温泉で許される泳ぎ方は平泳ぎ。クロールとバタフライはアウトですから!
バシャーン
「ふう、やっぱ風呂だな」
魔城木に夜飯の支度を任せて、俺は風呂に入っていた。
さっきまではものすごく不安だったが、不思議と風呂に浸かると心が落ち着いた。改めて、自分が置かれた立場を整理するにはちょうどいい機会だ。なにせ、一日中バタバタしすぎて、ゆっくりと考える時間がなかったもんな。
「勇者のサポートか......」
頭の中で考えていたことが、口から漏れだす。
本当に自分にできるのだろうか? こらから毎日、魔城木が異世界へ転生する日までこんな生活が続くと思うと、先が思いやられる。
ん? 待てよ。転生するってことは、この世界から魔城木の存在がいなくなるってことじゃないか? 存在がなくなる......考えたくはないが、ついつい怖いことが頭をよぎってしまう。
転生するというのは、つまりそう言うことだよな......
「いかんいかん!」
パシャっと顔にお湯をかけて、考えをリセットする。
勇者に転生してもらわないと、俺の存在が危ないのだ。
しのごの言ってられない。どうやって魔城木が転生するのかわからないが、その日までサポートするだけだ。余計なことは考えないようにしないと。
はあ、なんだか考え事をしてたらのぼせてしまったらしい。そろそろ上がるか。
そう思い、湯船から出て風呂の蓋をかぶせていた時だった。
ダッダッダッダッ
廊下を走り、こちらまで向かってくる音が聞こえた。
バンっ!
風呂のドアが勢いよく開き、制服にエプロン姿でおたまを持った魔城木が姿を現した。
「ちょ! 魔城木お前っ!」
あまりの急な展開に頭がついていかない。
というか、今日あったばかりの女の子に全裸を見られてしまった。
もうお嫁にいけない。
「ハア、ハア、あんたなにやってんのよ! こんな一大事にお風呂なんて入ってる場合じゃないでしょ!」
よっぽど大変なことがあったのか、凄い勢いで喋り始めた。
あまりの恐怖からか、涙目になっている。
「へ? 一大事? 何かあったの?」
ここは冷静に魔城木の話を聞いてあげよう。
「モンスターが出たのよ! 漆黒の凶戦車が!」
「モンスター!? 何のこと!? 全然わからないんですけど!」
冷静に考えたが、理解不能だ。
「何でわからないのよ! 全く使えない召喚獣ね! ピンチな時にいないんだから! 漆黒の凶戦車と言えば、アレしか思いつかないでしょ? 黒くて、カサカサ動くあいつよ!」
「へ? 黒くてカサカサ動く? あ! ゴキブリのことか!」
「それよ! たらたらお風呂になんか入ってないで、早くモンスターを討伐しなさぁい!」
つまりは、ゴキブリがでたから早く退治して欲しいってことか。焦りすぎて風呂にまできたところを見ると、魔城木は相当ゴキブリが苦手らしい。
「わ、わかったから。すぐにいくからさ。で、あの、一つだけいいかな?」
「何よ?」
「俺、裸だから風呂のドアを閉めてもらえるとありがたいな、なんて......」
魔城木は俺の言葉を聞いた瞬間、ハッとした表情になりみるみるうちに顔を真っ赤に染めた。
「こぉ〜のぉ〜変態野郎ぉ〜!」
持っていたおたまを俺に勢いよく投げつけた。
「なんでそうなるのっ!?」
体をスッと横にスライドさせ、とっさにおたまをかわした。この距離で投げられたおたまをかわせるなんて、我ながらなかなかの反射神経である。
「フー、さすがは俺。だてに勇者のサポートをしてないな」
なんて日だ。風呂にさえゆっくり入れないらしい。
そして、どちらかというとこの状況での変態野郎は、魔城木の方だと冷静に思う。
「漆黒の凶戦車の次は、小さなの化けミミズとかありえない! イヤっ! こっち見ないでっ!」
「待ってくれよ! 俺は好きでお前に見せてる訳じゃないって! 魔城木が急に入ってくるから......」
ん? ミクロ? 俺のデスワームはミクロだって?
変態野郎呼ばわりされた後なのに、凄い追い打ちをかけられた気分だ。いいんだ。どうせ俺のデスワームはミクロさ。
「イヤーっ!」
ヒュン!
恥ずかしさが頂点に達した魔城木はエプロンのポケットから何かを取り出して投げる。
メンタルに大きなダメージを負っていた俺は、その飛んでくる物をかわすのが遅れた。
「やばっ! あ!」
飛んでくる物を確認できた瞬間、それが俺の頭に見事に命中し意識が徐々に遠のく。
「うん、硬くていいジャガイモだ。これならたいそういい肉じゃががで、き、る......」
タカヒロの目の前が真っ暗になったーーーー