勇者さんは一人ぼっち!?
ーー勇者の存在を確認したのはいいものの、どうサポートすればいいのか、俺は悩んでいた。
まさか、勇者が女の子だったとは......しかもかなりの難易度の高さだ。
と言うか、本当に勇者なのだろうか?さっきはテンションのままに決めつけてしまったが、俺の早とちりではないのか? いいや、大丈夫。そう思いたい。それに事は一刻を争う。
そう、俺は勇者のサポートをしなければ、また死んでしまうのだ。
それはなんとしても避けなければならない。
例え間違っていたとしても当分の間は、彼女のサポートをすることを考えて生活しなければ!
キーンコーンカーンコーン
午前中の授業が終わった。
しまった! 授業中ずっと勇者の事を考えていたため、全く授業を聞いていなかった!
今日やったところは、次のテストで確実に出るところだったのに!
「はあ......」
大きなため息を漏らした。
色々と考えることがいっぱいで、頭が混乱している。
なんか午前中だけで10歳ぐらい老けた気分だ。
これから毎日こんな生活が続くと思うと、憂鬱になるな......
ふいに、勇者だと思われる転校生、『魔城木月姫』の席を見た。
昼休みになったというのに、彼女は全く席を立つ気配はない。それに、誰も彼女に話しかけようとするものもいなかった。
みんなさっきの自己紹介で、自分の手には負えない存在だと思ったのだろう。
なんだか転校初日なのにかわいそうだーーかといって、女の子に積極的に話しかけるキャラではない俺は、どうしたものかと彼女を見つめることしかできなかった。
はあ、心の中で思っていることと、行動が矛盾している。
この意気地なしな性格は、前々から治したいとは思っているが、どうにも治らない。そんな自分が嫌いだ。
ああ、なんかひどく弱気と言うか、センチメンタルな気分になっている。
いかんいかん、俺が弱気になってどうするんだ。
いい機会だ、彼女が少しでも早くこのクラスに溶け込めるように、なにかできることはないだろうか?
そうだ! 仲のいい女子にお願いして、転校生に話しかけてもらうってのはどうだ?ーーダメだ。俺、仲のいい女子いなかった......
じゃあ、転校生の隣の席の『病咲くん』に頼むってのはどうかな?ーーあれ? 病咲くんがいない?
クラスメイトの話し声が聞こえてきた。
「病咲くん、また持病の発作で早退したんだって」
病咲くんの病が咲いちゃってるよ! 満開だよ!
なんてタイミングだ!
ーー結局、あれこれ考えた結果、ヘタレな俺は『温かく見守る』と言う選択肢しか選べないのであった。
すると、親友のマサハルがサッと転校生の席に近づいて行く。
そうか! そうだった!
あいつはかぐやちゃんに気があるんだった。
いいぞマサハル! 行けー!
動機は不純だが、誰にも話しかけられない寂しい昼休みを送るよりは、だいぶマシだろう。
グッド! ナイスジョブ!
「かーぐーやちゃん! 初めまして! 俺は桐島雅治。みんなからはマサハルって呼ばれてるから、かぐやちゃんも俺の事はマサハルって呼んでね! それにしても可愛いよね。雑誌に出てるモデルさんに似てるって言われない? そうそう、カラコンだよねその目! めちゃくちゃ似合ってるよ」
軽ぅ〜!
なんだこの風船のような軽さは!
少しでも手を離そうものなら、すぐに空高く飛んで行ってしまいそうな究極の軽さだ!
しかし、この軽さもマサハルの武器に違いない!
あの軽快な口調と甘いマスク、緩めにセットされた髪に次から次へと出る褒め言葉。
あいつはいつも、ああやって数々の女の子を落としてきたのだろう。
だが、あのイケメンのラブラブな攻撃に、中二病の転校生は全く反応しない。
そればかりかツンとした表情で自分の机の上に弁当を広げ、食べ始めた。
無視ですか!
これはメンタルに来る。
俺なら2〜3日学校に来れないかもしれない。
しかしマサハルはこんなところでめげる男ではない。
親友の俺は良く理解している。
マサハルが本領を発揮するのはこれからだ。
「あれ? 怒らせちゃったかな? 俺なんか悪いことでもいった? まあ、いいや。食べながら聞いてよ。ちょっと相談なんだけど、ハネムーンに行くとしたらやっぱハワイだよねぇ?」
お前か!
さっきからちょこちょこプロポーズしたりしてたのは。
それよりも、相手に好意が見えないのに、そんな先の話をするなんてどう考えても逆効果だとしか思えない。
親友に過度の期待をしていた俺がバカだったかもしれない。
しかし転校生の反応は、
「はぁ? あんたバカじゃない? ハネムーンに行くとしたらヨーロッパ以外考えられないわよ。だって今でも中世の景色が残ってるのよ。レンガ造りの古めかしい家、貴族が所有していたと言う古城。その周りに広がる要塞都市なんかも最高ね! 同じ地球なのに、まるで異世界に来てしまったかのような感覚になるはず! うん、きっとそう! あのネット小説の中に出てきたファンタジーな景色が広がってるのよ。はぁ〜ん想像するだけで興奮するわぁ〜」
机の前にいるマサハルの方に身を乗り出しながら、凄い勢いで喋りはじめた。最終的に両手を交差して肩を握りしめ、頬を赤らめながら恍惚な表情を浮かべている。
大正解だった。いや中二病だからか?
10メートル上空から針の穴を一発で通すような感覚で、俺の親友は転校生の心を開いたようだ。
と言うか全開だ。案外、ゲームで言えば最初に倒すボスのようなイージーさなのかもしれない。
その転校生の反応を見たマサハルは、急に俺の方を向き親指を上げてグッドサインを出した。
まるで、「魔城木月姫さん、チョロいっす!」と言っているようだ。
良くやった! 良くやったよマサハル!
お前はこのクラスの希望の星だ!
しかし状況は、マサハルを呼びに来た隣のクラスの女子生徒の一言で一変する。
「うそ、マサ君、私以外の女とは話せない病気だって言ってたのに......バカ! アホ! この女ったらし! 私もう知らない!」
女子生徒は、涙を流しながら走り去ってしまった。
「お、おい! ちょっと待てよ、ミキ! あ! ごめんかぐやちゃん、俺ちょっと用事を思い出しちゃって......ドロンします! さいなら〜!」
忍術を使うようなハンドサインをした後、マサハルは忍者走りでその女子生徒の後を追っていった。
マサハルのバカヤロウ!
せっかく心を開いたってのに、これじゃまたやり直しじゃないか!
それになんだよその胡散臭い病気!騙されるほうも騙されるほうだ!
しかし困った。
また転校生が一人になってしまっている。
あれだけ饒舌に喋ったあとで、急に話し相手が消えてしまったのだ。
落ち込んでなければいいけど......いやそれはないか。
感情の無さそうな、あんなクールな見た目だ。目も青いし。
そう思い、転校生のほうを見た。
「......しゅん」
うわ、なんか独り言で「しゅん」って言ってる!
それに、あの顔! 細い眉毛をへの字に曲げて無茶苦茶悲しそうな表情だ。
ほっといたら今にも泣き出すんじゃないのか!
見た目はクールでツンツンした感じのくせに、意外と寂しがりやと言うか、かまってちゃんなのかもしれない。
やれやれ、どうしたものかな。
俺は頭に手を当てて、この状況を打破する方法を模索する。
「ダメだ! 何も思いつかな......え?」
それは、頭に当てていた手を下ろした時に気づいた。
「て、手が......俺の手が消えていってる!?」
あまりの驚きに、思わず大声を出してしまった。
教室で昼食を食べている他の生徒が、何事かと俺の方を見た。
マズい! みんなにこの手の事がバレるのは非常にマズい!
「あれ? 今タカヒロ君の席から声が聞こえなかった? 手がどうこうって。でも、あれ? いない?」
え?
クラスのみんなには俺が見えてないのか?
「バカ! タカヒロなら席に座ってるじゃん! なあタカヒロ?」
俺は、慌てて半透明になっている右手を隠し、
「お、おうっ! ごめんなっ! 急に大声だしたりしてっ! な、なんか夢でも見てたみたいなんだっ!」
と誤魔化した。
「あれ? 本当だ。タカヒロ君いるじゃない。さっきのは見間違いかなぁ?」
クラス中から、「神隠しじゃね?」とか「実はタカヒロは宇宙人だったりして!」とか好き放題な言葉が飛び交って笑い話になっている。
「ははは......はは............はぁ」
俺も笑ってみたが、最後に安堵のため息をついてしまった。
俺の存在が見えなかったって?
マズい。これはきっと勇者のサポートができていないからだよな?
死ぬって言うか、俺と言う存在が消えてしまうのか!
ど、どうすれば! どうすれば元に戻るんだ!
考えろ考えろ! 早くしないと、誰にも俺の存在が見えなくなってしまう!
一体どうすればいいんだ。存在が消えて......ん?
俺は転校生の方を見た。
!!!
そうか! わかったかもしれない。
急にこんなことが起こったのも、それしか考えられない!
ーーーー俺は自分の弁当を持って席を立ち、寂しそうな表情で弁当をツンツンしている『魔城木月姫』の方へ歩き出した。
転校生と一緒にお弁当を食べるために......