落ち着きと決意
混乱するマーオは長老宅に連れられてきていた。落ち着くようにと手渡されたハーブ茶は既に冷め、マーオはボンヤリと自分は長いこと放心していたのかと感じた。
「落ち着いた? マーオちゃん」
「はい……。心配かけてすみませんルシアさん。ありがとうございます」
冷めたハーブ茶を少しずつ飲み一息つくと、広場からここまで甲斐甲斐しく世話をしてくれたアレクの母でもあるルシアにぎこちなく笑いかけながら礼を言った。
「家の愚息が本当にごめんなさいね。婚約者にこんなに心労をかけるなんて、本当に配慮が足りないんだから……。帰ってきたら二人できっちりお仕置きをしましょう」
マーオの心を少しでも和らげようと言葉が重くならないように軽く言葉を紡ぐ。
ルシアにとってマーオはすでに自分の娘のようなものだ。小さな頃から成長を見守り、マーオも小さなころから面倒を見ていたルシアのことを実の母のように慕っている。可愛くないわけがない。
だからこそ今回のことは実の息子でも許せなかった。いや実の息子だからこそ、村を守る一族の誇りにかけても到底許せるものではない。
村を共に守ってくれている精霊との契約は絶対。そうでなければ千年という長い月日、国を陰ながら支えることは疎か、村人の命さえ守れず既に滅んでいたと断言できるから。
村を出る時必ず戻ることを約束させる話し合いを、長老とアレクのやり取りをルシアも近くで聞いていた。しっかり頷き誓いを立てていた姿は立派に役目を担う者の目をしていた。
だからこそ安心して村から送り出した。
なのに結果は何の知らせも寄越さないどころか、あり得てはいけない話を国が発表している。
「……でも、でもアレクがそのお姫様のことを本当に好きだっていうなら私、……私アレクのために身を引かないと」
「しっかりしてマーオちゃん。愚息が万が一お姫様のことを好きになったんだとしてもアレは村に戻ってこなければいけないの。『精霊の契約』を受けたのは自分の意思なのだから。そこには責任が伴うの。だからこそ、アレの婚約者はマーオちゃん貴女なの。例え何があってもそれは変わらない。例え好きだなんだと言っても村に連れ戻すわ。だから安心して?」
話すうちに混乱してしまうマーオの肩を揺すり意識をはっきりさせ、ルシアはマーオに言い聞かせるように語りかける。
感情の高ぶっているマーオは納得できるはずもなく軽く首を振り「そんなことしたら嫌われちゃう」と言葉を紡ぐ。我慢できず出てきてしまった嗚咽と一緒に。
「落ち着きなさいマーオ。貴女はジャーム村の女でしょう。そんなことで尻尾を巻いて逃げるつもりなの? このままマーオちゃんが取り乱しては精霊たちも暴走してしまうわけど、それでもいいの?」
「それは……、ダメです」
静かに口した言葉は先程よりも力強く、マーオは頭を殴られたような衝撃をうけ混乱しているだけの意識を瞬時に立て直す。
「そう。ダメなの。この地で精霊たちが暴走すれば魔王なんて目じゃない被害が出るわ。それを私たちは分かっている。それでも『精霊の契約』を結び続けてきたの。だからこそその契約を終えない限り次代を育む義務があるの。それは分かるわよね? そしてアレクはそれを知っている。なのに何の連絡も寄越さずこんな事態を引き起こしているのだから連れ戻すのは正当なことなのよ。それが私たちこの村に住む者の義務なの」
混乱は何とか落ち着き少しの不安も残しながらも瞳に力が戻ったマーオへ、ルシアは子供に言い聞かせるように何度も言葉を重ねる。そしてマーオも噛み砕くように紡がれる言葉に賛同を示すようにしっかり縦に首を振った。
「それにもしそんな事情がなくても健気に待ってる婚約者がいるっていうのに他の女に現を抜かすなんて言語道断よ!! その点を差し引いてもマーオはあの馬鹿を怒る権利があるわ!!」
「そう、ですよね。私アルクの婚約者ですもんね。怒る権利あるんですよね」
「そうよ!! マーオちゃんは何にも悪いことしてないんですもの怒っていいの! というか怒らないとだめよ!!」
「そうですよね。私アレクの心配して待ってたのに……。怒るのが当たり前なんですよね」
「そう、そのいきよ!! ついでに一発殴っちゃいなさい!!」
「はいルシアさん!! 私アレクに会ったら最初に怒ります!」
落ち込むマーオを励ましたいのか、それとも同じ女として息子の行動が許せなかったのか発破をかけるルシア。その成果か今まで暗い雰囲気だった部屋が明るさを取り戻す。
「ルシア、マーオが落ち着いたのなら少し話したいことがある。入ってもよいか?」
マーオとルシアの話が一段落し、少し部屋の空気が緩んだ。そんな時、部屋の外から部屋の様子を伺うように軽いノックと共に言葉がかけられた。
「はい。どうぞ」
戸をあけて部屋に顔を出したのは長老だった。
ルシアは身を正すように座り直し、マーオは泣いてしまった事を恥じるように目元の涙を拭い背筋を伸ばし座りなおした。
「すまんな。もう少し時間をやりたいとは思ったが事は時間が有限。すぐに対策を話し合いを行おうと思うが立ち会えるかね?」
「こちらも話がちょうど終わったので問題はないですが……」
ルシアが気遣うようにマーオに視線を向ける。
「私ももう大丈夫です。これからのことは私にも関係しますから話を聞かせてください。お願いします」
取り乱してしまったことを恥じ、マーオは深々と頭を下げた。そこにはもう迷いなく前を向く者の力強さだけが感じられた。