プロローグ
「うおあああああッ!?」
絶叫と共に少年――赤月連夜 (あかつきれんや) が必死の形相で転がり、間一髪、球状の炎の塊は連夜の頭上を通り抜けた。
炎はそのまま直進し、屋上のフェンスを溶かした直後に消えた。そんな光景を見て、連夜の顔から血の気が引いていく。
「殺す気かテメエは!」
赤月連夜を屋上に呼び出して、魔術を放って来た少女――山辺恋 (やまべれん) が少し思案顔になって、
「『本気』を出さないと死ぬわよ?」
直後、振動で空気が震えた。魔術だ。
連夜はのろのろと地面 (コンクリート) に手をつけて立ち上がり、へつらった笑顔と共に言う。
「山辺さんがこんな事したらみんな悲しむと思いますよ?」
清涼高校の人気者である山辺恋は情に厚く、大きな瞳に絹のような黒髪をセミロングにまで伸ばしているという、人目を惹く容姿を持っている。
更に言えば、魔術の成績も良い。
そんな少女は、連夜の台詞に一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに元の獲物を狩る狩人の表情に戻って言った。
「もう一回言うけど、私に隠してる事ない?」
コレだった。
昼休みに屋上に呼び出されたと思ったらこんな事を訊かれて、「何の事?」と返したら魔術を放って来たのだ。
意味不明にもほどがある。
「あ~……サンタクロースの正体とか?」
ボケた直後、連夜の真横に青色の電撃が走った。
「もっと別の事があるよね?」
にっこり笑う恋が、恐い。
連夜は恋が銀色に鈍く光る分厚いブレスレットを装着している方の腕をコチラに向けている事に気づく。
そのブレスレットこそ魔術を使うのに大事な魔力変換装置 (magicconversiondevice) ――通称MCD。
「他? ……テストで赤点があったのに無いって嘘ついた事でしょうか?」
「赤点あったの? ……って違う! もっと別の!」
空中に目を泳がせて考える。
初夏の生暖かい風が二人の髪を靡かせる。
隠し事なんて何も無い……筈だ。
「もうねえよ」
風の所為で目に入った随分長くなった黒髪をかき上げ、目を擦りながら連夜は言う。
ピクリと、恋の肩が少しだけ動いた。
「やっぱり隠し通すんだ?」
怒りを押し殺したような声で、恋はMCDを装着している方の腕を連夜に振るう。
強烈な風切り音がした。
「あ?」
直後、連夜の身体全体に満遍なく圧力が掛かって三メートル程吹き飛ばされた。
「がぁ……ッ!?」
落下の瞬間、コンクリートで腕が擦れ切れる。文句を言ってやろうと前を向いた瞬間、一メートル程の距離に球状の炎の塊があった。
連夜は、 反射的に魔法を使う。 右拳を炎の塊に向けて振るい、青い魔力の塊が右拳から放出される。
魔力の塊は炎の塊にブチ当たり、炎の塊を呑み込んで、空高く舞い上がって行った。
「あ、危ねえ……マジで危なかった」
全身からどっと、冷や汗が出るのを感じると、恋を見る。
勿論、文句を言う為である。
「山辺、お前の所為で危なくあの溶けたフェンスみたいになる所だったぞ!」
恋は連夜に文句を言われる筋合いは無いとばかりに睨みつけ、魔術の後始末をする。
世界と世界をに繋げ直すいう作業だ。
別に放っておけば、世界と世界は勝手に繋がるのだが、恋はコレをやらなければ気が済まないらしい。
魔術は魔法のように簡単に出したり出来るものではない。
魔術とは大袈裟に言えば世界を歪め、構築する方法である。
その為に世界を区切って自分の世界にしてしまうのだ。
魔術とは区切った異世界の中で起こる――自然現象である。
異世界内でしか起きない現象ゆえに区切った世界から魔術が出てしまうと消滅してしまう。
フェンスを溶かした炎の塊が消滅したのはそれが理由である。
連夜は恋がこそこそ何かやっているのを不機嫌そうに見て、
「やっぱり、魔法使いだったんだ」
恋が不機嫌そうに言った。