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神官少女、勇者にすべてを捧げすぎ 前編


「勇者様。あの宿、すてきではありませんか?」

「え、どれどれ? あれかな? ……そんなにいいかなあ?」

 少年はひなびた石造りの宿を見上げ、少女は鉄鎧の中年男をそっと絞め落とす。

 長い銀髪と澄んだ蒼い瞳。

 静かにほほえむ少女は高位の神官衣を着ていた。


「でも町に入れてもらえないんじゃ、野宿しかないかあ」

 金髪緑眼の少年が悲しげにふり返ると、若い門兵が独り、笑っていた。

「イジワルして、ゴメンネ。ジョウダン、デスカラ、トオッテ、クダサイマセ」


 少年はほころぶような笑顔を見せる。

「なんだあ、いい人たちでよかった! ……あれ、門番長さんは?」

 若い門兵は詰所の影に押しこまれた大男をちらりと見るが、言葉には出せない。


「もう見回りにでたのでは? 都の衛兵さんは仕事熱心ですから……神に選ばれし勇者様すら引き止めるほどに」

 門兵はひざまずいて拝み、涙ながらに見送る。



 石畳の先には白く輝く巨城がそびえていた。

「よう勇者! 宝玉をふたつ、もう手に入れたのか! 思ったよりやるじゃねえか!」

 露出の多い鎧を着た女が、グラマーな体をはずませながら走ってきた。

「私たちは安宿で半日も待ちぼうけですわ」

 露出の多いドレスを着た女も、グラマーな体をゆすりながら歩いてくる。

 神官少女も均整のとれた細身ではあったが、つつましい胸をふと恨めしげに見下ろす。


「お気楽な勇者くんのおかげで、余計なお客様まで集まりきっておりましてよ?」

 ドレスの女が近くの酒場を指し、その指先を赤く光らせてくるりと回すと、木造家屋が壁板を飛び散らせて炎上し、数人の男が火だるまになって転がり出てくる。

 男たちは黒覆面に鎖かたびらを身に着け、曲刀を握りしめていた。


「うわあ。やっぱり魔術士さんの魔術はすごいなあ」

「見とれるのはかまいませんけど、射程範囲へ飛びこまないでいただけるかしら? またその金髪を焦がして、どこかの神官さんに殺されかけるのはごめんですから」

「盗賊ではありませんね! 装備を与えられています! 人数も前後から五十ずつ!」

 神官少女は魔術士の言葉をさえぎるように早口で警告する。

 間をおかず、言ったとおりの人数が周囲の路地から湧き出てくる。


「刺客かよ! 闇の王に雇われ、勇者の首を手土産に取り入ろうとする連中か!」

 鎧の女は嬉しそうに剣を抜き放って前方の敵へ突撃する。

 ドレスの女はため息まじりに後方の敵へ歩きだす。

 女戦士が腕を振るうたび、数人ずつまとめて半身が吹き飛ぶ。

 女魔術士が指を振るうたび、数人ずつまとめて燃えたり、凍ったり、爆裂する。


「神官さんは、ぼくの後ろに隠れていて!」

 少年は剣をかまえ、足を震わせながら周囲に眼を配る。

 前後の虐殺現場を避け、屋根を越える刺客もちらほら現われていた。

「は……はい! ありがとうございます勇者様!」

 神官少女は明るく答え、大きな瞳を潤ませる。


 少年は女戦士には及ばないまでも、数人の刺客を相手に持ちこたえてみせた。

「あっ!?」

 少年がつまずいた拍子に、少女は鉄の杖をうならせる。

 刺客たちは一瞬で覆面ごしに頭部を突き砕かれ、立ったまま白目をむいて絶命した。

 少年はあわてて体勢を整え、めちゃくちゃに剣を振りまわす。

 刺客たちは斬られるままに刻まれて倒れた。



 前後の道が犬死に惨殺体の山で通行しにくくなると、残りの刺客は逃げ出す。

「勇者様、お顔にケガをなさっておられます。ちゃんと見せてくださいませ」

 神官が少年の童顔を捕えて間近に引き寄せると、指先が青白く光りだす。

「こんなのだいじょうぶなのに……変な振りかたで頬をすりむいただけだよ!」

 照れて嫌がる少年の顔を両手で抑えたまま、少女はほほえんで静かに首をふる。


「そうそう、それよりオレの腕、ちょっと骨が見えちまってるから埋めてくんね? そんな傷ならツバでもつけときゃすぐ……」

 女戦士が少年の腰ベルトをつかんで持ち上げ、のばした舌を頬に近づける。

 少女は女戦士の腕をピシリとたたいて少年を落とす。

「国王様がお待ちです。急ぎましょう」


「だから、城にオレの血をボタボタ落としちゃまずいって……あれ、治ってる」

 女戦士は少年を持ち上げていた腕に血の跡しかないことに気がつく。

「うわあ。やっぱり神官さんの神官術はすごいなあ」

 それらのやりとりを、女魔術士だけは腑に落ちない表情で見ていた。


「神官術は体内の気を操り、治療や、強靭な肉体を作り出す言わば『創造』の術。闇との決戦には勇者様の剣こそが頼りとなります」

 神官少女は勇者の背を押して急かしながら、わざと魔術士にも聞こえるように説明する。

「聞き捨てなりませんわね。少数で乗りこむのに不可欠なのは魔術でしてよ。外気を操り多数を殲滅できる『破壊』の術なくしてどのように闇の王へ近づくつもりでいらして?」

「もちろん、魔術士様の魔術も、戦士様の剣術も頼りにしております。我々は皆、光の神に導かれた運命。ひとりとして代わりなどいない、この世界の希望なのです」

 少女は謙虚にほほえみ、女魔術士は疑惑をうやむやに忘れ、得意げにのけぞる。


「なあ、オレと勇者、剣術でかぶってね?」

「国王様がお待ちです。急ぎましょう」



 間近に見る城は山のようであり、夕闇のせまる中で赤々と輝いていた。

 謁見の大広間に通された四人は大臣に四つの宝玉を預け、ひざまずいたまま待つ。


 月が地平から天頂へ昇るまで見届け、ようやく現われたのは大臣だった。

「国王様は菓子の賞味に夢中であるゆえ、今日はさがってよい。わしももう寝る」

 やせこけた中年男はそれだけ言い捨てて背を向ける。


 女戦士のひざがミシリと床に亀裂を走らせる。

 女魔術士の指先から腕まで真っ赤な光が広がる。

「おふたりとも落ち着いてください。兵を皆殺しに、城を平らにするおつもりですか?」

 つぶやく神官少女は全身が青白く輝いていた。


「無益な争いはなんの解決にもなりません」

 かすかに苦笑する少女から光が消えはじめると、階上から侍女の悲鳴が響きだす。

「国王様が! 急に胸をかきむしってのたうち苦しみあそばされました!」

「お医者様を! いえ、もうこうなっては高位の神官様しか!?」



 数分後、肥えた老人が担架で運ばれて玉座に載せられ、王冠をくくりつけてどうにか謁見の形式を整える。

「このような夜更けにもうしわけございません。しかし私たちの使命は一刻を争い、この世界、ひいては国王様の身の安全にも関わることでございますので」

 繊細な顔だちの少女は深々と頭を下げる。


「よ、よい。命びろいしたぞ。うぐっ! ……で、治療の途中にあえて頼みたいこととはなんじゃ? あがぁっ! は、はやく、申すがよい」

 しわだらけの蒼白な顔に油汗が浮かんでいた。


「だから王家伝来の光の剣とかいうやつだよ。宝玉を四つそろえたから、もう文句ねえだろ? さっさと貸せよ」

 小柄な少年があわてて女戦士を手ぶりでいさめる。

「失礼いたしました。どうかご容赦くださいませ」

 静かな声の少女は深々と頭を下げる。


「よ、よい。わかった、わかったから……じゃあ、剣は年末あたりに……」

 深々と頭を下げる少女の両手が密かに光る。

「うげあああっ!? 今だ! 今すぐ持ってこい! 家宝の剣も! 宝石箱も! 金貨袋も! あるだけ全部だ! 早くぅ!」



「国王様、お病気が治ってよかったね」

 勇者は莫大な寄付を光の神殿に投げこみ、安宿へ向かう。

「きっと国王様の厚い信仰心が光の神にも通じたのでしょう」

 少女がほほえんで少年の瞳をのぞきこんでいた。


「すごいのは神官の治療術だろ? あんな速く内臓をいじれるなら、軽く痛めつけて脅してやればよかった……のに……?」 

「きっと国王様の厚い信仰心が光の神にも通じたのでしょう」

 少女が無表情に女戦士の瞳をのぞきこんでいた。



 少年は食事を終えて部屋へ入ると、ふらふらと寝台に倒れこむ。

「勇者様。上着くらいは脱いでから眠りませんと」

 少年は外套と上着を脱がされても抵抗しない。

 すでに幸せそうな寝息をたてていた。

「……体もおふきしておきますね……少しだけ……」


「なにが少しなのかしら? 最近の教団はずいぶんと開放的ですわね」

 少女は赤面してとびのく。

 女魔術士は紅茶を一口かたむける。

「ずっとおりましてよ。私は別にかまいませんけど、痴話喧嘩は遠慮していただけますかしら? ほら、筋肉担当さんもさすがに食べ終わるころみたいですし」


「痴話喧嘩ってなんだよ。筋肉担当は別に、その通りだけどよ」

 戸を蹴り開けた女戦士は酒樽を二つと子豚の丸焼きを五つ抱えていた。

 そして少年のはだけた胸元と、少女の濡れ布巾に目が止まる。

「体ふくのか! オレにやらせろよ! こういうのは腕力あるほうが……」

 女戦士は布巾をひったくり、少年の下着もはぎとる。

 そこで意識を失った。


「あ、あなたいったい、その筋肉さんの頭になにを……」

「いえ、戦士様は決戦を前にした興奮で眠りづらそうにしていらしたので、少しお手伝いを……魔術士様もお疲れでは?」



 三人が寝静まった中、神官は着替えの済んだ少年に毛布をかける。

 子犬のような寝顔を見つめながら、少女はため息をつく。

「なぜこのような少年が選ばれてしまったのでしょう……」


 神官の少女とて、少年よりわずかに年上というだけで、年配の多い高位神官の中では子供同然だった。

 はじめて会った少年は、ヤギにまみれて牧場の雑用に走りまわっていた。

「光の神から大司教様に託されたお告げです。あなたは闇の王から世界を守る勇者として選ばれました」

「ただで旅行できるの? やったあ!」


 さいわい剣の素質はあったものの、天才というほどではない。

 少女に限らず、少年が神託の四人に選ばれた理由には誰もが思い悩んだ。

 都の王など、はじめから鼻で笑ってとり合わなかった。

「これまでの功績はすべて世界一の女戦士と、世界一の女魔術士の助力によるものであろうが! 王家の家宝を借りたければ、貴様自身でふたつの宝玉を持ってまいれ!」


『闇の宝玉』は闇の王の側近、八魔将が身につけ守っていた。

 第一の将、第二の将は四人がかりでなんなく倒している。

 第三の将、第四の将は少年の一騎討ちを見守るふりして、少女が相手の体内を死なない程度にいじくりまわし、どうにか斬撃による勝利へ導いた。

 素直で優しい少年だが、やはり勇者の素質があるとは思えない。


「ぼく、父さんも母さんも闇の王の手下に殺されたから、またいっしょに食事してくれる人ができて嬉しいんだ!」

 少女は幼いころに光の教団へ預けられ、厳格な規律の元で生活し、食事を嬉しいと思ったことなどなかった。

 年配の高位神官のほかに男性との面識もなく、少年という生き物は新鮮だった。


 そしてこの、勇者に選ばれた金髪緑眼の少年は特別に純粋で、かつ自分に好意を持ってくれている。

 それが女戦士や女魔術士に対する好意とどれほどの差があるものかは計りがたく、毎晩の安眠を妨げていた。



「こ、これは勇者様のせいなんですからね……」

 少女は少年の頬に両手をそえ、そっと顔を近づける。

 月夜へ開いた窓からまぶしい光が広がっていた。

 少女の胸の高鳴りと共に、光もまた明るさを増すようだった。


 あまりの光量に少女は眼球が痛んで手で抑える。

「おお、すまん。探していたので強くしすぎた」

 窓の外から、むやみに輝く白い巨竜がのぞきこんでいた。

「その声は……大司教様!」

「うむ。四つの宝玉と光の剣。決戦の準備は整ったと聞いておる。でかしたぞ……どうした? 臆したか?」

 少女は心底ガックリした顔で、女戦士と女魔術士の額へ光る手をかざす。

 ふたりは全身をガクンと痙攣させてはね起き、起きるなり頭をおさえてうめく。

「いだだだだだっ。二日酔いかあ? あれ? でも酒は減ってねえ……なんだこれ? 朝かと思ったら変なトカゲが入りこんでやがる。夜食か?」

「光の教団のシンボル……光の白竜ですわ。さっさと決着をつけるつもりでしたら賛成でしてよ。安宿にはもうウンザリ」


「高位神官の総力で大司教様に神官術をかけ、肉体構成を変えて化身していただいているのです。急ぎ決戦の準備を!」

「うむ。相手が体勢を整える前がよかろうと思ってな」

 神官少女は少年の頬をつついて目が開くのを待った。



 月夜に白竜が飛び立つ。

 その四肢にひとりずつしがみついていた。

「なあこれ、背に乗せたり手足にロープをひっかけりゃ百人いけるんじゃね?」

「うむ。多少なら増やせるが、飛ぶには六人が限度であろう。そして五人を超えれば動きがにぶり、闇の翼竜どもをかわしきれぬ。それが四人のみ選ばれた理由である」

「じいさんの体力の都合じゃ、しかたねえなあ」


 いくつもの山脈を越えた北の空に、晴れた夜空を濁らせる黒雲が一点。

 その豆粒ほどの闇より放たれる矢のように見えた影の群れは、たちまち白竜に近い大きさの黒竜となり、轟音と共にすれ違う。

 かすらずとも衝撃波で四人の体は飛ばされかける。


 何十匹という黒竜がたて続けに襲いかかり、白竜は急上昇と急降下をくり返して縫うようにすり抜けるが、群れはみるみる密度を増し、黒雲にあと少しの所で壁のようにひしめく。

「うむ。ここまでのようじゃ! 次の急降下で黒雲の中心へ投げこむ! あとは自力でどうにかせよ! 闇の宝玉を持て! 持たぬ限りはじかれるぞ!」

 四人はそれぞれに、大臣より返された闇の宝玉を握りしめる。


 間近に見る黒雲は都がそのまま入りそうなほどに大きい。

 中心部へ投げこまれた四人は真っ逆さまに落下しながら、黒雲の中心に巨大な建造物を見る。

 都の城を悪趣味に真似たような、とげとげしいデザインと真黒い壁。

「あれこそが闇の城! 魔物を生み出す邪教の本拠地です!」




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