女の子が自分の家に泊まりに来ると言う普通なら嬉しいイベントなのに、今日会ったばかりの中二病の転校生だから不安過ぎる件
「エールとトリノカラアゲを買うのよ」
夕飯の買い出しのため、スーパーへ入った直後の魔城木さんの第一声である。
「買いません。今日はニクジャガです」
「ニクジャガなら、まあ、いいわ。でもエールは欠かせなくてよ」
「欠かします。と言うより未成年は買えません」
「エールという名の、トリアエズナマよ」
「一緒です。二十歳以上になってから自分で買ってください」
「なんだぁ、つまんなぁい! 私お菓子コーナーにいるから、清算するときに呼びに来なさぁい!」
そう言って、魔城木さんはつまらなそうに走って行った。
このなろう中二病がっ!そんなにエールが飲みたいなら、どっかの異世界居酒屋の子供になりなさいっ!
学校の屋上で、まさかの「今日は帰りたくない」と言う発言のあと、魔城木は俺の家に強制的に泊まる方向で話を進めていった。
無論、断れない。
断ったら、俺の存在が消えてしまうのだ。
渋々(ちょっとだけドキドキ)、魔城木を連れて夕飯の買い出しに来た、と言うわけなのだった。
まあ、自分の欲しいものが買ってもらえないとわかった途端、お菓子コーナーに走って行ってしまったところを見ると、俺の淡い期待は最初からお門違いだったワケだけど......
「えっと、ジャガイモと肉と......そうだ! 今日はニンジンが安いんだったな」
朝刊の広告チェックを欠かさない俺は、どの野菜が安いだのタイムセールが何時からだのにやたら詳しい。それもこれも、母子家庭で育ったと言うバックグラウンドがあるからだ。
父親のことはほんのうっすらとしか覚えてない。
俺がまだ幼い頃に、重い病気で亡くなってしまったのだ。
それからは、おふくろが女手一つで俺を育ててくれた。昼夜問わず働いていて家事をする余裕もない。そんな母親を見て育った俺は、料理を覚えて少しでもおふくろの負担を軽くしようとしたのが始まりだった。
今では、おふくろよりうまい料理を作ることができる。
そんなこんなで、母親が『小説家』と言う職業について一日の大半を家で過ごすことになった今でも、俺が料理を担当するのは変わらないのだった。
「っよし。あとは清算するだけだ」
夕飯の材料を全てピックアップし終わり、お菓子コーナーにいるらしい魔城木を呼びに向かった。
「あんた達よく見てなさい! 今から私の召喚獣を呼び出すわよ!」
「わー! すげー!」
「ねえねえ! どんな召喚獣?」
「姉ちゃん、高校生?」
とっさにお菓子コーナーの棚に身を隠した。
何やら魔城木がお菓子コーナーにいた子供達と遊んでいるらしい。
「そうねえ。見た目はイケメンではないわね。あとは、ん〜、まあ、これといって特徴はないかな。そうそう! ツッコミはまあまあキレがあるわね。試してみましょうか?」
「わー! やってやって!」
「ためしゅ! ためしゅ!」
ヒドくない? 魔城木さんヒドくない?
まあ確かにイケメンでないのは認めるよ! 自分でもカッコいいとは思わない。しかし、結構考えてたのに特徴がないって......あんまりだよっ!
「このお菓子なんだけど......」
そう言って魔城木はポテトチップスの袋を手に取った。
「これはね、私がとある公爵令嬢に転生してた頃に作ったものなんだけど。誰もジャガイモを薄く切って揚げるなんて思いつかなかったから、もうバカ売れ! 街の民達は私のことを芋姫と言って、神様のようにあがめたわ」
「ネーちゃんすげー!」
「カッコいい!」
「おねーしゃん、ベリークール!」
我慢の限界だった。
「お菓子コーナーで、子供達におかしな事を吹き込むな! それに芋姫って......イイの!? 魔城木は本当にそれでイイの!?」
「ほらね。来たでしょ、召喚獣」
しまった! これは魔城木の罠だったのか!
「本当だ! イケメンじゃない!」
「特徴もないけど、ツッコミはまあまあ!」
「まるでポテトチップスみたいな薄さの存在感!」
「こらー! お兄ちゃんをバカにするんじゃない! 早くお菓子を選んでママに買ってもらいなさい!」
子供達は、わー! 怒った怒った! と言ってどこかへ行ってしまった。
それにしても、ポテトチップスみたいな薄さの存在感って......何?
「フフフ、子供達もわかってるじゃない! ポテトチップスの薄さもあんたの存在感も、一ミリぐらいじゃないとおいしくないってことよ」
「あ〜! それならわりと納得......できるかいっ!」
どういう意味だよ! なんかうまくまとめようとしたけど、結局なにもまとまってないよ!
魔城木に再度ツッコミを入れようとした。
が、俺のツッコミが言葉になることはなかった。
なぜなら、今日転校してきたばかりの中二病の女の子が、無邪気に笑う姿を初めて見たからだ。
「アハハ! ポテトクイーンだって。おっかしー。そんなお姫様絶対なりたくないわよ」
ずっとクスクス笑っている。
目尻が下がり、透き通るような白い肌もなんだか赤らんでいるように思える。クールでお高くとまった印象は微塵もなく、中二病であることさえも忘れてしまいそうなくらい可愛い笑顔だった。
学校ではツンツンしてたし、なんだか不適な笑みは浮かべてたけど。本当に楽しい時は、こんな顔するんだ。
これが本当の、『真白木かぐや』なんだな、と思った。
いつのまにか、俺も笑顔になっていた。
この時ばかりは勇者のサポートなんて忘れて、普通の男子高校生、『タカヒロ』として魔城木に向かい合いたいと思えた。
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「ただいまあ」
「あ! たぁ君おかえりぃ! ママね、今日これから隣のおばさんと町内会の『セパカバディ』に行ってくるから帰りは遅くなる......か......ら......って、彼女!?」
「違う」
おふくろの、「彼女!?」と俺の「違う」がハモった。
おふくろが勘違いすることは十分予想できていたが、全く予想外だったのは町内会の『セパカバディ』である。
なんだそれは。
「おふくろ、『セパカバディ』って何?」
「たた、たぁ君! 急にそんな、結婚だなんて......ママは心の準備がまだ......」
おふくろは動揺している。無理もない。
なにせ、初めて女の子を家に連れてきたのだから。
「セパタクローしながらカバディするのか?」
「ダメよ! ママは許しません! あなた達はまだ高校生なのよ! それなのに結婚だなんて!」
まだ何も言ってないのに、小説家と言うのはここまで創造力が豊かなのだろうか。
「カバディしながらセパタクローするんだよな?」
「まさか! できちゃったとか!? それでいきなり挨拶に来たりしたのね! ま、ママはシングルマザーだし若い頃にたぁ君を産んだけど、大変だったのよ! もう少し考えてみたらどう?」
はあ、全く話が噛み合わない。
それに『セパカバディ』が気になって仕方がない。
「初めまして。本日、タカヒロ君の家にお世話になることになりました。真白木かぐやと申します。ふつつかものですが、どうぞよろしくお願いします」
魔城木がおふくろに、トドメの一撃をお見舞いした。
息子の彼女(勘違い)に免疫のないおふくろは、どうやら限界がきたらしく、玄関先でバタッと倒れた。
「カバディしながらセパタクローするのは、『カバタクロー』よ」
と言う言葉を残して......