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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

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十五話 旧懐

「やあ。皆、お疲れ様。久しぶりだね」


扉がゆっくりと開かれた先に立っていたのは、柔和な笑みを浮かべつつも、威厳と若さを兼ね備えた人物だった。

未来の帝国を担う存在ーー帝国第一皇子、ユリウス・クーリンその人だ。


「ユリウス……か」


俺が思わず声を漏らすと、ユリウスは肩をすくめ、軽口を返す。


「なんだい、その期待外れみたいな顔は。流石に傷つくよ?」

「いや、悪かった。……久しぶりだな、ユリウス」


実際、久しぶりに顔を合わせたというのに、立場を超えたこの距離感がまだ保たれていることに、俺は密かに安堵した。


「クラリス君もお疲れさま。ダレン君についていくのは大変だっただろう?」

「そうでもないよ。私も……さらに前へ進めたから」


クラリスのまっすぐな瞳を見て、ユリウスは安堵したように微笑む。


「フィデル君も久しぶりだね」

「え、ええ。ルイは元気か?」


ユリウスはフィデルへも気さくに声をかけ、労うように言葉を続けた。


その横で、ユリウスを初めて見るルシアが俺の袖をつまんで小声で尋ねる。


「皇子様……なんですか?」

「ああ、帝国の皇子だよ」

「そ、そんな方と……こんなに気安く話すんですね?」

「まあ、帝国でもいろいろあったからな」


俺とルシアが話しているのを見て、ユリウスが再び歩み寄る。


「彼女は……ルシアさん、で合っているかな?」

「は、はい。ルシアと申します」

「話には聞いているよ。英雄を支える聖女、ってね」

「いや、いくらなんでも盛りすぎだろ」


俺がツッコミを入れると、ユリウスはくすりと笑った。


「そんなものさ。こういう話は人から人へ伝わるうちに大きくなっていく。気づけば英雄譚になることもある。……『紅影の英雄』さん?」

「……なんだそれは?」


俺が眉をひそめると、ユリウスは愉快そうに肩を揺らしながら説明する。


どうやら、これまで俺が“ペンタグラム”と戦ってきた出来事が吟遊詩人を通じて語られ、

それがいつの間にか『紅影の英雄』という名で広まっているらしい。


その話を聞いた瞬間、俺は思わず額を押さえた。


「……頼むから変な名前で広めるなよ……」


そんな俺の反応に、場の空気がふっと和み、皆が笑い合う。


やがて全員が席につき、ひとしきり談笑が落ち着いた頃、エドが改めて口を開いた。


「そうだ。アレスのことなんだがーー」


自然と空気が引き締まる。


エドは少し表情を曇らせ、続けた。


「……今ここにはいないんだ」

「え?」


聞き返したのは俺と師匠、同時だった。


「なら……どこにいるってんだ?」


師匠の問いに、エドは短い沈黙のあと静かに答えた。


「ーー君たちの故郷だ」


故郷。

あの燃え盛る街の光景が、胸の奥に鈍い痛みを伴って蘇る。

父様の手紙で街の復興が進んでいることは知っていたが、俺は一度も帰れていない。


「ダレン」

「……ああ」


師匠が俺を見る。

俺は、迷う必要もなく頷いた。

ユリウスの問いにも、迷いなく答える。


「すぐ発つつもりかい?」

「そのつもりだ」


だが、ユリウスはふっと笑い、小さく首を振った。


「一日くらい泊まっていきなよ。とっておきの宿を用意してあるから」

「いや、だがなーー」


俺が反論しようとすると、その隣から柔らかな声が割って入った。


「少しだけなら……いいんじゃない? ね、ダレン」


クラリスが、俺を気遣うように微笑む。

フィデルもルシアも、そして師匠までもが俺の返事を待っていた。


「クラリス嬢の言う通りだな。……明日出発しようか」


師匠が代わりにまとめてくれたことで、俺も自然と肩の力が抜けた。


こうして、俺たちはその夜を帝都で過ごすこととなった。


ーーーー


「随分……大きくないか?」


俺たちはユリウスの案内で、用意された宿へと向かった。

その先にあったのは、明るく飾り立てられ、外観からして明らかに高級宿と分かる場所だった。


旅の途中でこんな宿に泊まったことなど一度もない俺たちは、部屋の前で思わず立ち尽くした。


「貴族御用達だからね」

「こんな部屋、落ち着かないぞ……」

「そうは言っても、帝国の英雄にぼろ宿を紹介するわけにはいかないからさ」


ユリウスはいたずらっぽく笑みを浮かべたまま、こちらへ視線を向ける。


「それじゃ、僕はそろそろ行くよ」

「そうか。忙しいところ、すまなかったな」

「いや、いいさ。最終決戦ーー

帝国は全面的に力を尽くすから」


先ほどまでの砕けた表情は影を潜め、ユリウスは強い意志を持った瞳で俺を見据えた。


「……ああ。頼りにしてる」


俺はその眼差しに応えるように、力強く言葉を返した。


ーーーー


宿に荷物を置くと、俺たちは久しぶりの帝都の街を歩いた。

師匠とフィデルは落ち着きもなく、昼間から飲み屋街のほうへと消えていった。


「ダレン、どこに行く?」

「やっぱり……ここへ来たなら、あそこへ行くしかないだろ」

「あそこ、とはどこですか?」


俺とクラリスのやり取りを聞いて、ルシアが疑問を抱えた表情で首をかしげる。


「着くまでのお楽しみだ」


俺はそう言って、ルシアに笑顔を向けた。


街の喧騒を抜けるように歩き、見覚えのある角を曲がる。

帝都の中でも少し外れた、昔ながらの家並みが残る一角。

そこに、特徴的な絵が描かれた看板が見えた。


『喫茶コメール』


「帰ってきたな」

「うん」


俺とクラリスは互いに視線を交わし、懐かしさを噛みしめながら扉を開いた。

ルシアはまだ店の雰囲気を掴めず、少しだけ眉を下げたまま俺たちに続く。


木製の扉が少し軋む音を立てて開き、懐かしい香りがふっと鼻をくすぐった。

店内に客の姿はなく、カウンターでは店主がグラスを拭いていた。


「らっしゃい」


店主は手元のグラスに目を落としたまま声をかけ、次の瞬間、ふと顔を上げてーー

まるで絵に描いたような二度見で俺たちを固まった目で確認した。


俺もクラリスも、その反応に自然と笑みがこぼれる。


「ーー店主。シュワーゼを頼む」


懐かしの香りが満ちる店内に、俺の声が静かに響いた。

まるで過ぎ去った日々が静かに戻ってくるような、そんな感覚とともに。


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