↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

時給1200円の風景、時給100万円の影

掲載日:2026/10/13

小さなお金のことを毎日のように考えながら暮らす一人の男が、「時給100万円」という遠い数字を眺めたときに見えた景色の記録である。

「時給100万円」という言葉を、ニュースの見出しで見かけた。


企業トップの報酬を年収と労働時間から時給に換算すると、それくらいになるらしい。


一瞬、桁を見間違えた気がした。ひとつか、ふたつ多い。

そう思ってもう一度見直したが、間違いではなかった。


私の時給は1200円だ。


嘱託社員だから、ボーナスはない。朝は早い。かつての部下が、今は上司の椅子に座っている。


それについて、特に思うところはない。もう慣れた。

慣れたというより、馴染んだと言ったほうが近い気がする。


定年後の再雇用というのは、そういうものなのだろう。そう思っているだけかもしれない。


問題は、そこではない。


時給の差に腹を立てているわけでもない。

世の中にはそういう仕組みがあって、私はその仕組みの端のほうに座っている。

ただ、それだけのことだ。


それでも、「時給100万円」という数字を見ると、頭の中で勝手に換算が始まる。


100万円は、私の時給の800倍以上になる。


800倍。


その数字がどれほどの距離なのか、正直よく分からない。


分からないくらい遠い場所にある数字だ、ということだけは分かる。


スーパーの惣菜コーナーには、閉店前になると半額のシールが貼られる。


500円の弁当が250円になる。


それでも、簡単には手が伸びない。


財布の中身と相談しながら、今日は弁当にするか、

それとも半額のおにぎり一個で済ませるかを考える。


考えるというのも大げさで、もう体が勝手に計算している。


100円のおにぎりと250円の弁当。


その150円の差が、今日は許されるかどうか。


値引きシールが貼られる時間まで、店内をうろうろしたことも一度や二度ではない。


そうして選んだおにぎり一個を、次の日の昼、会社の休憩室で食べる。


窓の外は晴れていたり、曇っていたりする。


特に何も考えない。


ただ、包装のフィルムを剥がす音だけが、やけに大きく聞こえる。


向かいの席では、誰かが宅配の弁当を広げている。ふたを開けると、まだ湯気が立つ。


それを見ても、羨ましいとは思わない。


ただ、湯気の立たない昼が続いているな、と思う。


時給100万円の人たちが、こういう昼をどれくらい知っているのかは分からない。


知らないことを責めるつもりもない。


ただ、半額のシールを見つけたときの小さな喜びと、その喜びの底に沈んでいる、ほんの少しの惨めさ。


そういうものは、生活に余裕がある人には、見えにくいのかもしれない。


私の時給と、あの時給の間には、単純な数字の差だけではない何かがある気がする。


それは働き方の差でも、能力の差でもない。


たぶん、「悩む」という行為が、生活の中にどれだけ入り込んでいるかの差なのだ。


おにぎりにするか、弁当にするか。


今日は買うか、やめておくか。


たったそれだけのことを、毎日のように考える。


そんな小さなことにまで、いちいち値段がついている。


とはいえ、こんなことを考えたところで、時給が上がるわけではない。


明日もまた、惣菜コーナーの前に立つ。


半額のシールが貼られる時間を、なんとなく体が覚えている。


それだけが、今のところの唯一の技術と言えば、技術なのだろう。


誰に自慢するでもない技術だ。


おにぎりのフィルムを剥がす。


今日は、やけに具がしょっぱい。


それだけのことだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。