十話 心剣
壮絶な衝突の先に、拮抗した剣戟を繰り広げるクラリスと師範の姿があった。
クラリスは、初めてこの地を訪れた頃とは異なり、もはや『光剣』を顕現させるまでもなく、純粋な剣術と闘志だけで互角に渡り合っていた。
「すげぇな……」
「まだまだ、こんなものじゃないぞ」
隣で息を呑むように声を漏らしたフィデル。
俺はただ、クラリスがどこまで辿り着くのか、その先を見届けようとしていた。
師範の黒く鈍い光。
対してクラリスが放つ、朝日のようなまばゆい輝き。
剣と剣がぶつかるたび、金の火花と光が場を満たし、クラリスの光はさらに強く、澄んでいった。
拮抗していた均衡が、少しずつ、しかし確実にクラリスへ傾いていく。
わずかな間に生まれた隙――その一瞬を、金色に輝くクラリスの瞳は逃さなかった。
「ーー今!!」
鋭い声と共に、クラリスが一歩踏み込む。
師範がわずかに剣を引く、まさにその瞬間、クラリスの刃が鋭く迫る。
だが、俺の目には見えていた。
「あれはーー罠だ」
いくら闘志が成熟しようと、剣術そのものでは師範が何枚も上手。
間合いに踏み込んだ剣を、師範が綺麗に弾き返す。
クラリスの体がわずかに後ろへ流れる。
そこへ躊躇なく走る、師範の刃――胴を断つ軌道。
その瞬間ーー。
白い閃光が、走った。
師範の首筋を掠めたのは、クラリスが抑えに抑えていた『光剣』の斬撃。
必要な瞬間だけ力を解放した、極めて精度の高い一撃。
「使う場面が分かってんじゃねぇか!」
「これを使わない、とは言ってないからね……!」
互いに呼吸を整えつつ距離を取る。
道場は静まり返り、張り詰めた空気だけが場を支配していた。
再び構え直す両者。
肉体だけではなく、魂そのものが燃え上がる気配が、場を覆う。
「ーーしっ!」
「ーーんっ!」
交わる、全力。
しかし剣の衝突が生じるはずの瞬間、世界が止まったように見えた。
視界が晴れたときには、互いの刃が相手の首元へと届く寸前で膠着していた。
「……やるな。嬢ちゃん。いや、クラリス。合格だ」
「はぁ……っ、はぁ……っ……やっ、た……」
勝敗はつかなかった。
だが、それこそが互角であった証だ。
初めて来たとき、完膚なきまでに打ち砕かれた彼女が。
いまや剣の頂点に立つ者と、真正面から渡り合っていたのだ。
周囲の剣士たちも、その光景にただ目を見開くだけだった。
「これでクラリス。おめぇも、立派な剣士だ」
「はい! ……ありがとうございます!」
師範にそう告げられ、クラリスは誇らしげに、そして少し照れたように俺たちの元へ戻ってきた。
俺とルシアは同時に立ち上がり、クラリスと手の平を合わせる。
「やったな、クラリス」
「うん。これで私は……胸を張って戦えるよ」
「クラリスならできると信じていましたよ」
その言葉を交わす中、俺はクラリスの横を通り、道場の中央へ歩み出る。
「行ってらっしゃい、ダレン」
「頑張ってください、ダレンさん」
そう告げるルシアとクラリス。
「気張っていけよ、ダレン」
「クラリスにも驚いたが……お前の番だぞ」
フィデルと師匠の声が届く。
「ああ」
短く返し、俺は前へと進む。
立ちはだかる壁へ。
越えるべき、自分自身へ。
ーーーー
「クラリスの成長には驚くが……ダレン。おめぇはどうかな」
「俺なりに、自分を見つめてきた。今この場で示します、師範」
俺はまっすぐに師範の前へ出て宣言した。
俺には『未練』がある。
どう足掻こうと、もう取り戻せないもの。
けれど、過去は変えられない。
俺はそれを背負ったうえで、生きていくと誓った。
だから今、俺は今の俺の剣を振るう。
「師範。俺が勝ったら、頼みごとをしてもいいですか」
「勝ったら、だと? ずいぶん余裕じゃねぇか……いいだろう」
俺はただ、自身の意志を貫くためにそう言ったのだ。
深く息を吸い、剣を構える。
『黎星』の柄を握り込むと、その黒に微かな光が宿るような感覚があった。
意志を、心を、流し込む。
師範の鋭い眼光が、まっすぐに俺を射抜く。
言葉ではなく、意志と意志が、視線の奥でぶつかり合っていた。
「――始め!」
合図と同時に、双方の剣が激突した。
火花が散り、黒い刃と黒い刃が、ほとばしる闘志とともに噛み合う。
「それがおめぇの剣の良さではあるがな! もっと真っ直ぐ来たらどうだッ!」
「くっ……!」
挑発と同時に、師範の剣が俺の首元を掠める。
ただ正面から『闘志』をぶつけあうなら、師範が上。
押される。飲まれる。
――考えろ。打開策。
受け流し、力を殺し、剣を合わせながら、思考を止めない。
足はじりじりと押され、最初の位置まで後退していた。
そして、時間が止まったような感覚が訪れる。
師範の刃が、目前へ迫ったその瞬間。
俺の首元で揺れる小さなペンダントが、ふと視界に入った。
胸が、熱くなった。
俺は――不完全だ。
これまでも、これからも、迷い、恐れ、揺らぐだろう。
だが、それでも。
それでも俺は、剣を振るう。
失い、痛み、願った全部を、背負って。
俺は瞳を閉じ、ただ感覚のままに剣を振った。
力は軽い。だが、迷いがない。
その一撃に、師範の剣が弾かれ、わずかに体勢を崩す。
「……ほう」
驚きの息が、僅かに漏れた。
「心で――握る」
呟きながら、そっと目を開く。
剣の重さが、はっきりと俺に馴染んでいた。
恐れも痛みも、飲み込んだその先で立っている。
腕ではない。
技でもない。
心で振るう剣。
熱が、胸の奥から溢れ出す。
それは炎ではなく、芯に宿る灯のように、静かに強い。
「ハッ! やっぱそうじゃなくっちゃなぁ!!」
師範は歓喜すら滲んだ声で剣を振り下ろした。
俺はそれを正確に合わせ、弾き返す。
衝撃で、師範の体がわずかに後ろへ揺らいだ。
「なっ――!?」
揺らいだその首元へ、一筋の軌道。
「これが――俺の剣だ」
振り抜いた刃は、迷いなく、師範の首筋に寸分の狂いなく届いていた。
勝負は、決した。




