二話 衝突
そして近づく、決戦の時。
日は傾き、夕焼けはゆっくりと闇へと転じようとしていた。
どこから現れるか分からない敵襲に、辺りは張り詰めた静寂に包まれていた。
各国が集った連合軍は、それぞれに指揮系統を与えられ、独自に布陣している。
そして、俺たちは――
連合軍とは一線を離れた場所に待機していた。
その背には、二級から特級探索者のみで編成された別働隊としての任が課されている。
数は少ないが、選ばれた者たちだ。
「――ダレン」
父様の声が、背後から響いた。
俺はその声に振り返る。
「お前の歩みは、これまで険しいものだっただろう。
だが今は、その足は地に着き、確かに立っている。
――ダレン。お前は自分の名の由来を知っているか?」
その問いに、俺は静かに首を横に振った。
父様は前を向いたまま、目の前に広がる戦場の光景を、まるで心に焼き付けるかのように見つめていた。
「それはな、力強く大地に根を張る者。
嵐や雷、どんな困難にも負けず、揺らがぬ強さを持ってほしい――
そんな願いを込めて、付けた名前だ」
「揺らがない強さ……
俺は、その通りになれていますか?」
俺の問いかけに、父様は小さく笑い、力強く俺の背を叩いた。
「もちろんだ。
それに、強くあれ、という意味じゃない」
一拍置いて、父様は続けた。
「――立ち続けろ、という願いだ」
その言葉は、深く、太い根のように俺の胸へと突き刺さった。
俺は強く拳を握り、前へと突き出す。
反対の手は、無意識に首元のペンダントを掴んでいた。
「――その言葉、刻んでおきます」
俺はまだ、父様に支えられてばかりだ。
それでも、そこに確かな“家族”の形があることに、胸の奥が静かに温まった。
その時、さらに強く背を叩かれる。
父様とは違う、遠慮のない力。
「師匠……」
「終わったら酒に付き合えよ。
昨日も途中で、どっか行きやがって」
まるで、いつも通りの酔っ払いのような口調で、師匠は言った。
「ああ。とびきりの酒でな」
俺たちはそう言って、三人並び、迫り来るものを真正面から見据えた。
それは、いつも通りの立ち方だった。
ーーーー
やがて夕日は完全に沈み、闇が世界を包み込む。
世界は息を潜め、満月の夜を迎えた。
雲がかかり、星は一つも見えない。
それでも、満月だけが不自然なほどに姿を現し、異様な光を放っていた。
張り詰めた緊張の中、連合軍は敵の気配を掴めぬまま、時だけが過ぎていく。
きっと、人生の中でも最も長く感じる時間だった。
――そして。
湖の先から、異様な気配が立ち上った。
俺は胸に手を当て、呼吸を整える。
「――来るぞ」
その刹那――
湖面を割るように、城塞のような異形の構造物が姿を現した。
「――あれはなんだ!?」
「あれが……敵なのか……」
「敵襲ー!!」
突如として現れた存在に、連合軍は一瞬の混乱を見せる。
だが、俺たちは違った。
静かに、城を見据える。
「――落ち着け!
皆、作戦通りに!
我らの勝利を!」
拡声器という異物を通し、ユリウスの声が平原に響き渡った。
その声に導かれるように、兵士たちは呼吸を整え、陣を立て直す。
やがて、城から沖へと大量の橋が架けられた。
幾つもある門が開き、待ち構えていた存在が姿を現す。
「あれは……」
「なんだ……あの数は……」
現れたのは、魔物の軍勢。
獲物を前にしたかのように、血走った目でこちらを睨みつけている。
だが、不思議なことに、魔物たちは動かない。
まるで命令を待つ獣のように。
「――聞こえるかい? 各国の諸君」
城の奥から、歪んだ声が響いた。
「ヴォイド……」
姿を見ずとも分かる。
感情の欠片も感じさせない、虚ろな声。
「さあ、ついに決戦の時だ。
この腐った世界の命運を、今――
奪い合おうじゃないか」
宣言にも似たその言葉に、空気が凍りつく。
そして――
「――行け」
ヴォイドの号令と同時に。
魔物たちは一斉に門を越え、橋を渡り、こちらへと襲いかかった。
「各隊! 迎え撃てー!」
指揮官からの命令が飛ぶと同時に、ついに戦闘が始まった。
おびただしい数の魔物の軍勢に対し、連合軍は連携を取り迎え撃つ。
遠距離からは弓矢が雨のように降り注ぎ、前線には盾部隊が展開されていた。
瞬間――
魔物たちの軍勢が、盾の壁へと激突する。
衝撃とともに隊列は押し込まれ、瞬く間に混戦へと突入した。
「ダレン」
「ああ。俺たちも行くぞ」
別働隊である俺たちは、通常の指揮系統には組み込まれていない。
自由に動ける代わりに、任務はただ一つ。
――敵首魁、ヴォイドの討伐。
ヴォイドは城の中。
あの軍勢の数を見れば、戦いを長引かせる余裕などない。
「あの橋が一番狙い目だな、ダレン」
師匠が指差した先。
こちら側から見て、最も左に位置する橋だった。
狼型の魔物が密集し、溢れ返っている。
「何度も倒し慣れた魔物だろ?」
その言葉に、俺は静かに頷いた。
師匠と遺跡を巡った二年間。
最も数多く相対した魔物――それが狼型だ。
元来群れで行動する魔物だからこそ、集団戦闘には慣れている。
俺は出撃のため、一度振り返った。
今まで共に旅を続けてきた仲間たち。
その後ろには、選び抜かれた手練の探索者たち。
見知った顔の者たちは、皆、俺に向けて不敵な笑みを浮かべていた。
「よし、皆――行くぞ」
その一言に、全員が頷く。
そして踏み出した、その瞬間――
「――紅影部隊! 行くぞー!」
フィデルが声を張り上げた。
「「「おおおおおおおおぉぉぉ!!!」」」
呼応するように、探索者たちが雄叫びを上げ、一斉に駆け出す。
「……なんだ、今のは?」
俺は聞いていなかった合図に、呆れ気味にフィデルを見る。
「掲げる旗印があった方がいいだろ?
英雄の『紅影』さん?」
からかうように口角を上げるフィデルに、俺は思わず笑った。
「ダレン――たまには英雄らしく行こうじゃねぇか」
隣を走る師匠も、楽しそうにそう言う。
つられて、俺の口角も上がった。
橋前で魔物と激しくぶつかり合う帝国兵たちを追い越すように、速度を上げる。
途中、後方で指示を飛ばすグライスやエドと目が合った。
その眼差しは、俺たちを信じ、送り出すものだった。
「帝国の英雄――『紅影』が行くぞ!」
誰かが叫ぶ。
その声が連鎖し、士気が一気に跳ね上がる。
俺は隣を並走するクラリスを見る。
「クラリス。一発、景気づけと行こうか」
「うん。ダレン」
橋の手前に差し掛かった瞬間、
狼たちは獲物を見つけたかのように、牙を剥き襲いかかってきた。
俺とクラリスは同時に身を屈め、腰元の剣を握る。
「道を切り拓け――ダレン」
父様の呟きが、風に乗って届いた。
その刹那。
クラリスの光と、俺の紅が交じり合い、閃光となって走る。
光が紅に影を落とすように、二筋の剣閃は橋前を薙ぎ払った。
容赦はない。
剣閃が収まった時――
そこにいたはずの魔物たちの姿は、跡形もなく消え去っていた。




