桜色の手紙
「今でも、私の想いは何も変わってはいません。翔くんと初めて出会った三年前のあの日から」
私はそうつぶやいた。私の重い重い言葉は春の日差しの中をすとんと落ちていった気がした。この言葉は、この思いは、私以外の誰の耳にも届かない。暖かな風の吹く、桜の並ぶ土手にかかる小さな橋。私はそこにただ一人、橋の上から川を見下ろしていた。握りしめた手の中には昨日の夜何時間もかけて書いた想いがつづられている便せんがある。私はそこに書かれてあった言葉をただよんだだけだった。
翔くんは私の初恋の人で、去年の冬から一度も会っていない。そして、会わなくなった冬のあの日から私はおかしなことに毎日翔くんに手紙を書いている。出せない手紙を。そしてそれらはもうすぐ三百通になろうとしている。部屋の引き出しの中で眠っている私の想いが報われることはないだろう。彼は私の心の重たさを拒絶して去っていったのだから・・・。
それでも、私は毎夜手紙を書いてこんな風に次の日、太陽の下で私はその手紙を開く。今日も一日好きでいようと、いられるとそんな勇気をもらうように思うからだ。
翔くんの笑う理由、涙を流す理由、にらみつける理由・・・感情が愛おしかった。
私の名前を初めて呼んでくれた時の感覚を、胸が高鳴ったあの時の気持ちを・・・私は忘れることが出来ない。三ヶ月後、一年後、三年後もしたら何かが起きて翔くんが戻ってきてくれるかもしれない。言い出したらきりのない切ない願い。二人がおばあちゃんとおじちゃんになってからのそんなもしかしたらの奇跡さえ信じることが出来た。ふいに涙がこぼれてきた。習慣になっていた彼を思い出す時間。それでも私の胸の痛みが消えることはない。流れてくる私の思いを止めることが出来なかった。涙をぬぐおうと顔を上げたとき、輪郭のぼやけた世界の中できらきらと輝くピンク色の花びらを見た。幸福を初めて目で見たと思った。翔くんと出会った時に感がしたあの幸せに似ている気がした。
あなたは私に何が伝えたいんですか?私はポーとした思考回路の中でそう桜に問いかけた。あきらめろと、前を向けと。それとも、翔くんを待っていろと・・・会いに行けと?
答えは返ってくるはずはなかった。ただ私は私の心の中の声を聞いた気がした。幸せになりたいと・・・。さっき感じた桜の花びらのように、あなたとの幸福だけでない、別の幸福だってあるはずだからと、そう私の心は私に言った気がした。涙はとうに冷たくなっていた。でも私はそっと穏やかな気持ちで握りしめていたピンク色の便せんを破いた。桜の花びらのようにきらきらとこの川に散ることを願いながら。