勇者は誰だ!?どこにいる!?
『たぁ君、ねえたぁ君ってば! 起きて。ねえねえ』
ん?
どこか遠いところから俺を呼んでいる声がする。
これは......おふくろだ。
なんで俺、おふくろに呼ばれてるんだっけな。
そういえば夕飯に使うケチャップを買いに行って、トラックにひかれそうな男の子を助けようしたらそのままひかれちゃって......
そうだ。
それで気づいたら変な空間にいて、スナックのママみたいな神様から杖をもらって......はっ!
「どおやって使うんだよ!」
「わあ! びっくりした! どうしたのたぁ君、急に起き上がったりして」
「え? あれ? ここは......家?」
「何言ってるの? たぁ君疲れてる? ごめんねぇ、ママが忙しいからだよね。それで......その......ご飯はまだ?」
「ご飯? ああ! ごめんごめん! すぐに用意するからおふくろは待っててくれよ」
「やったあ! ママね、もうお腹ペコペコなの。たぁ君のオムライス楽しみにしてたんだよ」
どうやら俺は夕飯を作るのをほっぽり出して、エプロンを着たまま居間で寝ていたようだ。
さっきの神様とのやり取りや、トラックにひかれたのは夢だったのか?
いやいや夢だろ。そうとしか思えない。
あまりにも現実離れした夢を見たもんだから、まだ頭がついてきてないんだ。
そんなことを思いながら、キッチンに向かうために立ち上がる。
ポロっと何かが居間のカーペットの上に落ちた。
「ん? こ、これは」
杖だった。
夢に出てきたのと全く同じ。
木でできた30センチぐらいの棒。
「夢じゃ......ないんだな」
「たぁ君、まだぁ〜?」
うるさいなぁもう。そんなに急かすんならおふくろが自分で作ればいいのに。これじゃ、せっかくの『あの夢は本当だったのか!』と言うファンタジーなシーンが台無しだよ。
まあ、俺のために一生懸命働いてくれてるのはありがたいから口には出さないけど。
そのあとは、ほとんど出来上がっていたオムライスをおふくろと一緒に食べた。
「おいしい〜! やっぱりたぁ君は料理の才能あるかもね。将来五つ星レストランのシェフになって、ママにい〜っぱいお料理作ってね」
そう言うとおふくろは、片手にスプーンを持ったまま俺の頭をナデナデした。
「やめろよ! 恥ずかしい! 俺はもう高校生なんだ」
「うー、反抗期ぃ〜!青春だねぇ〜」
どいつもこいつもすぐに反抗期と結びつけやがる!
はっきり言って俺は反抗期ではない。むしろこの家の家事全般を担当する優等生だ。
「ちょ、茶化すなよ。だいたいおふくろは......」
「んー、たぁ君なんでママのこと『ちいちゃん』って呼ばなくなっちゃったのぉ? ママちょっと寂しいなぁ」
「なんでって......高校生にもなって母親を名前で呼ぶなんて恥ずかしいだろ!」
「それにしてもおふくろって呼ぶのは早いと思うけどなー」
「いいんだよ! いつかはおふくろって呼ぶんだから。早い方がいいに決まってる」
「そうかなぁ。まあそれでもいいかっ! それにしても、なんで今日はケチャップでハートマーク書いてくれなかったのぉ? これも反抗期かしら」
「お、おう......」
俺はけっこうな時間眠っていたらしく、ケチャップを買いに行けなかったのだ。
ケチャップ文字のないオムライスなんて邪道だ。悔やんでも悔やみきれない。一生の不覚だ。
そのあとも俺とおふくろは、取り留めのないいつも通りの会話をしながら夕食を食べた。夕食の後片付けを終えた俺は、軽くシャワーを浴びてすぐにベッドに横になった。
「いつも通りの日常か......」
ほんの数時間前に起こった不思議な出来事を思い返す。
あの時、神様か俺を生き返らせてくれなかったら、こうやっておふくろと話すこともできなかったのだろう。それどころかおふくろを悲しませていたに違いない。
そう考えると神様には感謝してもしきれないな。
「......魔法の杖、だよな」
神様からもらった杖を手に取り、寝転んだままでまじまじと眺めてみる。本当にこれで、その『勇者』のサポートってやつができるのだろうか。
そもそも、勇者が誰なのか、どんなサポートをしなければならないのかが、全くわからない。
神様は、うまくサポートできなければ死んでしまう、と言ってたな。おふくろのためにも、自分の将来のためにも頑張ってサポートして生き続けるしかない。
疲れていたのか、しっかりとした決意とそれを覆うベールのような不安を抱えたまま、眠りに落ちた。
*********
翌日、5時起きで締め切り間近の売れない小説家に、朝ごはんと昼ごはんの準備をして学校へ向かった。もちろん弁当も作った。今日は冷凍食品を多めに入れて、卵焼きだけ手作りの手抜き弁当だ。
「おはよう! なにぼーっとしてんだよ! たぁ君っ!」
学校に着くなり、席について考え事をしていた俺にクラスメイトのマサハルが話しかけてきた。
「だから、そのたぁ君って呼ぶのやめろよ! 俺にはタカヒロっていう名前があるんだからさ」
「なんでだよ。いいじゃんか。たぁ君はたぁ君だろ? ちいちゃんもそう呼んでるし」
マサハルとは中学時代からの友達で、ちょくちょく家に遊びに来るため、おふくろのことも知っている。
「人の親をあだ名で呼ぶなよ! なんか気持ち悪い」
「そうか? わりぃわりぃ。ところでさ、今日このクラスに転校生が来るって知ってるか?」
「転校生? 高2の5月に? 珍しいな」
するとマサハルは急に小声になり、
「そうなんだよ。詳しくは知らないけど、なんかワケありって噂らしいぜ。でもな、悪い噂だけじゃないんだ」
と言った。
「悪い噂だけじゃない? それってどうゆう......」
「うわ、バカ! あんまり大きな声で話すなって」
「え?」
マサハルは周りをキョロキョロと確認し、俺の制服の襟を引っ張って慌てて教室の隅まで誘導した。
「実はさ、その転校生。めちゃくちゃ可愛いらしいんだよ」
「可愛い? へぇー、そりゃ楽しみだな」
「だろ? だからさ、プレイボーイのこのマサハル様が、誰よりも早くその転校生にツバをつけときたいわけですよ」
「ははーん、転校生の情報をいち早くキャッチしたのはそのためだったのか。お前も懲りないよな。何度痛い目にあえば気がすむんだか」
「うるせー! もう高2だってのに彼女すらいたことのない奴に言われたかねえよ!本当は男が好きなんじゃねえの? お前」
「ちょ、おまっ! それはタイミングと言うか好きな人ができなかったってだけで、別にそう言う趣味は!」
マサハルは両手を広げて、ハイハイ、と言うポーズをとった。
「わかってるよ。誰でもいいから気になった子とラインでもしてみればいいのに、それさえもしないからなお前は」
「別にいいだろ! 人それぞれだ! なりふりかまずに女の子のラインIDを聞きまくるお前とは違うんだよ」
「へいへーい。俺が悪ぅござんした。でも早くしないと、童貞のまま高校を卒業したら『魔法使い見習い』になるらしいから気をつけとけよ。じゃあな」
そう言うとマサハルは自分の席へ戻っていった。
マジか! 『魔法使い見習い』って、ちょっとなってみたいじゃないか、でも高校卒業まで童貞って......いやだ!
チクショウ!
男の俺が言うのもなんだが、はっきり言ってマサハルはイケメンだ。しかも物腰が柔らかく、性格も明るい。中学時代から手当たり次第に、女の子と付き合っては別れてを繰り返している。うらやましい限りだ。
そんなマサハルと、一度も女の子と付き合ったことがないような俺が仲良くなったのは、奇跡と言ってもいいだろう。
なぜかウマがあったのだから仕方がない。
キーンコーンカーンコーン
朝のHRを知らせる鐘がなった。
みんなぞろぞろと自分の席につき始める。
ガラガラっ
教室のドアが開き、担任の西野先生が入ってきた。
気の弱そうな顔立ちに極太フレームの丸メガネ。少し寝癖のついたケアレスミスが目立つセミロングの黒髪。ヨレヨレの紺のスカートスーツが今日も先生の女子力のなさを物語っている。
「お、お、おはようっございますっ! きょ、今日も気持ちのいい朝ですねっ!」
もう1ヶ月もHRをしているのに、この担任ときたら未だに緊張しているらしい。初めて受け持つクラスだからと言っても、それはどうかと思うなぁ。
「きょ、きょ、今日はみなさんに新しいお友達を紹介しますっ! ましろぎさん、入ってきて」
すると、ガラガラと教室のドアを開け転校生が姿を現した。
黒、いや青に近いツヤのあるロングの髪。
ハーフなのだろうか? 両目は碧眼で、どこか冷たい印象を与える人形のような整った顔立ち。スラッとしたモデルのような細い体型で、赤いブレザーの制服がよく似合っている。身長は高くもなく低くもない。しかし、そのスタイルと顔の小ささのせいで、高身長に見えるな。
「か、かわいい......」
「きゃー! 美人さん!」
「結婚してください」
クラス内の至る所から転校生の感想が漏れる。
ん? なんか今、プロポーズした奴いた?
「そ、そ、それじゃ黒板に自分の名前を書いて自己紹介してね」
「......はい」
転校生はどこか機嫌の悪そうに頷くと、黒板に自分の名前を書き始めた。
『魔城木月姫』
え?
なんか随分ファンタジーな名前だな。なんて読むんだろう?
ましろぎ、つきひめ?そうか!つきひだ!
「本日よりこの学園にお世話になることになりました。魔城木月姫です」
「「「「「「「..................」」」」」」」
一同呆然。
転校生の名前は、『月姫』と書いて『かぐや』と読むらしい。なんか中二っぽいなぁ。まあ、それもおかしいが、問題は学園である。
みんな、このかわいい転校生が言った意味のわからない言葉を理解するのに四苦八苦しているようだ。
ボケ? ボケだよね? 今の。
誰かツっこんであげなよ。と言う視線が教室の至る所に溢れる。
しかし、誰も口を開かない。
多分、唯一俺は学園の意味を理解していた。
先週読んだネット小説で予習済みだったのだ。しかし、聞き間違いかも知れないという少しの不安から、言葉を発することができないでいた。
「ま、ましろぎさん? 違うでしょ? ここはその、ギルド? じゃなくて、学校よ。それにあなたの名前はこうでしょ?」
西野先生が黒板に、転校生の名前を書き始めた。
『真白木かぐや』
「な、なんだぁ」
「ボケだったんだよね、やっぱり」
「オチャメだな、かぐやちゃんは」
「ハネムーンはハワイでいいですか?」
みんな黒板に書かれた転校生の名前を見て安堵の表情を浮かべた。転校生がフザケてやったことなんだよな。そうだよな?
ん?なんか結婚の話が進展してる!?
しかしその問題の転校生は、間違いを指摘した西野先生に、チッ、と舌打ちした。
「その名前は捨てました。今の私は、前世より転生してきた高貴な吸血鬼姫であり魔王ハデスを駆逐するために選ばれたチートな勇者。しかしながら性格は卑劣を極めた悪役令嬢でもあり、無詠唱呪文を使いこなす魔導王で、得意な呪文は水系。でもでも、氷の属性もつかえて〜、それから......」
俺の身体にビリっと電流が走る感覚がした。
見つけたっ!こいつだ!
間違いない!
勇者だ!
と言うか、まずこいつしか考えられない! 昨日の今日でこんなファンタジーめいた奴が現れるなんて、タイミングが良すぎるというものだ。
それに、性格に問題アリって、このことだったのか!
っていうかあの転校生、話長っ!
どれだけ設定を作り込めば気がすむんだ!
あんまりにも設定をつくり込みすぎて、内容が難解になった底辺小説かっ!
いかんいかん。
そうじゃない。
やっと見つけた。
クラスのみんなはドン引きしていたが、俺だけはなぜかテンションが上がっていたーーこの中二病全開の転校生『魔城木月姫』が勇者であると確信したからだ。