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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

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十八話 父と子

「どうぞ。粗末なものしか出せませんが」


そう言って神父は、俺たちの前に飲み物をそっと置いた。

テーブルを挟んで向かいに腰を下ろすと、柔らかな微笑みを浮かべる。


「お噂はかねがね。ダレン様がここまでご成長されて……光栄です」

「そうでもない。神父様は、ここで何を?」


問いかけると、神父はふっと遠い目をして、あの日――街が炎に包まれた日の顛末を語り始めた。


あの日、襲撃の混乱のなかで、彼は辛くも命をつなぎとめたという。

生死の境をさまよいながらも、奇跡のように助かったらしい。


その後は街の再建に奔走し、移住者たちを迎え入れる準備を手伝い、今では小さな学習塾まで営んでいるという。


「これが、あの時負った傷です」


神父が袖をまくると、焼けただれた黒い皮膚が露わになった。

その無惨な痕が、あの日の惨劇を雄弁に物語っていた。


俺たちは言葉を失い、ただ沈黙する。

しかし、神父は気負った様子もなく、どこか達観した笑みを浮かべた。


「それでも、もう過去のことです。私たちは今を生きるしかありません。今の私にできることを、精一杯やるだけですよ」

「……あの墓は、神父様が作ってくれたのか? 俺の教え子の……分まで?」


師匠が静かに問いかける。


「私にとっても縁のあった子どもたちですから。幼き日のダレン様たちも、よくここで遊んでいましたね」

「小さな頃は世話になったな……カイルもよく怪我をしていたものだ」


懐かしさに胸が詰まり、俺も目を伏せながら微笑む。

キールの話をここでするのは、あまりに野暮だ。

――過去は過去。神父の言う通りだ。


「見知った者に会えただけでも、ここまで来た甲斐があった」

「街も昔と比べて随分変わりましたからね。それより……当主様に会いに来られたのでしょう?」


頷くと、神父は場所を教えようとしたが、その言葉を俺は手で制した。


「大丈夫だ。場所はわかっている。今から向かうさ」


椅子を引いて立ち上がると、神父は察したように眉を下げた。

俺は仲間に視線を向ける。


「行ってこいよ。俺はここに残って、子どもたちと絡んでくるかね」

「それは助かります。子どもたちも、私だけでは飽きていましたから」


フィデルの気遣いに、神父は嬉しそうに頬を緩めた。


「なら、私も残ろうかな」

「私もそうします。ダレンさんたちは行ってきてください」

「いい……のか?」

「お父さんと久しぶりなんでしょ? 私たちがいてもね」

「はい。家族水入らずでお話ししてきてください」


二人の温かい言葉に、俺は「ありがとう」と短く返した。

その一言に、二人も柔らかく笑い返す。


「師匠――」

「俺も残る」


共に行くつもりで声をかけたが、師匠は頑なに首を振った。


「どうしたんだ?」

「まずは二人きりで話してこい。俺はその後で十分だ」

「だが、師匠だって久しぶりだろ?」

「それでもだ。……まずはお前の今の姿を、しっかり見せてこい」


――その言葉に、胸の奥から熱いものが込み上げた。


「ああ。……じゃあ――行ってくる」


皆にそう告げて、俺は父様がいるはずの場所へと、一人歩き出した。


ーーーー


太陽は既に沈みかけている。

赤く染まった空を見上げながら、俺はゆっくりと丘を登っていく。

その足取りにはどこか軽さがあるのに、不思議と胸の奥ではずっしりとした重みがついて回った。


かつてここへ来ていた頃の俺は、今の俺よりもずっと小さく、弱かった。

けれど今なら胸を張って父様と向き合える。

その確信が、揺るぎなく俺の中にあった。


ここは──『リオルの丘』。

かつて父に連れられ、母と三人で訪れた場所。

そして、母を失った後も父と共に語り、誓いを立てた思い出の地。


母が眠り、俺が初めて喪失という重さを知った場所でもある。


僅かに吹く風が頬をかすめ、木々を揺らす。

その澄んだ音に背中を押されるように、俺は丘の頂上へと辿り着いた。


沈みゆく太陽に照らされた雲と山々。

その先に、静かに三つ並んだ墓石がある。


そして、その前に佇むひとつの人影。

背を向けていても、それが誰なのかは分かっていた。

大きな背中。昔は遠く感じたはずなのに、今はもう、手を伸ばせば届きそうな距離に感じる。


──その時。


彼は、こちらの気配を感じたのか、ゆっくりと振り向いた。

沈む太陽を背に、その顔が温かな光の中に浮かび上がる。


「……ダレン──」


つぶやくような声。

けれどその声音はどこまでも強く、深く俺の胸に刺さった。

熱が込み上げ、言葉が震えそうになる。


「父様──」


一呼吸。

胸の奥で長い旅路が音を立てて結ばれていくのを感じながら、俺は言うべき言葉を放った。


「ただいま──」


「ああ……おかえり」


その一言が、全てを受け止めてくれるようだった。

長いようで短かった旅を経て、俺は今、ようやく胸を張って父様と再会を果たした。

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