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なろうだけよ-短編

それでも、私は

作者: ササデササ

 その日、私にとっては特別な日ではないはずだった。

 同僚の鈴木さんと『眺める』事がメインのお買い物をし、コーヒーチェーン店で一服して、明日から、月曜日から頑張るための英気を養う。

 そんな、代わり映えの無い日曜日のはずだった。

 異変に気がついたのは、鈴木さんだ。

 県の中心街の賑やかな駅前に、不釣合いに佇む、アンティークショップがある。

 歴史を感じさせる二階建ての建物で、周りの華やかなビルと比べると、それは不気味な存在に思える。

 その店の存在は、以前から知ってはいたものも、私も鈴木さんも興味は無い分野だった。

 しかし、今日は違った。

 店の前に、陳列棚として置かれている腰ほどの高さの机の上には、古びたフランス人形が飾ってあった。

 朝にこの場所を通った時には、いなかった。

 その人形は、売り物と言うには、あまりに朽ち果てていた。

 額から右目にかけてと、鼻から左耳にかけて、二つの大きなヒビがある。

 左目にあるはずのガラスはなく、唇も色あせ白くて、白くあるべき肌も黒く変色していた。

 綺麗なはずの金髪も、触って確かめる必要もなく、遠めで見るだけで、相当痛んでいる事がわかる。

 全体的に頭は薄くなっていて、あるはずのツインテールの片側の姿が見えなかった。

 上流貴族のようであるべきドレスには、大きな穴が沢山あり、所々が焼き破れていた。

「あの人形……。怖くない?」

 鈴木さんは嫌悪感を乗せて言う。その嫌悪感の大部分は『恐怖』が支配しているのだと思う。

 鈴木さんの顔も唇も青く変色し、『見たくない』と言う想いからか目は細められ、額には汗が滲んでいる。

 それでも、私はその人形が愛おしく思えた。

 私は鈴木さんの反対も聞かずに、その人形を購入した。

 正確に言えば、店の店主も処分に困っており、無料で頂く事ができた。

 店主が言うには、今朝方、店のレジカウンターに置いてあったらしい。

 何故そこに人形があるのかも分からず、無下に扱うのも怖かった、と言っていた。

 

 私は帰宅してから、ずっと人形と話している。

 もちろん、彼女が私の言葉に反応してくれるはずも無いのだが……。

 それでも、私は彼女の虜だった。

 食事の時、食卓の椅子に置くと、彼女の姿が見えなくなってしまうのは問題だった。

 少し行儀が悪いかな、とは思ったのだけど、テーブルの上に置くことにして、私と彼女は一緒に晩御飯を食べる事が出来た。

 お風呂の時も、彼女を濡らすわけにはいかないのだけど、どうしても離れたくなかった。

 彼女を洗面所の洗濯機の上に置き、お風呂のドアを開けたままにする事で、その問題は解決した。

 私は彼女と、ずっと一緒にいたかった。愛おしかった。

 それは叶わぬ願いなのはわかっている。余りに日常生活に支障をきたすのは理解している。

 それでも、せめて、今日だけは片時も離れたくなかった。

 私と彼女は寝室に向かい、ベッドの上で、お話をした。

 私には確証はあったのだけど、確かめてみた。

 彼女の洋服を脱がし、背中を見てみると、見覚えのある、兄の『バカ!』と言う字があった。

 おへそには私が書いた、へそピアスの役割を果たす落書きもある。

 やっぱり……。

 私は彼女を知っている。

 以前は、確かに、私の家族だった。その彼女を。

 

 あれは私が八歳の時だ。

 十四歳の兄に、漁師をしていた父が自らの技を教え始めた頃。

 私もその場に同伴する事が多かった。

 そんなある日、私と父と兄を乗せた船は、近海なのに遭難した。

 船の計器は壊れ、機械に頼る現代人の父も測量術など持ち合わせてはおらず、私たちが辺りを見回しても広がるのは海ばかりだった。

 私たちに出来る事は、碇を下ろし、現在地を固定して、救助を待つ事だけだった。

 それから、数日後。

 悪い事は重なって起きるもので、私たちを乗せた船は、嵐に抱擁される事になる。

 そして、雷が私たちの船を襲った……。

 船は二つに割れ、兄と父は焼かれ、沈み行く船の中で私は泣き叫んだ。

 はずだった。

 意識を失ったはずの私が目を覚ますと、天気は晴れ晴れとして、船も元気な姿で、何より父も兄も無事だったのだ。

 ただ、私の家族だけがいなくなっていた。

 私の四歳の誕生日から、多くの時間を共にした、フランス人形の姿だけがなかった。

 その数時間後に、私たちは海洋警備隊に保護された。

 

 電気を消し、ベッドに潜り、朽ち果てた彼女を抱擁し、私は眠りに付いた。

 私の奇跡を誰かに話すつもりは無い。

 きっと、信じてもらえないのだから。

 その体験者であるはずの、父も兄も信じなかったのだから。

 他の人から見れば、彼女は畏怖の対象なのだろう。

 それでも、私にとっては、惜しみない愛をささげるべき、大切な家族なのだ。

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