表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

90/108

二十三話 結晶

『黒曜』


師範から剣を託されたあの夜、その剣に宿る力も同時に告げられた。

この剣は、自然発生的に遺物へと進化した、稀有な存在の一つ。


その力とはーー


俺は迫りくる触手に向かって黒曜を突き立てた。

刃が肉を貫いた瞬間、闘気を流し込み、その力を解放する。


「浮き上がれーー」


途端に、触手の群れがまるで重力を失ったように、ゆっくりと上空へと持ち上がっていった。

闘気を用いた微細な操作。扱いは難しい。

だが旅の中で鍛えてきた技術が、ついに実戦で活きた。


「な、なにが起きてるんだ!? 触手が……浮いて……!」


混乱するセイドを横目に、俺は仲間たちへ視線を送る。

全員、すでに意図を理解してうなずいていた。


そしてーー


海面を破り、轟音とともに巨大な影が姿を現す。

波が弾け、高く舞い上がり、霧を吹き散らした。


クラーケン本体。


『黒曜』の重力操作の力で、船底からまるごと巻き上げられるように海上へと引きずり出されたのだ。


「本体が見えたぞ!」

「今だ。叩け!」


俺の声と同時に、師匠が剣を構え、跳ねるように本体へ突っ込む。

クラリスも続くように、足場を蹴って宙へ舞い上がった。


クラーケンは咆哮を上げ、幾本もの触手を暴風のように振り回す。


俺はルシアへ迫る一本へ駆け寄り、斬り払う。


「ルシア! 少し下がっていてくれ!」

「あっ、は、はい!」

「フィデル! 出番だぞ!」


ふらついた足で、それでも弓を構えようとするフィデルに声を掛ける。


「わ、わかってらぁ!」


フィデルの放った矢は、蒼い光をまとい、一直線に飛翔した。

触手を貫きながら、クラーケンの額を目掛けて進む。


だがーークラーケンも黙ってはいない。


口から放たれた大量の水流が、巨壁のように矢の行く手を阻む。

勢いが削られ、このままでは届かない。


しかし。


「ーー凍れ」


フィデルが低く呟いた瞬間、水流が一瞬で凍りつき、巨大な氷塊となった。

そしてその直後ーー


すでに放たれていた“もう一本”の矢が、氷塊ごと貫通する。


蒼い閃光が一直線に走り、氷を砕きながらクラーケンの額へ突き刺さった。


次の瞬間、クラーケンの全身が瞬く間に凍りついていく。

巨体が氷像のように固まり、動きを完全に止めた。


「か、勝った……」


セイドが呟いた直後、クラーケンを包んでいた氷が一気に砕け散る。

砕けた氷片は空へ舞い上がり、霧が晴れた照り返しの太陽光を受けて、きらめく結晶となって降り注いだ。


「綺麗……」


クラリスが目を輝かせ、その光景を呆然と見つめる。


「とりあえず……終わったな」


こうして、クラーケンとの死闘は、完全なる勝利で幕を下ろした。


ーーーー


「いやー! あんたらすげーよ! 疑ってたわけじゃねぇが、本当にやっちまうとは……」


戦いが終わり、船はそのまま東の島国へ向けて進み続けていた。

セイドは舵を握りながら、興奮したように何度も俺たちへ声を掛けてくる。


「運がよかったのもある。普通なら対抗手段なんてないからな」

「師範も、ああやってクラーケンと戦ったんだね」


クラリスの言葉に、俺は静かにうなづいた。

セイドから聞いた、師範が過去にクラーケンと対峙した話。それがなければあの策も浮かばなかっただろう。

感謝すべきは、むしろ俺のほうだ。


「フィデルもよくやってくれたな」

「……あ、ああ。なんとか、やれてよかったぜ……」


未だに船酔いと疲れでふらつくフィデルに、皆が苦笑する。

大きな功績を挙げた本人がこの状態なのだから、笑いが起こるのも仕方ない。

それでも、この空気は心地よかった。勝利を噛みしめるような、柔らかい笑いだった。


「ダレン、クラリス。剣の手入れしておけよ。粘膜で刃がやられてる」


師匠がそう促し、俺はうなづいて返した。

師匠はそのまま、ふらつくフィデルを介抱しに行った。


その言葉を聞き、俺は甲板へ向かった。

白い風を受けながら海を眺めるルシアの姿が目に入る。

潮風にさらされ、白の髪が揺れていた。


俺はその隣に腰を下ろし、剣の手入れを始めた。


「さっきは危なかったな」

「はい。助けてくださって……ありがとうございます」


少し沈んだ声音で答えたルシアは、こちらを振り向き俺の隣に座った。

俺の指先が刃を拭う動きをじっと見つめ、しばらく沈黙が流れた。


「……私は、あまり役に立てませんでしたね」


ぽつりと、ルシアが呟いた。

戦いが終わってからずっと様子が気になっていたが、どうやら悩んでいた原因はこれらしい。


「私は祝福で皆さんを癒すことしかできません。だから……ああいった場では足手まといで」

「ルシア……」

「皆さんはお強いですから、私が支えるまでもなくて……」


自嘲するように目を伏せるルシア。

いつも人を支え続けている彼女が、こんな弱音を吐く姿など、俺はほとんど見たことがなかった。


その姿に、思わず口元が緩む。


「なんで笑うんですか……?」

「いや、すまない。ルシアもそうやって悩むんだと思ってな」

「そりゃ……私だって悩みますよ」

「悪いかもしれないが、俺は嬉しいんだ。ルシアが弱さを見せてくれることが」


弱さを見せる大切さを教えてくれたのは、ほかでもないルシアだった。

だからこそ、彼女がこうして肩を落としてくれることが、どこか愛おしかった。


「何事も適材適所だ。戦闘は俺たちがやればいい。だけど後ろにルシアがいるからこそ、俺たちは安心して前に立てるんだ」

「……そういうもの、なんですか?」

「仲間同士で支え合う。互いの弱点を補うのが仲間ってもんさ」


俺は昔、誰かから教わった言葉をそのまま返した。

ルシアはハッとしたように顔を上げ、落ち込んだ表情がゆっくりと和らいだ。


「……そうですね。仲間……少しわかった気がします」

「俺もまだまだ弱い。いざというときは頼んだぞ、ルシア」

「はい!」


海風に負けないほど、はっきりとした返事が返ってきた。

その声は、広い海に吸い込まれるように響いていった。


ルシアと共に立ち上がり、海の地平を見つめる。


「……あれは?」


ルシアが指差した先、遠く霞む水平線の向こうに、島影が淡く浮かび上がっていた。


「――見えたぞ。東の島国、ヒズルだ!」


セイドの大声が、船全体に響き渡った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ