょ! 召喚獣のくせにナマイキ! それじゃあ、マスターのすごいところでも見せてあげようかしら」
そう言うと魔城木は、台所に向かい包丁とまな板を準備し始めた。そして、スーパーから買ってきたジャガイモを取り出し、サッと水で洗うと手慣れた様子で皮をむき始める。
「おお〜! なかなかの包丁さばき! けっこうやるじゃん!」
「まあね。って、これぐらい当然でしょ? 私をそこらへんの世間知らずな悪役令嬢と一緒にしないでくれる?」
一緒にする相手が、現実世界にいないことを除けばパーフェクトだ。
それにしてもなかなかの腕前だ。これなら俺がついてなくても大丈夫っぽいな。
「それじゃあ、ここは魔城木に任せて、俺は先に風呂でも入ろうかな」
「そうしなさぁい! あんたがお風呂から出てきたら、あまりの驚きに目からスライムが飛び出すんだから」
それは嫌だ。というか、目からウロコって言いたかったのか?
「見たこともないような美味しそうな料理ができてるよってことだよね!? そうだよね!?」
焦りながら魔城木に返答を求める。
「ナ・イ・ショ!」
口に人差し指をあてて可愛らしくそう言った。
イヤイヤイヤイヤ! 内緒ってなんだよ! 俺が風呂に入ってる間に何を作ろうとしてるんだ!
「あーもう! ゴチャゴチャうるさいわねっ! 召喚獣ならもっとこう、ドシっと構えてサッサとお風呂にでも入って来ればいいのよ!」
俺の疑問を解決する暇など与えてもらえないまま、台所から追い出された。1パーセントのドキドキと99パーセントの不安を抱えたまま......