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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

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二十二話 海獣

「それで船夫はどこだ?」


次の日。俺たちは約束の場所へと向かった。

しかし、そこにいたのは情報屋の男だけで、肝心の船夫の姿はどこにもない。


俺が苛立ちを抑えながら問いかけると、男はにやりと口角を上げて答えた。


「船夫はーー 俺だ」


胸を張るような態度で歯を見せて言い放つ男に、俺たちは揃って固まり、疑問符だけが頭をよぎる。

そんな空気をものともせず、男は肩を竦めるように続けた。


「どういう意味だ?」

「言葉どおりだ。船のことなら任せてくれ」

「いや、それが答えになってないんだが……」


俺の指摘に、男は一度空を見上げ、ぽつりと語り始めた。


「俺はな……元は立派な船夫であり、船長でもあった。海? そんなもん怖いと思ったことは一度もねぇほど、長く航海していたさ」


しかし、声が重くなる。


「だが、ある日ーー東の島国へ向かう航行の途中だった。視界は霧に包まれて、仲間の悲鳴が響いた。

俺は海には詳しいが、戦闘はてんで駄目でな。あっという間に船は破壊され、俺は海に叩き落とされたんだ」


静まり返る空気。

俺たちが言葉を失っていると、フィデルが低く呟いた。


「……よく生きて戻れたな」


「運よく、流された先が陸だっただけだよ。仲間は誰一人戻ってねぇのにな……」


悔恨を噛みしめるような、その声。

誰も軽口を挟むことができなかった。


その中で、師匠だけが腕を組み、静かに問いかけた。


「ならなんで船を出す気になった? それが怖くて情報屋になったんじゃねぇのか?」


男は短く息を吐いた。


「……いつまでも逃げてらんねぇからな。

だから、船は任せてくれ。その代わりーークラーケンの相手は、お前らに任せる」


その目には恐怖ではなく、強く確かな意志が宿っていた。


「ああ。任せてくれ」


そう答えると、男はふっと表情を緩めた。


「そういえば名乗ってなかったな。俺はセイドだ」


差し出された手を、俺はしっかりと握り返した。

こうして、クラーケンへ挑む新たな仲間が一人、加わった。


ーーーー


煌めく太陽の光が、海面で反射して青い乱反射を織り成す。

強く吹き抜ける海風が、まるで俺たちの背を押すように船上を駆け抜けていった。


「気持ちいねー。私、海なんて初めてだよ」

「私もです。こんなにきれいなものだとは思ってませんでした」


クラリスとルシアが並び、船べりから海を覗き込みながらはしゃいでいる。

その様子を、俺は船縁に肘をつきながら見守った。


海風に揺れ、金色の髪と白髪が絡み合うようになびいていた。


その光景とは対照的に、フィデルだけは別世界にいた。


「……うっ。き、気持ち、わりぃ……」

「あんまり無理すんじゃねぇぞ……」


師匠が背をさすってやる横で、船酔いに苦しむフィデルの様子に、思わず苦笑する。

出航のときは目を輝かせていたのに、今では見る影もない。

体質ならば、仕方ない。


「時間的にはどれくらいかかるんだ?」

「ん? 早くてもあと半日だな。だが……あと一、二時間ほどで例の場所に着くぞ」

「ああ。その時は任せてくれ」


俺は足元に置いていた剣を持ち上げ、静かに答えた。

セイドは僅かな不安を滲ませながらも、その表情には確かな信頼が浮かんでいた。


「フィデルは動けないが……まあ、問題ないだろう」


海風にかき消されるように、俺の呟きは空へ流れた。


ーーーー


その後もしばらく船は静かに進んだ。

俺は空間認識に集中し、目を閉じたまま揺れに身を任せていた。


そしてーー

強大な何かを感じ取った瞬間、俺はそっと目を開く。


視界の先には、俺を覗き込むクラリスの顔。


「何かあったの?」

「ああーー」


「「来たぞ」」


俺とセイドの声が重なる。

その声には戦闘への覚悟と緊張が滲んでいた。


二人の声と同時に、全員が武器を取って構える。

フィデルも青ざめた顔でそれでも弓を握りしめ、立ち上がった。


その時、視界に白い霧が広がり始める。

ゆっくりと、だが確実に濃度を増し、やがて数歩先さえ見えなくなるほどの霧となった。


誰も言葉を発さず、ただ集中して気配を探る。


俺は腰の剣に手をかけ、闘気を高めた。

視線を向けた先、同じく構えるクラリスと目が合う。


その瞬間、船が横に大きく跳ねた。


「ーークラーケンだ!」


セイドの叫び。

俺たちは一斉に外へと視線を向ける。


いくつもの巨大な触手が、霧の向こうから突如として姿を現した。

船は激しく揺れ、どうやら船底へ絡みついているようだ。


そして、触手が俺たちめがけて襲いかかる。


セイドの悲鳴じみた声が響く中ーー


ーー一閃。


俺とクラリスの剣撃が同時に触手を断ち切った。

切り落とされた触手は方向を失い、海上に漂う。


「す、すげぇ……これなら……」


安堵の声を漏らしたセイドに、俺は短く言った。


「まだ終わってないぞ」


次々に新たな触手が迫る。

師匠、そして船酔いのフィデルまでもが加わり、応戦を続ける。


だが、先ほど斬り落とした触手が、うねりながら再生していく。


「これじゃ、きりがないよ! どうする!? ダレン!」

「結局、本体を叩くしかないか!」


だが、海中の本体は霧で見えず、飛び込むのは自殺行為に近い。

空間認識から推測するに、本体は船の真下。


考えながら剣を振るっていた俺は、腰元にもう一対の剣の存在を感じた。


そこに勝機があった。


「ダレン! どうするんだ!?」

「方法は……ある。最初からな」


師匠の叫びに応え、俺は静かに呟く。


もう一対の剣を抜き放つ。


名は『黒曜』。


濃霧の中でも黒き輝きを失わず、まるで闇の中に灯る光のように、異質な存在感を放っていた。

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