love song
夜の街は、怖いくらい静かだった。
深夜2時頃、人々が寝静まるこの時間が、私は好きだった。
誰もいない、何も無い。
にぎやかな昼間と一変した、この音の無い世界。
この時間になると、私は決まって外に出る。
静まり返った夜の空気と、何とも言えない開放感は、忘れたはずの気持ちを揺さぶった。
「歌いたい」
小さく、呟いてみた。
空っぽの深夜、音を紡ぎだすのは今、私1人だけ。
音のない世界に、音を持たすことができるのは私だけ。
いつも夢見ていた。
私だけの音で、私だけのメロディーで、私だけの世界で、人々を魅了することが出来たらどんなに良いだろう、と。
でも、歌って、歌って、歌って、私にしか紡ぐことの出来ない、最高の音を見つけたい、と意気込んでいたあの頃のは、もう戻れないだろう。
人には限界があるということを、知ってしまったから。
どれだけ頑張っても、努力だけでは超えられない一線があるのに、気づいてしまったから。
私は、報われない努力に疲れてしまった。
一度生まれてしまった諦めは、どんどん私の心を腐らせる。
私は歌わなくなった。
歌いたくなっても、また期待を裏切られるのが怖くて、歌えなかった。
弱虫の私は、逃げることしか選べない。
そんな自分が、嫌いだった。
だから、私はそんな気持ちを無視して深夜の散歩を続ける。
音も無い、光も無いこの世界は、まるで私みたいで軽く笑える。
でも、今日の夜は、私とは違った。
「……ギター?」
住宅地から少し離れた、たまたま通りかかった公園からギターの音が聞こえる。
はっきり言って、下手くそだ。
こんなの、音じゃない。
音楽じゃない。
ただの近所迷惑だ。
どんな人が弾いているのか気になって、冊ごしに公園の中を覗いてみた。
中央に立っている木に寄りかかり、こちらに背を向けている、小柄な男の人。
街灯に照らされて、顔立ちまでしっかり分かる。
……その人は、輝いていた。
街灯が明るいとか、そんなんじゃない。
すごく、すごく楽しそうなのだ。
自分の好きなことに打ち込んで、努力している。
どんなに下手くそでも、これが好きで、好きで、仕方が無い。
そんな顔をしていた。
愛しい人を見つめるように柔らかで、それでいて凛とした強さがある。
とても、綺麗だ。
この人に、深夜は似合わない。
自分の出したい音もあるし、未来に向かおうとする光もある。
私とは正反対だ。
私も、昔はあんなに輝いていたのだろうか。
毎日毎日、辛い練習をのりこえれば、必ず結果が返ってくるなんて、決まっているわけじゃない。
なのに、どうしてあんなに頑張っていられたのだろう。
……そんなの、好きだからに決まっている。
結果なんて二の次で、歌うことが好きだったから、続けられたんじゃないか。
報われるとか、報われないとか、そんなのどうでも良くて、ただただ好きだったから、歌っていたんじゃないか。
歌いたい、歌いたい、歌いたい、歌いたい。
「……っ」
下手くそなギターに、下手くそな歌声。
何年歌ってなかったのだろう。
体の中を風が通り抜けていくような感覚がすごく心地よい。
歌いだしたらもう止まらなくて、どんどん大きくなる声と、速くなるテンポ。
こんなにも私は歌を求めていた。
もっともっと、もっと歌いたい。
知らず知らずのうちに溢れていた涙が頬を濡らす。
このまま、すべて流れてしまえばいい。
裏切られるのが嫌な臆病な自分も、すぐに諦めてしまった弱い心も、限界、という線を引いて閉じこもったしがらみも。
そうだ、限界なんて本当は無いのかもしれない。
自分で勝手に決め付けて、諦めて、ラインを引いていただけなのかもしれない。
私は、愚かだった。
曲を弾き終えた男の人は、驚いたように私を見ていた。
はっと我に返った私は、彼に背中を向けた。
知らない人のギターにあわせて勝手に歌ってしまうなんて、向こうからすれば、とても迷惑な事だっただろう。
そのまま走りだそうとする私に、男の人は叫ぶ。
「すごく、上手だった」
驚いた。
思わず振り返ってしまう。
小柄な体に似合う無邪気な笑顔がそこにあった。
なんだか、くすぐったくて、こそばゆい。
頬がほてっているのが分かる。
この熱は、恥ずかしさなのか、それとも恋なのか。
「ありがとう」
おもわず笑みがこぼれた。
最上級の笑顔を、君に贈る。
初投稿です。
読んでくれた皆さん、ありがとうございます。
見苦しいところ、たくさんあったと思います。すいません;
生暖かい目で見守ってくれたら嬉しいです。
ありがとうございました!