どうやら異世界転生したようだ
「おぉ、若者よ。死んでしまうとは情けない。」
いつものように出社するつもりが、残業の疲れもあってホームから転落してしまった私は、どうやらそのまま死んでしまったらしい。
「あまりに情けないので私が造った新たな世界で人生をやり直させてやろう。」
恐らく神と思われる声は私がリアクションするよりも先に言いたい事を全て言い放った。
私に選択肢は無いらしい。
──強い光に視界を奪われ、気付いた時には森の中に居た。
辺りは、木々が生い茂る深い森。
身につけているのは、毛皮が縫い付けられた鎧に使い古されたボロボロの剣。
深夜アニメで見た事あるような装備だ。
「本当に転生したのか…?」
夢か現実かはわからないけど事態は把握した。
考えても仕方の無い事について色々と考えるのは3年目を過ぎた社会人生活の中で捨て去っていた。
とりあえず森を抜けた方がいい。
どこの世界でも、夜の森は危険な筈だ。
屋根と壁があるならどこでもいい。
そこを目的地としよう。
森の中を無計画に彷徨っていると、茂みから何かが飛び出してきた。
それは自分が今まで生きてきた中で見た事のない…けれど誰もが知っているであろう謎生物だった。
「スライム…!?この世界にはモンスターが居るのか!」
私は咄嗟に鞘から剣を抜き、映画やテレビの記憶を頼りに構える。
しかしスライムはそんな私を気に掛けるような素振りを一切見せずにノロノロと私の隣を進んでいく。
「くそう!ナメやがって!」
私は八つ当たりするようにスライムへ向かって剣を振り下ろした。
ぐにゅっ…
私が振り下ろした剣はスライムを切断する事なく刀身は飲み込まれてしまった。
「ぬ、抜けない…」
そうか!某RPGでは最弱のイメージがあるけど、本来のスライムは物理攻撃が効かない強敵…!
完全に失念していた…!
足を掛けて幾ら引っ張っても刀身は抜けず、そのまま振り上げるとスライムごと持ち上がってしまった。
「どうなってんだ!」
スライムを振り落とすようにスナップを効かせて何度も素振りをするもスライムは離れず、そして攻撃してくる様子も無かった。
「うーん。仕方ない、このまま行くか。」
私はスライムに纏わりつかれた剣を肩に担いで、更に森を彷徨った。
暫く歩いていると木々に切れ間が見えてきた。
「ふぅ…ここは…」
森を抜けると、辺り一面に広がる草原と遠くには砂利道が見えた。
砂利道があると云う事は、文明があるに違いない。
「あの先に街があるはずだ!」
私は安堵と共に砂利道へ沿って進んだ。
予想通り建物が見えたきた。
周りを見窄らしい木の柵で囲った…ゲームの序盤で出てきそうな村だ。
入口には人影が見えていた。
「やった!人だ!」
私は駆け寄った。
その人は、布地の衣服を纏い、ファンタジー世界に相応しい派手な髪色をして、綺麗な若草色の肌をした…ゴブリンだ!
ゴブリン!?ゲームで見た事ある!でも髪がある!あっ!ちゃんと角もある!
「すげーーーーーーーーーっ!」
テンションが上がって、つい大声をあげてしまい、ゴブリンに逃げられてしまった。
そういえば、学生の頃はRPGとかやってたなぁ…
「…俺ってファンタジー好きだったんだな。」
段々と社会人としての自分が抜けてきた俺は、この状況にワクワクし始めていた。
その矢先、先程のゴブリンよりも体格がいい、武器を持ったゴブリンたちが現れ、あっと云う間に俺を取り囲んだ。
これはヤバい気がする。
様々な形の切っ先が自分へ向けられる。
あっ…死んだわ。これ。
本意では無いとは云え、異世界転生したからにはヒロインとイイ感じになったり、自分好みの国を作ったり、雑に作った料理ですげーって称えられたりしたかったが、会社でも英語ができなくて落ちこぼれの烙印を押されていた俺が他種族とコミュニケーションを取れる訳が無かった。
「お、落ち着け!話せばわかる!」
一縷の望みを掛けて日本語を発してみるが、案の定ゴブリンには伝わらなかった。
アニメだったら勝手に翻訳されたりしていたが、そんな都合のいい奇跡は起きなかった。
…てかゴブリンって喋れるのか?
『お待ちなさい!』
ゴブリンたちを制止するような声が聞こえ、ゴブリンたちもその声に従うように武器を収めて一歩二歩と引いていった。
『大丈夫ですか?』
声がする方へ目を向けると、そこには綺麗な刺繍が施された衣服に身を包んだ黒髪の女の子が立っていた。
「た、助かった…のか?」
『怪我は無いですか?』
「あ、あぁ…大丈夫だけど…」
近付かれて気付いたが、彼女の頭には特徴的な冠が輝いていてゴブリンたちを従えているような雰囲気だった。
彼女の導きで村の奥へ連れていかれると、一際大きな建物へ案内された。
たぶん村長の屋敷とか、そういう何かだ。
「すげぇ…」
俺が、社会人時代の、まだ期待されていた頃に始めて社長室へ入った時と同じリアクションをしていると、
『貴方は人間ですか?』
と訊かれた。
「え?まぁ、人間ですけど…」
俺が答えると、彼女はとても嬉しそうな笑顔を浮かべた。
『やった!本当によかった!』
これはまさか…俗に云うヒロインフラグか?
異世界転生といえば都合のいいヒロインだ。
何のキッカケも理由も無く、出会って5秒で好き好きオーラ全開になるアレ!
アニメで見てた頃はバカらしいと思っていたが、いざ体験してみると…悪くないかもしれない。
「な、何がよかったのかな?」
心なしか格好つけた声で訊いてみる俺。
『フフフ…アハハ…!これで…
何かを言い終える前に女性の身体は光に包まれ、その場から忽然と消えた。
「…え?」
正直、何が起こったのか全然わからなかった。
てっきり、これからキャッキャウフフの異世界ライフが始まると思っていた俺は、
「なんでだよ!」
と叫んでしまった。
その大声でゴブリンたちを呼び寄せてしまい、そのまま命からがらと云った感じでゴブリン村から逃げ出した。
「ハァ…」
何がなんだかわからなかったが、とりあえず生きている。
「あれ?なんだコレ…?」
剣と鞘の隙間から溢れていたスライムに一冊のノートが引っ付いていた。
「あの女のノートか…?」
パラパラと捲ってみると、それは日記だった。
"○月✕日、原理はわからないけど異世界転生したらし。ラノベの世界って本当にあったんだ。"
"○月△日、断りきれずに買ってしまった巻物を読んでみたら自分の意思を相手に伝える魔法を手に入れた。お陰で町で出された仕事を何となく熟す人生とはお別れできそう。"
"✕月○日、詐欺容疑で街を追放された私は森を抜けてゴブリンの村へやってきた。町の図書館から異世界転生に関する本をパクった事はバレずに済みそう。"
「あの女…やってんなァ…」
その後はゴブリンたちを騙して預言者として贅沢三昧する様が書かれていて、流石の俺でもドン引きした。
"△月✕日、どうやら異世界から帰るには転生した時と同じ状況を作らなければいけないらしい。私の場合はパパ活がキッカケっぽいから、帰るには同じ状況を作らなきゃいけない。
おじさんに声をかけて…ホテルは無いから密室でふたりきりになって…」
…あっ。
"『貴方は人間ですか?』"
"『やった!本当によかった!』"
「そういう意味かァーーーーーーーーー!」
俺はあの女に利用されたらしい。
つーか、おじさんって…!
俺まだ20代だぞ!なんでだよ!!
──様々な憤りを感じたまま、砂利道に沿って森へ向かって進んでいく。
「あの女が森を抜けて村についたなら、逆方向には町があるはずだ…!」
すっかり日は落ちていたが、こうなったら自棄だ。何がなんでも町へ行ってやる…!
「ハァ…ハァ…やっと、ついた…」
月明かりが煌々(こうこう)と辺りを照らす中、俺は漸く町についた。
フラフラとした足取りで建物に掛かっている看板を幾つも見る。
書かれている文字はわからなかったが、マンガ肉のようなアイコンが描かれていた建物があったので入ってみる事にした。
カランコロンカラン
酔っ払いたちの喧騒の中、万国共通の鈴が入店を知らせると、
『いらっしゃいませー!』
転生してきた俺でも見覚えがあるような胸を露出させた衣服に身を包んだ女性から声がした。
こういう所はどの世界でも考える事が同じなのかもしれないと思ったのも束の間、慣れない装備で食事も摂らずに森の中を抜けたツケが回り、俺の意識は途絶えた。
──目を覚ました頃には客の喧騒は無く、恐らく閉店後である事がわかった。
「うぅ…」
疲労なのか空腹なのかわからないフラつきがありつつ身体を起こす。
『あっ、気が付きましたね。大丈夫ですか?』
聞き覚えのある声に振り返ると、何となく記憶に焼き付いてる衣服に身を包んだ女性が店のカウンター席からこちらを見ていた。
「ここは…?」
俺が辺りを見渡していると、その女性は賄いと思われる統一感の無い料理を出してくれた。
もしかしたら意識が途絶えてる間に腹の音でも聞かれたのかもしれない。
俺は礼を言う間も無くそれらに食い付き、誇張無く骨の髄までしゃぶり尽くした。
「ふぅ…ありがとう。助かりました。」
感謝の意を示すと、彼女にキョトンとされてしまった。
身振り手振りを交えて感謝の意や自分の状況を伝えていた所、鞘の隙間からスライムが飛び散った。
その飛び散りは看板に書かれていた文字と似た形になり、それを見た彼女は何かを理解ような表情を浮かべた。
よくわからないがノートの件といいスライムは俺が行き詰まらないようにサポートしてくれている気がした。
『それなら、これを差し上げます!』
「?」
テーブルに置かれたのはどうやらこの世界の地図のようだった。
真ん中に城壁で囲われた街…その東に運河があって、傍にも街の絵が描いてある。
西には木々が描いてあるから森だろうか…?
その森の傍にも小さな町が描いてある。立地的に恐らくここだろう。
北側にも2つほど都市のようなものが描いてある。
これがこの地域の全容なんだろうか?
再びスライムが飛び散って何かを伝えると何かをメモに書いて渡してくれた。
「ここへ行けばいいのか?」
言葉ば通じていないようだが、彼女は頷いてくれた。
次の目的地が決まった。
俺はスライムの力に頼らず身振り手振りで感謝を伝えると、メモを頼りに歩き出した。
看板に…剣?だろうか。もしかしたらギルド的な何かかもしれない。
やっと俺の異世界転生が始まる…!
『暴れ馬だーーー!』
男の怒号の気付いた時には俺の身体は馬に轢かれて宙を舞っていた。
あれ…これ…どこかで…?
──2番線に、電車が参ります。危ないですから黄色い線の内側まで…」
ここは…
"帰るには同じ状況を作らなきゃいけない。"
まさか…
まさか…
まさか…!
俺は電車に轢かれて転生した。
そして暴れ馬に轢かれて戻ってきた。
と、云う事なんだろう。
俺の異世界転生は何も始まらないまま食い逃げだけして終わってしまった。
いつものように満員電車に揺られ、いつものように上司の小言に耐え、心を磨り減らして退勤…
「今日も終電か…」
幸い金曜日なので帰ったら貯め録りしていたアニメを一気見してリフレッシュできるのが救いだ。
だけど、異世界に飛ばされていなかったら、それすら無理なほどの精神だった事に今になって気付いた。
何もできなかったけど、転生してよかったかもしれない。
そんな事を思いつつ駅へ向かうと、
「ねぇ、お兄さん。私と遊ばない?」
どこか聞き覚えのある声だった。
「なっ…!お、お前…!」
特徴的な冠は無かったが、忘れもしない顔があった。
「お茶しよ?ね?いいでしょ?」
彼女は確信の表情でこちらにウインクしている。
確かに…!
転生モノのように都合よく現れてくれたけど…!
こんなヒロインは御免だ…!!
異世界転生に必要なもの
・物語を無条件で進めてくれるスライム
・物語に都合のいいパパ活JKと酒場の娘
・転生させてくれる電車
そして物語の中盤でスライムが都合よくヒロイン化するでしょう。




