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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

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十六話 往時

「ーーはいよ。シュワーゼ三つ」


店主は注文を受けると、慣れた手つきでシュワーゼを三つ並べた。

そして俺たちの前に置き終えると、堪えていたものをほっと吐き出すように口元を緩めた。


「おかえり。旦那、クラリス嬢」

「ああ。ただいま」

「ただいま。久しぶりのシュワーゼ楽しみだねー」


店主は提供を終えると、カウンターを離れて隣の卓に腰を落とし、肘をついた。


「話はいろいろ聞きましたぜ」

「やっぱり噂というのは、怖いものだな……」

「悪い話じゃないんで、いいじゃねぇですかい」


店主はにかっと目元を細め、懐かしむように俺たちを眺めた。


「それで、そこの嬢さんは初めましてですよね?」

「あ、はい。ルシアと申します。ダレンさんとクラリスと旅をしています。それより……これは……」


ルシアは目の前に置かれた黒いシュワーゼに、明らかに困惑した表情を浮かべた。

初見ではこうなるのが普通だ。

俺は笑いながらルシアに声をかける。


「これは飲み物だ。知る人ぞ知る、な」

「それじゃ、いただきまーす」


クラリスは慣れた手つきで近くのミルクを混ぜ合わせ、ひょいと口元へ。

一口飲むと、目を細めて恍惚の表情を浮かべる。


「はぁー。やっぱこれだねー。ほらルシアも飲んでみてよ」

「まずはミルクを入れずに飲んでみてくれ」


俺の言葉に、ルシアはおそるおそるカップを持ち上げ、黒い液体に口をつける。

俺とクラリス、そして店主は、その率直な感想を待ちながら微笑んだ。


「……ふ、不思議な味ですね……ちょっと苦いかもしれません」

「やっぱそうだよねー。ミルク入れてみて」

「これがいいんだがな……」

「ですよね、旦那」


クラリスがルシアに飲み方を教えている間、俺は一口シュワーゼを飲む。

口の中に広がる馴染み深い香りと、独特の苦味を舌で転がすように味わった。


「ダレンさんは、それがお好きなんですか?」

「俺はミルクは入れない派だな」

「そ、そうなんですか……」


少し驚きつつ、ルシアはミルクを注ぎ、恐る恐る飲んだ。


そして次の瞬間ーー

先ほどとはまるで違う、明るい驚きが彼女の顔に広がった。


「お、おいしい……!」

「だよね。私はこれが一番好きなんだー」


そうして俺たちは久しぶりのシュワーゼを楽しみながら、自然と旅の話を始めた。

店主も話に加わり、思い出話や笑い声が絶えない。

気づけば三人のカップは、すでに空になっていた。


「……あ、あの。おかわり、いいですか?」


恥ずかしそうにしながらも遠慮がちに口にしたルシアの言葉に、

俺たちは思わず顔を見合わせ、同時に吹き出した。


ーーーー


「それじゃあ、またいらしてくだせぇ」

「ああ、また来る」


ひと時の休憩を終え、俺たちは店を後にした。


「おいしかったです。来てよかったです」

「それはよかった」


ルシアが満足げに微笑み、俺たちもその表情に自然と頷いた。

クラリスが前に一歩進み、歩き出そうとしたところでふと振り返る。


「それじゃ、私はここで一旦別れようかな」

「ん?どこに行くんだ?」

「お父さんたちのところ、かな」


クラリスの瞳には、かすかに郷愁が揺れていた。

シュワーゼの苦みと、ミルクのほのかな甘み――それが彼女に、懐かしい記憶を呼び起こしたのだろう。

店に入る前とは少し違う、どこか柔らかい表情を浮かべていた。


「そうか。いってらっしゃい」

「うん。じゃあ行ってくるね」


クラリスは軽く手を振り、背を向ける。

人混みへ紛れ込むように進むその姿は、すぐに見えなくなった。


残されたルシアは、次の行動をゆだねるように上目遣いで俺を見上げる。


「少し街中を見て回るか」

「はい。そうですね。楽しみです」


俺たちも街の中へ歩みを進めた。

特別な催しがあるわけではないのに、帝都はいつだって活気に満ちている。

かつてクラリスと歩いたのと同じ道を、今はルシアと並んで歩く。


屋台を眺めながら歩いていると、ルシアがそっと口を開いた。


「二人の過ごした日々を知れたようで……今日はすごく楽しいです」


歩幅を合わせていた俺は、少しだけ速度を落とす。

ルシアは続けて小さく言った。


「――それでいて、少し寂しさも感じました」

「寂しさ?」


足を止めたルシアが顔を上げ、その目でまっすぐ俺を捉える。


「私のいなかった日々を、二人は歩んできたんだなって……そう思いました。少し悔しい気持ちです」

「それは……仕方ないことじゃないか? その時はまだ、俺たちは出会ってなかったんだから」

「むー……それもそうですけど……」


俺の答えに満足しなかったのか、ルシアはほんのり頬を膨らませる。

その小さな仕草に、つい笑みがこぼれた。


「笑うところじゃないですよ?」

「ははっ、すまんな。ただ……なんかおかしくてさ」

「でも、だからこそ知りたいとも思いました。それと――もっと皆さんと、ダレンさんと時を過ごしたいと、より思えました」


ルシアは照れも隠さず、まっすぐ言い切った。

晴れやかに立つその姿。

白い髪が陽光を受け、銀のように輝く。

その瞬間、まるで時が止まったかのように、眼前の景色が心に焼きついた。


「――ああ。俺もそう思う」


素直に、そう返していた。


ーーーー


結局ルシアとは、屋台をめぐって食べ歩きをした。

クラリスの時と同じように、串焼きを二人で楽しむ。

久しぶりに訪れた穏やかな時間に、互いにすべてを忘れて笑い合った。


宿へ戻ると、ほどなくしてクラリスも帰ってきた。

しかし、師匠とフィデルの姿は夜明けまでなかった。


朝を迎え、予定していた出発の時が迫る頃、ようやくフィデルが現れた。

眠気が抜けず、頭を押さえ、明らかに酒の残る顔だ。


「かっー……頭いてぇ……」

「フィデルは飲んだ翌日、いつもそうだな……」

「ちげーよ……アルケが強すぎるんだって……」


フィデルは半泣きで訴える。

その様子に俺たちは苦笑しながら、最後の仲間を待った。


やがて現れた師匠は、フィデルの言葉通り、まったく酒の影を感じさせない軽やかな足取りだった。


「よし。行くぞ、おまえら」

「遅れてきた師匠が仕切るなよ」

「いいじゃねぇか。やっと帰れるんだからよ」


その言葉に、俺も自然と「……それもそうだな」と返した。


神聖王国から乗ってきた馬車に、全員で乗り込む。


向かうのは――俺の故郷。

父のいる場所。

そして、母が眠り、この世界で俺が初めて業を背負った場所だ。


胸の奥からこみ上げてくる思いを抑えるように、ひとつ深く息をつく。

わずかな不安を察したのか、師匠が俺を覗き込む。

俺はそれを手で制し、前を向いた。


「――待っててくれ。父様」

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