二十七話 祝福は、歩みの先に
ようやくここまでたどり着きました。
あとは最終章。ペンタグラムとの最終決戦を残すのみ。
正直、家族の向き合い方について、これでいいのかと軽すぎではと思いましたが、これでいいとも納得しています。そう劇的なものにしなくとも、
壊れた家族関係はそう簡単には戻らず、やり直すこともできない。
だからこそ、話に重みが生まれるものだと思っています
「父、さん……」
俺の呟きに、父は目を見張るようにして、そっと近くへ寄った。
前世を通しても久しぶりに見た父の顔は、老け込み、皺が増えているように思えた。
起き上がろうとすると、脇腹に痛みが走り、思うように体が動かない。
――そうか。あの時、刺された後の光景か……
俺は、神様が導いてくれた今の瞬間に感謝した。
きっと今の俺は、このまま死ぬ。
だが、この最後の瞬間を飾る場を、用意してくれたのだと思った。
「こんな……再会に、なって……ごめん」
俺が最初に口にしたのは、謝罪だった。
逃げるように家を飛び出し、それから会うことはなかった。
あの家も、家族も怖かった。
それを理由に、目を背け続けた。
だが今は、逸らさない。
僅かに水を含んだように見える父の瞳を、じっと捉えた。
「――謝るな。お前は、俺の息子だから――」
父の最初の言葉は、それだった。
叱責されるのではないかと腹を括っていた分、その言葉は優しく、胸に響いた。
「お前が出ていってから、色々考えたんだ……。
お前に浴びせた言葉、与えた傷は、決して生易しいものじゃなかった。
謝るべきは、俺の方だった。
――すまなかった」
今まで怖いと思っていた父の顔は、やけに弱々しく見え、俺に向かって頭を下げた。
「いや、全部……俺が悪かったんだ……。
父さんたちとも向き合わず、逃げてきた俺の――」
「そんなお前を支えるのが、父である俺の役目だったんだよ。
それを、俺は放棄したんだ……。
血を流して運ばれたお前を見て、やっと気づいたんだ……」
父の顔は暗く、今までに見たこともない表情だった。
もっと早く向き合っていれば、変わった未来があったのかもしれない。
だが、人生はそんなに都合よくできていない。
静まり返った病室の中、ドアが勢いよく開いた。
「はぁ、はぁ――」
そこにいたのは、母だった。
母は急いで俺の元へ駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。
「ひさし、ぶり……母さん」
母も父同様、皺が増え、離れた年月を感じさせた。
母は父の隣に座り、二人で俺を見つめた。
「二人とも、今までごめん……。
でも俺は、いま、強くなったよ。
自分を見つけられて、頼れる仲間がいて……
背負った罪に向き合う覚悟も、できたんだ」
「ええ……あなたは立派にやったわ。
でも私たちは、助けを求めるあなたを、ずっと突き放してきた……
ごめんね……“愛してる”って、もっと形で示してあげたかった……」
母はそう言って、静かに俯いた。
だが、俺は責めに来たんじゃない。
その顔を上げるよう、言葉を絞り出す。
「ありが、とう……。
その言葉だけで、十分だ……」
「もし時間が戻るなら、私たちは別の選択をしたと思うの……」
「でも、時間が戻らないことは、俺たちが一番わかってる。
だから、せめて最後だけは――嘘をつかずに言う」
「お前は――」
「誇れる息子だった」
胸の奥で、今まで聞いたことのない鼓動が鳴った。
この世界で肯定できなかった自分の存在が、初めて形になった気がした。
生まれてきた意味を、今になって、ようやく実感できた。
「正直……まだ、苦しいと思う……。
でも俺は、ずっと欲しかった言葉を、もらえた。
こうして、また向き合えただけで……よかった」
涙ぐむ二人を前に、俺の視界も次第に滲んでいく。
体は冷えていくのに、心だけが熱を持ち続けていた。
「俺の助けた、女の人は……?」
「無事助かったらしい。犯人も、警察に捕まったそうだ」
「そう、か……よかった」
最期に残した意志は、確かに形になったらしい。
それだけで、腹の傷が報われた気がした。
瞼はさらに重くなり、時間がないことを悟る。
薄れゆく視界の中で、二人もそれを察したようだった。
「俺は……もう戻れない。
けど、それで、いい。
俺は俺の、道を歩む、よ」
最期の力を振り絞り、言葉を紡ぐ。
「もう、一人じゃ、ないから。
――生まれてきたこと……嬉しかった」
「「元気でね。頑張って――」」
最期に呼ばれた名前を耳にして、俺は安心しきったように目を閉じた。
そして、この世界での全てを、静かに終えた。
ーーーー
目を閉じても、迎えたのは闇ではなく、光だった。
すべてが溶け合い、俺の中で何かが消えていくように感じた。
だが、それは空虚さではない。
確かに――満たされたものだった。
「やるべきことは、できましたか?」
耳に響いた声に、俺は目を開き、答えた。
「ありがとうございます、神様。
あれが幻であろうと、俺の中で清算はできました」
「あれは幻ではありませんよ。
確かな現実でした。
貴方の寿命を、わずかに引き延ばした世界です。
私にできたのは、その時間を与えることくらいでしたが……」
「それだけで十分です。
もう未練はありませんから。
――あとは、俺の道を進むだけです」
俺は神様に向かって、まっすぐに答えた。
前世でのことに、思い残すことはない。
あとは今世でやるべきことが――ただ一つ、残っているだけだった。
「ふふっ。
貴方は、やはり進み続けるのですね。
その姿は、まさしく――」
そう言って、神様は俺の額へと近づき、そっと口づけを落とした。
そして、名残を惜しむように、静かに離れていく。
目を開くと、辺りは眩い光に満ち、視界は次第に白く薄れていった。
「――歩み続ける冒険者よ。
貴方の道に、光を」
神様はそう告げ、埃を払うように俺へ手を掲げた。
その掌から、光の粒子がこぼれ落ちるように溢れ、舞い上がる。
それはまさに――祝福そのものと呼ぶに相応しいものだった。
「――ありがとうございました、神様」
消えゆく視界の中で、俺は最後に深く頭を下げ、
確かな祈りを、この世界へと残した。
最期に見えた神様は、
穏やかな笑みを、口元に浮かべていた。




