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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

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二十五話 授かり

目の前に佇むように置かれた鏡に、俺たちは思わず目を見張った。


普通の人間であるセイドですら、その威容に圧倒されたように、口を開けたまま固まっていた。


「こんな代物が見られるなんて……来た甲斐があったぜ……」

「それで、これはどういったものなんだ?」


俺は、その圧倒的な存在感こそ感じるものの、見た目としては“鏡”に過ぎないそれについて、サクラに尋ねた。


サクラは言葉を制するように、鏡の前へ静かに歩み寄ると、そっと目を閉じた。


そして――


「シンノ鏡……。神様に選ばれた者のみが、対話をすることができます」

「神様、ですか……。大陸とは、神様の概念が違ったりするのでしょうか?」


ルシアが慎重に言葉を選びながら、サクラに問いかけた。


「神様についての文献は、そう多く残っているわけではありません。ですので、断言はできませんが――」


一拍、言葉を溜めるようにしてから、サクラは続けた。


「恐らく、世界を守る神様は……すべて同一の存在なのだと、私は考えています」

「慈愛の女神も、戦の神も……同じってことか?」


大陸には数多くの神と宗教が存在する。

だがサクラの言葉通りなら、そのすべては“同じ存在”を異なる側面から崇めたものということになる。


「ええ。あくまで、私個人の考えですが」

「そこから先は……神様本人に聞くしかない、ってことか」

「はい」


サクラは小さくうなずいた。


「ですが、私自身も対話できたわけではありません。お声を、ほんの僅かに聞けただけです」

「……それでも、聞いたことはあるんだろ?」

「はい。会話として成立したのは、初代巫女姫様のみだと伝えられています」


現巫女姫であるサクラでさえ、この程度だ。

そう考えれば、俺たちが神の声を聞ける可能性は、奇跡と言って差し支えないだろう。


「それでは――どうしますか?」


サクラが、俺を促すように視線を向けた。


師範の言った“後悔”。

その先にある答えを見つけるため、前へ出ようとした――その瞬間。


ルシアが、俺よりも先に一歩を踏み出した。


「私が――行きます」


その横顔には、迷いがなかった。

覚悟を決めた者の静かな強さが、そこにはあった。


俺は思わず足を止め、彼女の瞳を見る。

確認するような視線に、俺は無言のまま、しかし確かにうなずいた。


「……分かった」


「それでは、ルシアさん。鏡の前へ」


サクラの言葉に従い、ルシアは静かに鏡の前へと立った。


「あなたなりの願いを。祈りを捧げてください。神様は……答えてくださいます」


ルシアは膝をつき、両手を組む。

瞳を閉じ、真摯に、まっすぐに鏡と向き合った。


彼女が何を願っているのかは、分からない。

けれど――ルシアであれば、きっとうまくいく。


理由のない確信が、俺の中にあった。

それは、俺だけでなく――この場にいる皆が、同じだったはずだ。


ルシアの後ろ姿を見つめていると、突如――


鏡が、強烈な光を放った。


「ぐっ――!」

「なっ――!?」


俺たちは反射的に腕で目を覆い、咄嗟に光を遮る。

最後に見えたのは、光に呑まれ、遠ざかっていくように見えるルシアの背中だった。


それは、ほんの数秒にも満たない出来事だった。


やがて光が消え、恐る恐る目を開ける。


「……何が、起きたんだ?」

「ルシアは……大丈夫、なの?」


クラリスが目をこすりながら、掠れた声で言う。


完全に視界が晴れた、その先――

俺たちの前には、まるで眠っているかのように、静かに倒れ伏すルシアの姿があった。


「ルシア!」


俺は駆け出し、ルシアの元へ向かうと、抱えるようにしてその身体を起こした。


「サクラ!どういうことだ……?」

「今のが神様の導きなのですが……それにしても、光が強すぎました……」


サクラも困惑した様子で呟き、目を見開いたまま驚きを隠せずにいた。

その言葉に眉をひそめながら、俺はルシアの様子を伺う。


すると――目を見開いた。

だが、ルシアの瞳は金色に輝き、人ならざる何かを宿しているように感じられた。


「ダレン……さん?」

「ルシア、大丈夫か?」


しかし、ルシアは少し気だるげな様子のままだった。

呼吸も安定しており、特に異常はないように見える。ひとまず胸を撫で下ろした、その時。


「ルシアさん……もしかして……」


覗き込むようにサクラが声を掛けた。

未だ何かに驚いているかのように、サクラは口を開けたまま問いかける。


「――はい。授かりました」


そう答えると同時に、ルシアは俺の手からすっと離れるように立ち上がった。

俺たちはその言葉の意味が分からず戸惑っていたが、サクラだけが理解したように息を呑み、目を見開いていた。


そして、ルシアは静かに両手を広げる。


すると――


光がその手のひらから溢れ出すように広がり、無数の光の粒子となって俺たちへ舞い降りた。

その幻想的な光景を、思わず見惚れるように眺めていると、粒子が身体に触れた瞬間――


「体が……軽い……」


全ての疲れが吹き飛んだかのように、身体が軽くなる。

皆同じ現象を受けているのか、それぞれ自分の身体を見つめていた。

俺は、この奇跡を起こしたルシアへ視線を向ける。


「ダレンさん、私はやりましたよ。お力を授かりました」

「神様と……話せたのか?」

「口を開くことが、なぜかできなかったのですが……貴方を支えるための力を頂きました」


そう語るルシアの様子から、確かに尋常ではない何かがその身に宿ったことを、俺は肌で感じ取っていた。


「すごいですね……ルシアさん。ここまで認められるなんて……」

「ルシアは、聖女候補でもあったからね」


補足するようにクラリスが言う。

そしてルシアを支えるようにその隣へ立ち、互いに微笑み合った。


「すごいな、ルシア」

「はい。これでもっと、皆さんのお役に立てます」


自信を纏い、輝くように微笑むルシアに、俺も自然と笑みを浮かべた。


「――次はお前の番じゃねぇのか、ダレン」


不意に背中を叩かれ、師匠の声が響く。

押し出されるように前へ出され、ルシアの微笑みに背中を押されるようにして、俺は鏡の前に立った。


妙な緊張感が走り、辺りは静まり返る。


俺はそっと手を組み、祈りを捧げた。

今までの全てを吐き出すように。

俺にとっての後悔、そのすべてを。


心の中で唱え終えた瞬間、俺は光に包まれた。

放たれた強烈な光は、暖かく、まるで迎え入れるかのように俺を呑み込んでいく。


恐怖も緊張も、もうなかった。

俺は受け入れるように、その光の中へと身を委ねていった。   


『ようこそ、ダレン。ずっと待っていましたよ』


見えない視界の中で、透き通る声が俺に耳に響いた。


だいぶ前置き長くなりました。

そろそろ終盤。


今年中に完結は無理そうです....

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