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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
一章 仮初

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七話 夢現の中で

次の日も、いつもと変わらず道場へ向かっていた。

ここ二年、ほぼ毎日のように通った場所だ。最初は言葉も拙かったが、今では街の人たちとも自然に会話できるようになっていた。


「おっ、ダレン様。誕生日おめでとうございます」

「ダレン君、おめでとう」

「ご子息様――!おめでとうございます」


見知った顔から声をかけられ、そのたびに軽く会釈を返す。そうして道場へとたどり着いた。


「来たか。ダレン、十になったんだな。おめでとう」

「ありがとう、師匠。それで今日は?」

「ああ、言ってなかったが……今日からお前は俺と組め」


思いがけない言葉に、わずかに眉を動かした。今までも軽い打ち合いをすることはあったが、正式に稽古として組むのは初めてだった。

師匠は頭をかきながら、言葉を探すようにして続けた。


「兄貴から聞いたんだよ。お前が言ってた“闘気の凝縮”とかいうやつ、できるんだってな」

「それがどうした」

「お前は自分の異常さがわかってねぇんだな。まあいい、とにかくそういうことだ。よろしくな」


そう言い残し、師匠は他の子供たちの方へ歩いていってしまった。


「ダレン、なんかやらかしたの?」


横目に茶髪のおさげが見え、ミルが近づいてくる。他の二人も合流してきた。


「いや。今日から師匠と組むらしい」

「ずるいぞ、ダレンばっかり!」

「仕方ないよ、カイル。ダレン君はもう子供の中じゃ相手になる人がいないんだし」


キールの言う通りだった。十五歳組とも手合わせしているが、正直もう相手にはならない。だから自然と、子供たちへの指導役のようになっていた。


「ちょうど行き詰まっていたしな。悪くない提案だ」


「ありがとうございます!」


そして初めての師匠との稽古を終えた。


「ダレン、今日話した“三剣”のことは、よく覚えておけ。特に奇剣はな」

「ああ、わかっている。それじゃあな」


言葉を交わし、稽古を終えた俺たちは、いつものようにご神木へ向かった。四人で集まるときは、決まってそこだった。


「あーっ、また失敗だ!」


カイルがいつものように枝を折ろうとしては失敗する。成功したことなど、一度もなかった。


「闘気は稽古でつかんだのに、なんでだ? ダレン、俺は何が悪いんだ?」


声は不機嫌ながら、嫌う相手にも素直に教えを乞う姿勢には感心する。


「闘気を“感じている”だけだ。体に巡らす制御ができていない。それが呼吸のように自然にできるようになってからだな」


そう答えると、カイルは不満げに唸りながらも、再び修練に向かった。


「ダレンは、やっぱり騎士になるの?」


ミルの素直な問いに、言葉が止まった。

俺はただ今を生きることに満足していた。将来のことなど考えず、強くなることばかりを追いかけて――。


「私はね、剣は習ってるけどパン屋になりたいな。私の作ったパンが、家族で囲まれて食べられてるのを考えると、なんだか嬉しくなるんだ」

「俺は絶対、強い騎士になる! ダレンにも誰にも負けないくらいの!」

「ぼ、僕も……騎士になりたい。みんなを守れる強い騎士に」


三人の目はまっすぐで、澄んでいた。夢に向かう光を帯びたその瞳に、思わず胸の奥がざわついた。


――この子たちには、俺のようにはなってほしくない。


「なれるさ。きっとな」


自然と、そう口にしていた。


「じゃあ、ダレンは何になりたいの?」


再び向けられた問いに、答えはなかった。ただ――


「……死ぬ直前に後悔したくはない。ただ……最後くらいは笑っていたい」


曖昧な言葉だったが、口から自然とこぼれていた。

三人はいまいち理解していなかったようで、頭を傾げていた。

今はそれでよかった。

__________________

それから早くも五年が過ぎ、俺は十五歳。この世界での成人を迎えた。

祝いの儀も無事に終わり、今も変わらず、師匠との稽古を続けている。


「そんなもんか! 反撃してみろ!」


師匠の鋭い斬撃を、俺は剣で受け止め続けていた。

戦い方は似ているようでまるで違う。

俺は自らの隙を逆手に取る。

師匠は流れを作り、相手に隙を強いる。

この猛攻から下手に反撃を仕掛ければ、確実に付け込まれる。

ならば――。


「下がってどうする!」


詰め寄る師匠の剣を紙一重でかわし、その一瞬に胴を狙って斬り込む。

しかし、師匠は体をひねり、逆に蹴りを繰り出してきた。

腕で受け流し、互いに距離を取る。


「……今のを交わして反撃に出るか」

「詰めは甘いがな。体術も板についてきたじゃねぇか」


息を整え、再び剣戟を交わす。だが決着はつかず、その日の稽古は終わった。


「正直、お前はもう一人前だ。兄貴とも良い勝負になるだろう。奇剣の対応は甘いがな」

師匠が休憩の合間に口にした。


「四十近い師匠を倒せないうちは未熟だ。俺は常に圧倒するつもりでいるんだが」

「ハッ、馬鹿言え。これでも元《特級探索者》だったんだぞ。そう簡単に負けてたまるか」


特級――探索者の頂点。大陸でも五十人に満たぬ存在。

師匠がその一人だったことは知っていたが、最上位に立っていたとは。


「言ってなかったか? まあ昔の話だ」


あまりに軽い口ぶりに、逆に重みを感じた。


「それより――その剣、だいぶ馴染んできたな」


五年前、父から贈られた剣。今も俺の手にある。


「体も技術も相応になったからな」


父に似たのか、身長も百八十近く、鍛え抜かれた体は自分でも驚くほどだ。


「成長したよ、お前は。だがまだ歪みが残ってる。その矛盾した剣と、少しは向き合えたか?」


あの時の言葉。五年経った今も答えは出ていない。


「わからない。ただ……逃げたくない。自分を見失いたくはない。その気持ちで剣を振っている...」


師匠は空を仰ぎ、穏やかに言った。


「今はただそうやってしがみついていればいいさ。本当の強さってのはな、弱さを隠すことじゃねぇ。さらけ出せることだ。他の誰かになんてなれねぇんだ。少しでいい、自分を愛せるようになれ」


そう言って差し伸べられる手。その背に積み重ねた歳月の重さを感じる。


「ああ」


理解はできなくとも、心に刻もう。俺はその手を取って立ち上がった。


「――珍しく迎えが来てるぜ」


師匠の視線の先には父の姿があった。

歩み寄りながら、父は言った。


「邪魔をしたな。少しダレンと話がしたい」

「邪魔ってのは逆だろうが。……家族水入らずで楽しんでこい」


そうして師匠は去っていった。


「アルケには世話になっているようだな」

「はい父様。学ぶことは尽きません」

「俺が教えられぬ分、不甲斐なくもあるが……。久しぶりに《リオルの丘》へ行こうか」


並んで歩きながら、父は世の動きを語ってくれた。

有力貴族や騎士を狙う暗殺。王国を揺るがすクーデターの噂。

重苦しい世情に耳を傾けているうち、丘に着いた。子供の頃以来だ。


「お前は賢い子だ。今はさらに頼もしく見える」


夕陽を背に、父の言葉はまっすぐだった。


「私は……クローヴァン家の子として、よくできているのでしょうか」

「お前は立派だよ。誇れる息子だ」


その言葉の重さに、返す言葉を失う。


「俺にはお前が何を悩んでいるかは知らんが…。答えばかりを追うな。自分らしく生きろ。逃げるのも勇気。戦うのも勇気。ただ、目を逸らすな」


父の言葉は、弱さを知る人間の重みを帯びていた。

この人のようになりたい――だが師匠の言葉が脳裏をかすめる。


『他の誰かになんてなれやしねぇ』


「……まだ、私にはわかりません」

「そうか。ならいつかまた問いかけよう。その時は胸を張って答えてみせろ」


夕日を浴びた父の姿は、眩しかった。

帰り道は他愛もない話を交わした。


「アルケはな、昔は弱虫で――」


父が師匠の幼少の頃を語っていた、その時。

街の裏道に黒い影が見えた。

黒いローブをまとった、見知らぬ男。

街に通ってきた年月で、一度も見たことのない顔。

だが、不審を覚えながらも目を逸らし、家へと歩みを進めた。


「おかえり」


母の声が玄関に響いた。その響きに、俺は安堵した。

――この日常が、いつまでも続けばいい。

夜。世情についてさらに詳しく知ろうと、テドスを訪ねた。

しかし「忙しい」と一言だけ。様子がおかしかった。

仕方なく床に就いた。焦る必要はない。時間ならいくらでもある。

そう思いながら、ざわつく心を無理に鎮め、眠りへ落ちていった。



よくここまで耐えてくれました。


ここからが本腰。

次話から「ストーリー、動きます」

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