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双世に光る星  作者: 紅青椒 雄也
1/1

#log 1 prologue

冷たく切れるような風が、灰色の空と純白の大地を駆け抜けていく。

全ての葉を散らし、冬眠状態に入った木々の群れをアメーバのように抜けて行く風は、あたかも大地が一切の命を感じさせない事を嘆くかのように、細く、悲しげな声をあげている。風に乗り吹き荒れる雪は、風に身を任せ様々に形を変え、その姿に生命の持つ無秩序さや不規則性を感じさせるかのように流動していた。


生命の存在を拒絶する無機質な白と灰色の空間の中、一つだけ、動く黒の点があった。抵抗するかのように不規則に動いたそれは、この空間に欠如する生命の感触を感じさせた。しかし、例外を認めまいとするかのように吹き荒れる雪は、その小さな反逆者に自らの体を乗し掛からせ、空間と同調させるかのように黒の色を白く塗り潰していった。




やがて時は経ち、例外である黒の色は完全に掻き消され、静寂に満ちていたこの空間に、更なる静寂が訪れた。







 



狭苦しい部屋の中、男が作業をしていた。男は何か気がかりなことがあるのか、作業を行う手は忙しなく動き、独り言を呟いていた。


「ここもダメか・・・・・・ならここは・・・チクショウ、無理か・・・」


独り言をブツブツ呟きながらも、一度も身体を動かさず腕と手を動かすその様は、部屋にある大型の機材と一体化し連動しているようだった。


「調子はどうだ?マイクル」


そう訪ねてくる声の来る方向にマイクル・ビットナーが手を休め視線を向ける。

部屋に繋がる連絡路から大柄な男が見えた。

男は屈強な身体を薄汚れた作業着に包み、顔に人懐っこい笑みを浮かべていた。幾つもの修羅場を乗り越えてきた証か、身体には無数の傷が走り、顔には深い皺が刻まれている。


「全然だよ。クソ、ここらもオシャカか?」


返事にマイクルは悪態をついた。


「そうだろうな、何十年と回収したんだ、ここいらは。潮時なんだよ、もう」


男はそう言うと粗鋼のような黒くたくましい体を設置されている機械に身をもたらせ、呑気に笑いだした。

それを横目に見ながらモニターを操作するマイクルはまるで針金のように痩せぎすな身体を脱力させ呆れていた。


「笑ってる場合じゃないぞ、ガブスの旦那。次の場所はどうするんだ。このまま目星もつかないまま動くのは自殺行為だぞ」


人間味を感じさせない硬化サグタス製の細く鋭い指をカンカンとテーブルに叩きながらマイクルは神経質に捲し立てた。


「そうかっかするなマイクル。新調した補助脳が錆び付くぜ?もう探索はさせているんだ、安心しろ。次期に中途報告がくるさ。それに、」


そう言いながら男、ガブスは手に持っていた携帯型のアルコールを一口あおり、答えた。


「まだその地区の三十五階層が回収中だ、これがかなりでかい、暫くは大丈夫さ」


ガブスがモニターを指差した。

ガブスが指したポイントは、マイクルがこの地区は何もないと判断し手をつけていなかったところを、ガブスが指摘し今朝緊急で回収を始めた未回収地区だった。

実際に調べたところ、かなりの量の資源が眠っており、それを察知することが出来なかったことを、内心深く反省していた。

ガブスのその手早い行動と経験からくる判断力に再び感心しながら、マイクルはモニターを操作した。


「いい返事が来るといいがな」


「そうであることを祈るよ。後、アルコールは程々にしておけよ」


「ヘイヘイ、分かりましたよ。お前もこの甘く蠱惑的な味が分かればいいのにな」


言いながらガブスはまたアルコールを大きく一口呷った。部屋の中にアルコールの甘く刺激のある匂いが充満する。


「残念ながら、この硬化サグタス製のフレームボディは有機的味覚情報を感知するデバイスはないんだ、摂取口も分解システムも今後搭載するつもりはない」


そう言うとまるで見せびらかすかのように、マイクルは立ちあがりそのひょろ長い身体をゆるく回した。

硬化サグタス特有の、照りを抑えた浅黒い灰色が目の前を通り過ぎていく。ボディの細く刺々しいデザインも相まってか、まるで風に振り回される枯れ木のようだった。


「ははは、残念だな、お前と神が授けもうたこの水を分かち合いたかったよ。あぁ、“地獄のように黒く、死のように強く、そして愛のように甘美である”この水を、な」


「それはコーヒーの味じゃなかったか?ほら、連絡もないんだったらさっさと自分の持ち場にかえってくれよ、俺も暇じゃないんだ」


つっこみをしつつ、まとわりつく羽虫をおいはらうようにマイクルは手を払った。


「おうおう、それは悪かったな。それじゃあ、このアル中も一仕事するかな…」


おどけた受け答えをしつつ、ガブスはまたもといた場所に戻っていった。その反応を横目で半ば呆れながら見届けた後、マイクルもまた、途中だった作業を再開した。



*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *  * 


「・・・ちら第1・・・応答・・・こちら第・・・隊・・・・・・応答願います・・・・・・」


かすれた通信音が無機質な部屋に響く。

受信する者がいないのか、緊急通信を受信した際に光るランプが忙しなく瞬いている。

他の操作はオートモードにしているからか、イレギュラーなこの通信をシステムは処理できないでいた。


「まったく、またあいつはどこかにいきやがって…」


近くを通り過ぎようとしていたガブスは、今はいないこの部屋の責任者に苦言を吐きつつ、部屋に配置されている機械や大量の配線や報告書を押しのけ、通信機を操作し受信した。

緊急通信を知らせるけたたましい警告音が鳴りやみ、部屋にはつかの間の静寂が訪れる。

遭難した人からの救難通信の可能性も考えてか、先ほどまでのゆるい態度をおさめ、出来るだけ威厳を保つようガブスは話した。


「こちら本部管制塔。当通信は移動居住艦アヴィレ=ジゴマティク号の最高責任者、ガブス・J・ギジェンドが受け持っている。当居住艦居住者であれば配属部隊と階級と氏名、遭難者は配属艦と氏名を名乗れ」


「あ、艦長でした?失敬失敬。こちら第13探索部隊隊長アリサ・シェンドです」


「おぉ、お前たちか。中途報告ご苦労」


この通信を聞きガブスは期待と不安に胸を高鳴らせた。

この探索部隊、先にもマイクルと話していたように、新しい回収地を求めガブスが各地に向かわせた探索部隊のひとつであった。

特にこの部隊は、資源や鉱物のある可能性が高いポイントを探索させていた。

予定より少し早かったがそんなことはどうでもよかった。

その巨躯には合わぬ震えと緊張を押こらえながら、ガブスは返答した。


「結果はどうだ?当たりか?はずれか!?」


緊張と焦りが故か、ガブスは後半をまくしたてるように返答した。

マイクが音を拾い切れなかったせいか、スピーカーからでる音は盛大に割れていた。

その影響で部屋もわずかに振動する。


「ひゃっ!?ちょっちょっと、艦長、落ち着いてくださいよ。大丈夫、艦長の目論見通りこの地帯の資源はかなり濃厚ですよ。今の回収地よりいいものが出るかもしれません」


アリサの慌てながらする報告を聞き、ガブスは胸をなでおろした。緊張し強張っていた身体も、報告をうけしっかりと弛緩していた。


「わかった、報告ご苦労。準備ができ次第、本隊による掘削を開始する。お前たちは本隊と合流するまでそのまま現地に待機してくれ」


「了解しました。このまま待機します。ところで旦那?」


「ん?どうした?」


マイクセット越しに伝わる緊張と喜びを感じているのか、アリサはおずおずと言いだした。


「予定より早く発見できたから、うちの部隊はまだ物資があるんです。このまま他の部隊のポイントを探索することも可能です。旦那も手間が省けるだろうし、やっちゃっていいですか?」


マイク越しの質問を聞き、ガブスは考えた。現在第13探索部隊がいるポイントから、近辺にあるポイントは1つある。確かに距離もそこまでないし、現在の物資でなら簡単かもしれない。


「だめだ、今回はそのポイントが当たっただけ御の字なんだ。おとなしく待機していろ」


結果、ガブスはその質問に否定で答えた。

ポイント付近は地盤が緩く、なかなか進行できないという状況であった。さらに付近で同業者がいるかもしれないという報告も聞いている。

平和的な同業者かもしれないが、血の気の多い同業者も少なくはない。武力誇示の小競り合いならいいが、今回はポイントの探索という重要な任務がある。最悪、皆殺しにされポイントを奪われかねない。それだけは阻止しなければならなかった。

デメリットの多さを考えれば、当然の答えであった。

例え戦いになり勝ったとしても、その報復がいつ来るかは分からない。もしかしたら掘削中に敵がくるかもしれないのだ。そうなったら最悪の結末だ。全て奪われ、殺される。その事も考えれば、最高責任者として、肯定の一言がでないのは当たり前のことだった。


「ちぇっ、分かりましたよ。おとなしく待機してます」


肯定の一言が聞けなかったからか、アリサは少し拗ねたような返事をした。


「分かってくれ、これはお前たちの安全のためでもあるんだからな」


「わかってますよー、もう」


ガブスはこのマイクの向こう側にいる怖いもの知らずの少女のその返事に少し苦笑した。

同じように怖いもの知らずであった己の過去を思い出していた。

彼にもまた、仲間と一緒に無茶な探索をし、同業者相手に何回も喧嘩を売ったり買ったりもした過去があった。

いつしか、彼も責任のある立場となり、無茶はしなくなった。『しなくなった』というより『できなくなった』が近い。今は彼に大切な人達と、艦長という最高責任者の立場がある。それを守る事が今の彼には最優先事項だった。


「・・・ちょっとー、旦那ぁ~、聞いてます?」


いつの間にか考え込んでいたらしい。マイクセットからはアリサから何度も催促の返事がきていた。


「ん、あぁ、分かってくれたならいい。そのまま待機していてくれ」


その気の抜けたような返事に、アリサは思わずこけそうになった。


「んもう~、しっかりしてくださいよー、そうじゃなくてですね、面白いものを見つけたんですよ」


『面白いもの』


その言葉を聞いてガブスは子供のように好奇心を輝かせた。

このポイントには一応、マシンによる仮探索を行ってはいたが、確かにかなり入り組んだ地形をしていた。何がでるかは分からないが、なにか埋ってるには違いない。埋っている遺物は上手く修理すれば居住艦の運用に転用できる。それがガブスの好奇心を駆り立てていた。


「なんだ、それは」


またしても声がおおきくなる。今度は緊張によるものではなく、好奇心からくるものであった。それを感じてか、シャニスももったいぶるかのように答える。


「実はですねー・・・」


「なんだ」


「それがですねー・・・」


「なんなんだ」


「えっとですねー・・・」


「おい」


「はい、なんでしょうか」


「次に言わねぇとお前の部隊の給料しょっぴくぞ!」


苛立ちが限界に達し、大人げなくガブスが大きく大声を出した。スピーカーから轟音のノイズが流れ、部屋が振動する。その影響で机の上の報告書がバラバラと落ちて行った。天井からはほこりも舞い落ちてくる。


「っわ、わ、ご、ごめんなさいごめんなさい!すぐ報告します!」


思わぬ反撃を食らってか、アリサも泡食らったかのように報告を再開した。


「実はですねー、大型ゼロパーツが見つかっちゃったんですよ…」


その返事を聞き、ガブスは大きく落胆した。

おもわず握りしめていたマイクも落としそうにもなる。輝いていた好奇心も、必要のないものにはさすがに光を失っていた。


「そうか・・・・・・わかった、それじゃあかなりの大仕事になるな、そっちにマシナリーフレームのやつはいたか?」


「はい、オズマがいますよ」


その返事にガブスは少し心が晴れた気がした。ゼロパーツを起動させるには、身体を完全に機械化したマシナリーフレームの人間が必要だった。本隊が合流するまでマシナリーフレームを待っていたら大きな時間の損失になってしまう。


「分かった。ゼロパーツの周囲をある程度掘削、その後、接続口まで穴掘ったらオズマを送り込んで起動、無事動いたら適当に安置しておいてくれ」


「了解しました。途中で出てきた資源のサンプルはそっちに送らなくていいですか」


「あぁ、そうだな。今回は同業者が近くにいるっていう噂だ。見つかったらまずいからデータだけよこしといてくれ」


「了解です!じゃあ、そろそろ作業を始めるので通信を切りますね」


「おう。じゃあ報告お疲れ様。頑張ってくれよ」


「へへ、自分のお給料のためにも頑張っちゃいますよぉ!」


アリサからの元気な返事の後、通信は途絶えた。一瞬の静寂の後、今まで聞こえていなかったアヴィレ=ジゴマティク号の駆動音と部屋の通信機器の通信音が部屋に響きだした。


「ふぅ、じゃあ俺も持ち場に戻るか」


落とした報告書を片づけ、ガブスはもう一度今はいないこの部屋の主に悪態をついた後、ポケットに入れていたアルコールを一口呷り、口元に残った露を指で拭いながら、様々な音が鳴り響く連絡路へとけだるそうに鼻歌交じりで歩みを進めたのだった。

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