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神官少女、勇者にすべてを捧げすぎ 後編


 女魔術士が爆風で空を駆け、四人をつなぎ合わせて中央近い塔へ落下地点を調整する。

 神官少女が四人の体内へ魔力を送りこみ、着地の衝撃に耐える足腰の強靭さをもたらす。


 城内には甲冑をつけた鬼が何十何百とあふれ押し寄せ、広すぎる窓や吹き抜けからは黒い翼竜が次々と飛びこむ。

「邪教信者の成れの果てどもか……うれしい歓迎ぶりじゃねえか!」

 女戦士は先頭を切り、赤い竜巻となって道を開く。

 女魔術士は後から追いすがる群れを次々と吹き飛ばす。


「中心部を目指してください! 闇の気配が集まっています!」

 神官少女は前後を守られながら、不意の罠や飛び道具のことごとくを皮膚強化の術で防ぐ。

 少年はその隣で呆然と城内見学をしていた。


「って、ちょっとお待ちなさいよ! なにしてやがってんですの、そこの勇者くんは!?」

「これでいいのです。勇者様の力は闇の王との決戦に備えて温存すべきです」

「そんなもんかあ? まあ、そんなら、いいんじゃね?」

 回廊の中心部へ近づくほど鬼と竜の密度はみるみる増して、肉の壁を剣と爆風で掘削しているような有様だった。


「ご、ごめんなさい。でもずっとこんな感じだったから……」

「ほらやっぱり! 宝球を入手した八魔将の討伐だって、そこの神官さんが影で糸を引いていただけではありませんの? そもそも私は、そこの凡人くんが私たちの百分の一でも敵を減らしている姿を見たことありませんわ!」

「百分の一は言いすぎじゃね? 前の刺客は百人中で五人だから……二十分の一か?」

「勇者様はやればできる子なんです! それに今は、そのような言い争いをしている場合ではありません!」

 皮膚強化や傷口縫合の術も間に合わない数の近距離乱打戦に、さしもの女戦士と女魔術士にも疲労が見えはじめていた。


「いいっえ! 今だからこそ言わせていただきますわ! もはや余裕ぶっこける現場ではありませんから! なにかあれば、そこの役立たずくんは遠慮なく見捨てさせていただきますわ!」

 ひときわ大きく重厚な黒塗りの扉に到着したが、詰め寄せる魔物がつかい棒になり、女戦士の腕力をもってしてもわずかずつしか引き開けられない。


「……勇者様は光の神に選ばれた欠かせない希望のひとりであって……」

「ひらめきましたわ! その邪魔ガキを群れへ投げこんで気をそらしますの! そのすきをついて一気に開ける! きっと神託はこの時のために……」

 女魔術士は背後にいる少女の全身が異様にまぶしく輝いていることに気がつくのが遅れた。


「あ、勇者様。危険ですのでこちらへ」 

 神官少女は少年の目をそらしたスキに全身の筋肉へ魔力をあふれさせ、音速を超える勢いで体当たりをしかける。

 女魔術士はとっさに厚い氷で全身を防護したが、一瞬に回廊の彼方まで独りで後戻りすることになった。

 氷の巨弾とその衝撃波に巻きこまれ、魔物の群れが爆ぜ散り吹き飛ぶ。


「なにっしやがんですの!? 待てやゴルァ! うっぎゃあああああ!」

 後方で決死の連続爆撃が続き、扉付近のすきを長引かせた。


「開いたぞ!」

 女戦士が体をすべりこませ、神官少女も少年を抱えて飛びこむ。

「早く閉めてください!」

「うえ? いいのかよ?」

 女戦士は言われるままに閉じてみる。


「神官さん、魔術士さんがまだだよ!?」

 少年が大きな瞳をうるませて少女にすがる。

「ぼくを投げこむとか言っていたから? でもきっと、悪気はないんだよ! 魔術士さんはいつだって自分の命が第一で、闇の王を倒した名声で都の王座をのっとりたいだけだって言ってたもん!」


 少女は悲しげな瞳で少年の頭をなでる。

「魔術士さんは闇の邪神にとりつかれたようなことを口走っておりましたが…………あれは演技だったのです。自分がおとりに飛びこむ覚悟をしていたからこそ、私たちがためらわずに前へ進めるよう、あのような憎まれごとを……彼女の意志を無駄にしてはいけません。先を急ぎましょう!」


 純朴な少年はうなずき、涙をぬぐう。

「そうだったんだ……みんなも魔術士さんのことは性格がねじくれて素直さのかけらもないって言ってたもんね。ぼくは誤解してたよ」


「でもよ、『待てやゴルァ』とか聞こえたような……」

「彼女の意志を無駄にしてはいけません。先を急ぎましょう!」



 大扉の中の広間は、小さな城が入りそうなほど大きい。

 誰もいない玉座に近づくと、塔のような柱の影から四体の巨人が姿を現す。

 人の何倍もある体格と、それに見合う重量鎧と超大型武器まで使いこなす、鬼の中でもけた違いの実力者たち。


「八魔将の残り四体……それも強いやつばかり残っていたようだな」

 女戦士は笑うが、頬にはこの旅ではじめての冷や汗が流れる。

「今までの倍は大きい……」

 がくぜんと見上げる少年に、地響きが一斉に襲いかかった。



 女戦士が倒れる。腹に深手を負っていた。

「ちっ、しくじった。腹がちぎれたまま暴れすぎたぜ」

 四体の巨人は息絶えていた。

 激戦で玉座の後の壁が崩れ、隠れていた通路が見えている。


「神官さん! 早く治療を!」

 少年が瞳をうるませて泣きつく。

「すでにはじめています。さすがは戦士様、こう見えて急所は外しているようです」

 神官少女の指先が強く輝き、出血は少しずつ減っていた。


「ああ、なんとかもつはずだ。だからそんな顔すんなって」

 女戦士は少年の頭をつかみ、胸に抱き寄せる。

「なな、なに? 戦士さん、安静にしてないと!」

 少年は顔を半分以上も谷間にうずめているが、暴れるわけにもいかず、ただ頬を真っ赤にした。


 神官の指先が急に輝きを失い、あと少しで止まりそうだった出血が止まりきらない。

「あの……治療に専念していただかないと、手遅れになるかもしれませんよ……」

 少女が抑揚なくつぶやく。


「なあ勇者。オレも今まで素直に言えなかったけどよお。お前の能天気さを見ていたら、牧場も悪くねえかなとか思いはじめていたんだ。あれって楽しいのか?」

 神官の指先が微弱に輝きはじめるが、むしろ出血は少しずつ増えていた。


「世話は大変だけど楽しいよ。狼を追い払うのは怖いけど……」

「狼くらい、オレが殴りつぶしてやるよ。だから、この戦いが終わったらオレと……その……お前さえよければなんだが…………」

 神官の指先が強く輝き、出血が急速に増えつつあった。


「戦士さん? なに? ぼくと……?」

「……なんか……寒いんだが……治療……だいじょうぶな……のか?」

 ガクリと女戦士がうなだれる。

「戦士さあーん!?」


「残念ながら打ち所が悪かったようです。今ここで可能な治療は施しました。私たちは先を急がねばなりません」

 少女は泣きじゃくる少年の肩をそっと抱き寄せ、谷間から引きはがす。


「神官さんの超人的な治療術と、戦士さんの怪物以上のがんじょうさでダメなんて……」

「彼女も最後はやすらかに…………まだ息がありますね。本当にしぶとい……」


「じゃあ早く、闇の王を倒そう! それでたくさんの神官様たちによってたかって治してもらうんだ!」

「それだと治る……可能性も……あるかもしれませんが……」

 少年は神官の手を引っぱるが、少女の顔は浮かずに足をひきずりがちだった。



「闇の王はかつて人間の邪教徒でしたが、強大な魔力によって自らの体へ改造を重ね、魔物を作り出して操り、多くの国を侵略してきました。高い魔力を常にみなぎらせた体はもはや半神のような霊的不死の存在になっています。討ち倒すには、それ以上の魔力で対抗するしかありません。勇者様の光の剣こそはかつて多くの術者が魔力をこめた霊剣であり……ええーと、まあ、霊や邪神も斬れるわけです。それと……あ、そうそう、闇の王の好物は具を明かさないで調理するという恐ろしい鍋料理で……」

「もう闇の王の歴史と対策と豆知識は十分だよ! 早く乗りこもうよ!」



 円形闘技場にも似た祭壇の上空は黒雲。

 闇の王はすでに人の姿を失っていた。

 体格こそ八魔将ほどではないが、長い二本角、黒いコウモリの羽根を四対、三本の蛇を尾に持ち、六本の赤熱する腕からは次々と爆裂の魔術が繰り出される。

 何十と爆音が響いたが、少女の魔力で光る体には傷がつかなかった。

「貴様の魔力もすでに半神の域であったか……八魔将を倒しただけはある」

 異形の悪魔は一息ごとに口から炎をもらす。

「だが余の実力をこの程度とは思わぬことだ。余は無駄な魔力の消費を抑えていたに過ぎぬ」


「勇者様! どうか作戦通りに!」

「ぼくはここでかまえて、一撃に賭ければいいんだね!?」

 少年は光の剣をかまえ、敢然と対峙する。


「貴様の実力を知ったからには余も敬意を表し、残り半分の魔力を見せてやろうではないか!」


「必ずその位置で! 私が引き寄せますから!」

 少女は闇の王へと駆けるが、少年の顔しか見ていない。


「貴様ら、少しは耳を貸さんか。それに連携を口に出してその通りにいくわけ……」

 闇の王は自分の六本腕の赤い光が倍の強さになったことを見せつけていた。

 しかし駆け寄る少女の手足がその何倍もの光をギラつかせはじめ、驚きを隠せない。


「あ、つまずきました」

 少女は闇の王の数歩手前で音速を超え、転ぶかのような低姿勢から地面すれすれの蹴りをくりだす。

「せ、切断されるぅ!?」

 闇の王は叫んだが、空気摩擦で燃えはじめていた少女の足はにわかに減速し、効果としては足払いにとどまる。


「神官さん!? だいじょうぶ!?」

 少年の心配をよそに、少女は転びかけた悪魔の背後へまわっていた。

「距離よし、角度よし!」

 短く小さく叫び、まわし蹴りを放つ。


 闇の王が轟音を上げて壁に激突した。

 少年がはじかれ、片腕をおさえて倒れこむ。


「勇者様! もうしわけございません! ご無事ですか!?」

 神官少女は涙ながらに少年を抱き寄せ、両手をあてて光を放つ。

「いてて……だいじょうぶ! ちょっとひねっただけ! それより闇の王は?」

「さすがは勇者様です。見事な一撃でした」

 壁にめりこむ闇の王の頭に、光の剣が貫通していた。



「あれ? かまえていただけなのに……」

「きっと勇者様の厚い信仰心が光の神にも通じたのでしょう」

 少女は頬ずりついでに匂いもかぐ。


「うむ。ふたりともよくぞ闇の王を討ち倒した」

 数倍も大きくなった光の白竜が祭壇の上から見下ろしていた。

「だだだ大司教様!?」

 少女は赤面してとびすさる。


 黒雲は散り失せ、朝焼けのまぶしさが満ちつつある。

「うむ。闇の魔力が消え、わしも入れるようになったのだ。そして本来の力も取りもどし、鬼や翼竜はあらかた始末しておいたぞ。今でこそ明かすが、大司教は仮の器……」

 白竜はだんだんと白髪の老人に姿を変え、ふたりに歩み寄る。

「もしや……大司教様だけが白竜になれるというのは……」

 少女は呆然とひざをつく。

「うむ。我こそは光の神なり」

 少女はあわてて平伏し、少年も真似をしておく。


「そしてこの試練を通じて、なんじらの中から、次の我が器とするにふさわしい肉体を選んでいたのだ」

 白く輝きだした祭壇の彫刻は鬼から女神へ変形し、とりまく柱には悪魔ではなく天使が彫刻されてゆく。


「次の器は若い娘がよいと考え、ひとりは数合わせだったのじゃが……闇の王を討ったのがその者ならしかたないのう。少年よ、我にその肉体を捧げる名誉を与えよう」

「え? あ、ありがとうございます!」

 少年は意味がよくわからないままに喜ぶ。

 少女もほほえみ、少年の両肩におかれた神の手がまぶしく輝きだすのを見つめる。


「では……少年よ、なんじの魂は解放される。やすらかに眠るがよい」

「勇者様。あの彫像、すてきではありませんか?」

「え、どれどれ? あれかな? ……そんなにいいかなあ?」

 少年は輝く大理石の柱を見上げ、少女は光の神をそっと絞め落とす。






(『神官少女、勇者にすべてを捧げすぎ』 おわり)






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