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才能の代償

作者: 平野とまる

 少年は武官の一族の末弟として生を受けた。

 故に彼も当たり前のように必死にその腕を磨いてきた。

 そんな少年に対しての周りの反応は1つ。

 この一族の恥さらしめ!


 そう、いかなる武具だろうと、無手だろうと男兄弟は愚か女兄弟にすら遅れを取る始末。

 いつも兄達はもっと幼い頃に出来てたのに、同じ年齢の頃にはこんな事が出来てたのにと言われ続け、15を超えてなお姉達にすら遅れを取った少年は勘当こそされなかったものの、最早居ない者として扱われる。


 それでもなお少年は……いな、最早青年として見事に成長した男は努力を止めなかった。

 才能がなくとも努力すれば人並みにはなれると。

 事実一族以外の門下生には幼い頃から全てにおいて遅れを取った事など1度も無い。

 ただ、それでも女兄弟に負けた姿を見られて以来門下生からすら蔑まれる毎日。


 ただただ悔しかった。

 認めて欲しいと言う気持ちもあるのだが、もしいざという時近しい人を守れないと言う事が青年には耐え難く思えていた。

 故に、そんな自分を叱咤する周りは当たり前だとすら思い。いつしかひたすらに才能を求めるようになった。


 そんな折、門下生に是非と誘われ呑みの席に向かった時聞いた言葉を忘れる事等出来なかった。


「おい、聞いたか。何でも毎夜町外れの空き地に才能売りがやって来ているそうだぞ」


 今日も酒を呑まない自分は早々に退席するだろうし、その後自分を罵るのを肴として門下生達は楽しむのだろうと苦笑いを浮かべていた青年は、その言葉を聞いた瞬間全霊を持って聞く意識を向ける。


「ああ、才能を売ってくれるとか言う怪しい話だろ?

 実際どうなのかねぇ? 行った奴は居るらしいが、しかし、どいつも口を開かないと来たもんだ」


「とは言え、奴らは皆成功を収めているからな……ただ、すぐに落ちぶれている姿を見ると、とてもとても買いに行きたいなんて思えないがな」


 衝撃が全身を駆け抜ける。

 まさか、そんな上手い話がと思う心と、でも、事実売ってもらった奴らが居ると言う情報。

 無論、落ちぶれたい等と思ってはいないのだが、それ以上に才能を買えると言う事実に心が揺さぶられずには居なかった。


 笑い飛ばし、話を変えた彼らからこれ以上詳しい情報は得られないだろうが、最低限の欲しい情報は既に得ている。

 青年は門下生達に断りを入れ、いつものように早く席を立つ事に疑問を抱かれる事もなくそのまま町外れの空き地へと向かう青年。



「おやぁー、まだお客が来ましたかー。

 もう潮時だと思っていましたがー、1日滞在を伸ばして正解でしたねー」


 空き地へ辿り着き、誰も居ない事に酷く落胆した瞬間に背後から聞こえてくる声。

 自分はどこまで未熟なのかと自重しながらそちらを見れば、黒髪に黒目……この国では不幸を象徴する色を携えた同じ程の年齢の少女がこちらを見つめていた。

 顔は整っているのだが、どこか生気がないような冷たい印象を与え、服までも全身黒ずくめ。

 だが、青年から溢れた言葉は場違いな物だった。


「美しい……」


「……お前頭は大丈夫かしら?」


 青年の呟きに急に生気を帯び、まるで逆鱗に触れられたかのように怒りをあらわにし低い声を向ける少女。

 そんな反応に青年は慌てて頭を下げる。


「済まない、怒らせるつもりはなかったのだ。

 ただ、その……事実あまりに綺麗で……」


 しどろもどろに謝る青年に少女は溜息を吐きだし、すっと顔色を戻す。


「まぁいいわ、変わり者って事で納得してあげる。

 で、貴方の欲しい才能は何?」


 軽い少女の口調。

 幻想的な思いを抱く相手ではあるが、喉から手が出そうな程欲している物がある青年は切々とその思いを吐き出し伝える。


「ふーん、戦いの才能ね。

 漠然としすぎね。そして、その対価を貴方では払いきれないわね」


 冷徹な少女の言葉。

 しかし、なおも青年は食らいつく。


「違う、全ての才能だなんて、そんな物は僕だって望んじゃいない。

 ただ、……何か1つでも……才能を下さい……お願いします」


 謝罪した時と同じく深く深く頭を下げ、その姿勢で固まる青年。

 少女は再び溜息を零し、呆れたように口を開く。


「そう、それじゃぁ剣の才能をあげるわ。

 それならば代わりを貴方から貰い受けれるし」


「本当か! ありがとう!!」


 顔を上げた青年は、何を思ったのか少女を抱き締め。

 すぐにその行為に慌てて離れる。

 再び呆れた表情を向け、そして、どこか寂しそうに言葉を紡ぎ出す少女。


「ありがとうね。でも、対価を聞いてもそう言えるのかしら?

 才能の対価となるのは才能。

 貴方の才能を貰い受けるわ」


 と、淡々と呟かれた言葉に破顔する青年。


「なんだ、そんな事なら僕は構わない」


 嬉しそうな青年に、とうとう少女は辛そうな顔を浮かべる。


「……貴方の才能は――」





 次の日、何をやってもダメだった青年が剣を持つと、一族の奥義とまで呼ばれた技をいきなり修めてしまう。

 となれば、周りの反応は手のひら返しのように代わり。

 でも、褒め称えているのに誰の顔も一様に優れない。


 それを見て、青年は初めて少女から伝えられた自分の才能が本当だったのだと気付く。


 門下生達は更に単純だった。

 心底嬉しそうに青年を褒め称え、以前から抱えていた思いをただただぶつけてくる。

 それが嬉しくもあり、同時にとても寂しかった。



 その日の夜、期限は1月後と言われていたのだが青年は空き地へと足を進めた。



「……期限まではまだだいぶあるのだけど、今更惜しくなったのかしら?」


 冷たい少女の言葉。

 剣の才能を貰い受けた青年ですら背後を取られ、ああ、彼女は自分では計り知れない場所にいるのだと漠然と考えを巡らせる。


「いや、そんな事はない」


 ゆっくりと首を振る青年に、少女は訝しげに眉をひそめた。


「なら、何の用かしら?」


「いや、ただ君に礼を言いたくて……」


 青年の言葉に目を見開き、次の瞬間大声を上げて笑う少女。


「何を何を何を言うのかしらこの国の貴族の貴方が!

 貴方達が私にした事を忘れる事など一生ないわ!

 呪い殺してやろうと思ってるくらい憎んでるし、貴方の才能とそのちっぽけな才能が釣り合っているとでも思っていたの?

 寧ろ戦いにおける全ての才能と交換でもお釣りが来たというのに、馬鹿な人。

 さぁ、事実を知ってどう思う?

 はははは、さぁ、罵りなさいよ!」


 豹変した少女に、しかし、青年は満面の笑みを浮かべて口を開いた。


「ありがとう、貴方のお陰で僕は大切な人達を守れる。

 それに、僕が持っている才能を僕は嫌悪する。

 それを貰ってくれるんだ、何故君を罵らなければならない?

 しかも、そんな事情があるのなら代表して僕が頭を下げよう。

 無論、僕ごときでは足りないだろうが」


 そう言って頭を深く下げ、済まなかったと口にする青年。

 少女は驚愕の表情のまま黙ってその姿を見続けた。


「……何故……貴方は何故?

 どうして、そんな事が出来るの?」


 思わずと言った風に口から溢れ出た言葉に、青年は苦しそうに表情を歪めた。


「……昔、僕は君のような美しい人を守れなかった事がある。

 当時僕は子供で……でも、もっと何か出来た筈なんだ。

 それなのに……そう言えば、彼女も成長していれば君と同じ位の筈。

 無論、彼女は君と違って真っ赤な目を――」


 そこまで告げて青年は目を剥く。

 何故なら、涙を零す少女の目が真っ赤に染まっていたから。


「嘘。嘘嘘嘘嘘嘘よ!!

 そ、そんな都合が良い事って。

 だって、貴方あの時……嘘よ!」


 そう言えば聞いた事がある、感情によって瞳の色が変わる一族が居た事を。

 古来の血の所為で偶に黒目黒髪の忌子が生まれてきてしまうと言う、その悲しい一族が今も居ると言う事を。

 何より、自分の幼馴染にその子が居たと言う事を……自分のせいで隠されていた子が表に出てしまい、故に勘当させられてしまったと言う事を。

 青年は感情の渦に巻き込まれ、それを制御できず言葉が出せなかった。


 と、すっと目の色が黒に戻る少女。

 冷たく青年を見つめて口を開く。


「……関係ないわね、だってもう私はまともな人間ではないんですもの」


 諦めたような口調、だが、それ故に青年の感情は口から溢れ出す。


「関係ある!

 君がそうなってしまったのは僕の所為だ!

 家族から、一族から愛されだからこそ隠されていた君を僕の勝手で連れ出したんだ。

 それなのに、また君から貰うだけで……僕は何を君に返せばいい?」


 気付けば青年は涙を零していた。

 が、それを少女は淡々と見つめ言葉を放つ。


「あら? ちゃんと期限の日に才能をくれれば良いのよ。

 それが契約。それだけが私の生きる意味……。

 さぁ、戯事はここまで」


 その言葉を残し姿を消す少女。

 青年はその場に力なく座り込んだ。




「また……来たの?」


 次の日から日のあるうちは訓練に明け暮れ、終われば少女の元へ通う毎日を過ごす青年。

 無視されるかとも思ったのだが、意外に少女はその姿を見せる。


「ああ、迷惑だったか?」


 いつもの問いに呆れたように息を吐きだし、言葉を紡ぐ少女。


「迷惑よ。お陰でお客が誰も来ないじゃない」


「それは……済まなかった」


 いつものように深く頭を下げる青年にクスクスと笑みを零す少女。

 まさか期限の日である今日も同じやりとりをするとは思っていなかったので、つい零してしまったのだ。

 だから――。


「今日は……目が赤いんだな」


 頭を上げて驚いた表情を浮かべた後、そう青年が零してしまったと言う思いに包まれる少女。

 もう、自分を騙す術は……使えない。

 これは破られれば1日は復帰できないのだから……だから、細心の注意を払っていたと言うのに。


 しかし、期限の日であるのは不幸中の幸い。

 さっさと才能を貰って去れば良いだけの話だった。


「ふ、ふん、そんな事貴方に関係ないじゃない。

 とにかく貴方の才能を受け取って終わりね」


 そう言って手をかざす少女。

 青年は受け取った時とは逆に何かが体から抜け出た感覚を覚えた後急いで口を開く。


「待ってくれ! 僕もともに歩めないのか!」


 その言葉に驚き固まる少女。


「な、何を馬鹿な」


 何とかそれだけ口にするが、青年を止める事はできない。


「大丈夫、一族の者には許可を貰っている。

 他人から譲り受けた才能で不正をしたと言えば何とかなったさ」


 それを聞いて驚きの表情を浮かべる少女。


「馬鹿じゃないの!

 貴方はこれ以上ない位愛されていた筈。

 女兄弟にも負けたのに家に置いてもらえていたのが何よりの証拠だし、皆寧ろ貴方に戦いをさせたくないが為にキツい言葉を掛けていたのに。

 そんな家族を捨てるの!」


 と、激昂する少女に嬉しそうに笑い声を上げる青年。

 そんな反応に驚いて再び黙ってしまう少女。


「大丈夫、実はそれでも行くなと言われたんだけど、嫁を連れて帰ってくるさと言ったら何とか説得出来たよ。

 まぁ、姉さん達や女の門下生には泣かれてしまったけどね」


 あっけらかんと言う青年に少女は更に驚き、同時に酷く嫌な予感を覚える。


「待って、よ、嫁って誰の事よ!」


 と、初めて立場が逆転したかのように青年が余裕の笑みを見せる。


「君の事に決まっているだろう。

 勿論君の家にも許しを得ないといけないな。

 大丈夫、子供だった頃と違って君のおかげで今の僕には力があるさ。

 それに、一族皆も味方につけているんだ。武闘会で優勝も出来ると確信している」


 つらつらと語りだす青年。

 そう言えば、武闘会で優勝すればよほどの願い以外叶えて貰えたような。

 同時に思い出す、初代優勝者が黒目黒髪の娘を嫁にと望んだ事を。それが自分の家の初代当主だと言う事を。

 しかも、数回前の大会の優勝者も同じ願いをしたはず。彼女は居心地が悪いと彼を連れて旅立ってしまったのだけど……きっと今回も通るはず。

 ただ、黒目黒髪に対するやっかみは更に増える――。


「大丈夫、僕がそんな真似をさせないさ」


「っ、何突然言うのよ!」


「そりゃぁ、そんな不安そうな顔されれば言うさ。

 だから、僕の手を取ってくれ。

 ああ、君の今の所属する組織にもちゃんと筋を通しに行かねばな。

 絶対不幸になんてさせないし、もう手放すつもりも逃がすつもりもない」


 言い切る青年。

 おかしい、何でこんな事になったのだろうか?

 激しく動揺する少女。

 何より――嬉しさのあまりに自分の目の色が真っ赤に染まっているのを自覚して、益々恥ずかしさに捕らわれてしまう。


「……無理よ、だって――」


「それは、僕の才能の過剰分の交換条件だとしても無理なのかい?」


 にやりと微笑む少年。

 そう言えば、出会った頃はかなりずる賢かったような……。

 剣の才能と彼の――人に無条件に愛されてしまうと言うとんでもない才能とを比べれば自分が行っても多分まだあまりがあるだろう。

 寧ろ喜々として引き渡されること請け合いなしだ。

 何故なら、彼はそれ以上を求めない事なんて分かりきった事で、組織的に儲けが出る話を逃がす何て事はない。

 しかも、いい宣伝にもなるだろう。

 こんな上客他にいないくらいだ。



 まさかまさか、この結末がただのプロポーズに変わるとは思いもしなかった少女は、思わず助けを求めるように周囲へと視線を彷徨わせる。

 その隙に青年に両手を掴まれてしまい、否応がなく見つめ合う。


「……一目惚れだったんだ。

 あの時は僕の浅慮の所為で大変な目に合わせてしまったようだけど、でも、これから償わせて欲しい」


 真剣な言葉に口をパクパクと喘ぐ少女。

 聞いてない! 幸せなんて二度と来ないと思っていた!

 感情が暴れ、とてもではないが素直に頷けない。


 ……のだけど、手放せない事に気がつき、ああ、結末は見えているなと自嘲する。





 こうして、黒目黒髪を迎えた貴族はもう1つ増え、しかも彼女を黒の呪縛から守りたいと言う理由だけで国民の意識改革が出来るような偉業まで達成してしまう青年。

 救国の剣聖として代々語り継がれる彼の、切っても離せぬ恋愛事情の始まりの出来事であった。

 某所のお題として定義された物を某人が書いて、それについてコメントしたらあんたも書いたら? って言って下さったので調子ぶっこいて書いたらこんな事に……。


 えっと、これじゃない感など色々あるかと思われますが、少しでも楽しんで頂ければと思います。


 あるぇー? 本当にどうしてこうなった?

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― 新着の感想 ―
[一言] トマルさんの作品は温かいですね。
[一言] 最近某所は覗いてないんですが…… あれのことかなぁ 心中の描写が相変わらず素敵ですね 良い読後感のラブストーリーでした
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