殺戮女王ヘレン・シューリフトの愉悦
青空の下、絞首台には女王ヘレンが立っていた。
虚ろな表情のヘレンの首には縄がかかっているが、彼女は何も考えずぼんやりと佇んでいる。
そこに声をかけたのは宰相のルイスだった。
絞首台の前に立つ彼は、肥えた腹を揺らしながら言う。
「ヘレン様! あなたには此度の戦争の責任を取っていただきます! 王国の存続については我が一族が担いますので、安心して逝きなされ!」
非常な呼びかけにもヘレンは反応しない。
彼女は幼い頃から洗脳教育を受けており、自我を半ば失った状態であった。
王としての実務もルイスに一任し、彼女自身には何の権限もない。
人々からは"傀儡女王"と揶揄されているのも、その辺りの実情が周囲されているためだ。
今回の処刑に関しても、ルイスの失態を庇う形での執行だった。
当のルイスは悪びれた様子もなく、部下に指示を出す。
「もう十分だろう。床を開けろ」
「おいおい、心が壊れてるじゃねえか……じゃあ、あたしがカラダを貰っても文句ねえよなァッ!」
野蛮な声にルイスはぎょっとする。
先ほどまで人形にように無表情だったヘレンが、獰猛な笑みを浮かべて眼下の人々を見下ろしている。
ヘレンは絞首台から勢いよく飛び降りた。
落下によって縄が絞まるも、彼女は首の力だけで抵抗する。
結果、その力に耐え切れなかった絞首台の柱がへし折れて倒壊した。
堂々と着地したヘレンは、未だ首にかかった縄を回しながらルイスに歩み寄る。
「よう、記憶を見たぜ。操り人形を王に仕立てて贅沢な暮らしをしてきた気分はどうだ。こいつを殺して名実ともに実権を握るつもりだったんだろうが残念だな。あたしがそれを許さねえよ」
「な、何を仰るのですかヘレン様。操り人形など……」
戸惑うルイスの胸倉をヘレンが掴み上げた。
そして、硬く握り込まれた拳がルイスの頬にめり込んで吹き飛ばす。
「ぐぼはぁっ!?」
石畳を転がったルイスは涙を流して立ち上がろうとする。
その背中をヘレンが踏み付けて阻止した。
彼女は周囲の兵士を視線だけで牽制しつつ、舌なめずりして笑う。
「王はあたしだ。逆らえば誰だろうとゴブリンの餌にする。わかったか、子豚ちゃん
「う、ううう……かしこまりました」
「よし、物分かりが良い奴は好きだぞ。そんじゃ、さっさと敵国を叩き潰そうぜ!」
「えええっ!?」
その後、女王ヘレンは百五十名の兵を連れて隣接する帝国へと侵攻した。
彼女は圧倒的な武力で敵軍を薙ぎ払って首都に侵攻すると、軍議の最中にあった皇帝とその幹部を皆殺しにした。
ほぼ無傷で帰還したヘレンは、退屈そうに次の標的の選定を始めたという。
豹変したヘレンに百年前の女傑アレア・バーザードが憑依していると発覚したのは、それから一か月後のことであった。




