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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

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七話 青雲の志

俺は全力で足を踏み込み、最速で剣を振るった。

クラリスとの対峙を見て、はじめから手を抜ける相手ではないと悟っている。

ならば、最初から持てる限りの全てを叩き込むしかない。


だが、俺の振るった剣は一寸の狂いもなく、剣聖の最小限の動きだけで回避される。

読み切られた——いや、それ以上に「剣術の次元」が違う。


この程度は、予想の内だ。


迫るカウンターを、全神経を集中させて迎え撃つ。


「へっ! やるじゃねぇか」


目の前に突き立てられた剣先を、髪一房だけを切らせるほどの距離で避ける。

そこからは両者、一切の無駄のない攻防。

最小限の身の動きだけでかわし、それに即座に反撃を重ねる。


余計な呼吸ひとつでも、死に直結する。

冷や汗が顎を伝い、土の床に落ちた。


その瞬間——剣聖が動いた。


袈裟斬りが迫る。

俺はこれまでと同じように受けを見せた。


「——やっぱ甘ぇな」


低い声とともに、剣の軌道が空間ごと歪む。

まるで本来の軌道から剣が"外へ抜けて"再び襲い掛かるかのような、理すら飛び越えた一撃。

黒い刀身が、ゆっくりと俺の首筋へと迫る——そう錯覚するほどに、世界が遅く見えた。


だが、そんな状況で俺の口元は自然と歪んだ。


「——甘く見てるのは、あんただ」


俺は刀身へ僅かに角度を合わせ、完璧な「受け流し」を放つ。

触れ合った刃が、かすかに火花を散らす。


「……ほう」


剣聖の目がわずかに細まる。

驚愕を隠しきれない、ほんの一瞬。


——今しかない。


生まれた隙。

空いた胴へ、俺は全力の一太刀を叩き込む。

剣聖は避けから受けの構えへ移行する。


紅く燃える視界。

振り抜く刃。

その刹那、俺は手首を返し、軌道を変えて剣聖の首へ狙いを移した。


所詮は、その場しのぎの付け焼刃。

だが——隙を突いたなら、十分に致命の一撃となる。


「もらっ——」


そう確信した瞬間。


剣聖の口元もまた、愉快そうに歪んだ。


「——だから、甘ぇって言ってんだよ」


黒い剣が舞った。

俺の刃は受け止められ、同時に鳩尾へ重い蹴りが叩き込まれた。


「ぐっ……っ!」


体内の空気が押し出され、視界が揺らぐ。

しかし倒れず、滑りながら後退し体勢を保つ。


互いに距離をとり、再び静寂が落ちた。

呼吸の音さえ重く響く空気の中、剣聖が言葉を落とす。


「認めてやろう。ダレンと言ったな……

お前は、剣の頂を見るに値する」


「……そりゃ、光栄ですね」


「なら——決めようぜ。互いの全力でよ」


剣聖は体を低く構え、居合の型をとる。

黒い気配が地面ごと沈み込むように濃くなる。


俺も同じ型を取る。

闘気を練り上げ、身体に纏う紅はさらに濃度を増し、肌を灼くように燃え上がる。


「——闘気凝縮」


踏み込むため、つま先に力を込めた瞬間。


剣聖も同時に動いた。


「——闘志解放」


爆ぜる。

空気が裂け、黒と紅の剣閃がぶつかり合い、眩い光が道場を染め上げた。


その瞬間——俺の視界は白く染まった。


ーーーー


「ーーはっ!?」


俺は突如、跳ね起きるように体を起こし、目を大きく見開いた。

最後の光が弾けた瞬間から先の記憶が曖昧で、視界は闇に閉ざされていた。

気づいた時には、俺は道場の床に横たわっていた。


「ようやく目を覚ましたか」


低く太い声が降ってくる。剣聖ソーデンが俺を見下ろしていた。


「な、なにが起きた....?俺はどれくらい...」

「気を失っていたのは、ほんの数十秒だ。俺の“本気”の剣にぶつかった。その程度で済んだだけでも上等だ」


その言葉に息を呑むより早く、別の声が飛び込んできた。


「ダレン!?大丈夫なの?」

「ダレンさん、無事ですか!?」


クラリスとルシアが駆け寄り、膝をついて俺を覗き込む。

その後ろで、師匠とフィデルが黙って様子を見守っていた。


「大丈夫だ……ただ、何が起きたのかはまるで分からん」

「光が弾けてな……気がついたら倒れていたお前と、立っているソーデン殿だけだった。正直、あの領域は俺の口を挟むところじゃねぇ」


師匠が腕を組みながら言う。


その時、目の前に差し出された大きな手があった。

剣の道をすべてに優先し、生涯を剣に刻んだような重みのある手。


「合格だ。弟子として迎えてやろう。……そこの嬢ちゃんもだ」

「俺は……負けたのに。それでも、いいんですか」

「俺に本気を出させた。それだけで合格点どころか十分すぎるさ」


剣聖は静かに笑った。


それなら、受けるしかない。


「……よろしくお願いします。剣聖ソーデン殿」

「お願いします!」


俺が頭を下げると同時に、クラリスも横から並んで深く頭を垂れた。


「おう。俺のことは師範と呼べ。よろしくな」


口元に獰猛な、しかしどこか誇りある笑みを浮かべながら、剣聖は告げた。


ーーーー


その後、俺たちは剣聖の屋敷にある空き部屋を案内された。


「修行できる期間は、一ヶ月から二ヶ月ってところだろうな」

「その間に剣聖からどれだけ学べるか、だな」


俺は師匠に向かって言う。


「そういえば最後のあれ……剣聖の技はなんなんだ」

「『闘志解放』のことか」


あの黒い奔流のような闘気。

俺の『闘気凝縮』を確実に超えていた。


「あれは剣聖のみが扱える技だ。理屈はお前の技と近いが……積み上げた剣の総量が違う。真似たところで、形だけになる」


師匠はひどく静かな目で言った。


「……なら、本人から教わるしかないな」

「そういうことだ」


そうして、俺とクラリスの剣の聖地での修行が、本格的に始まろうとしていた。


夜。

月が高く昇り、静かな風が木々を揺らしていた。


その中で、剣を手にしたクラリスの姿があった。

金の髪が月光を受け、夜の中で淡く光を帯びている。


「どうしたんだ?こんな夜更けに」

「ダレンこそ」


振り返らないままクラリスが応える。


「皆は?」

「もう寝た。……クラリスも無理するなよ」


しかし、その瞳は遠くを見たまま動かなかった。


「私はさ……強くなれているのかなって思ったの」

「え?」

「最初は、ダレンを支えたいだけだった。けど、気づいたらダレンはもう一人で立てるくらい強くなってた。剣聖とだって並べるほどに」


月の逆光で、表情は見えない。


「ダレンが……またどこか遠くへ行ってしまいそうで。今度は私が追いつけない場所へ」

「俺はどこにも行かない」

「……うん。ダレンはそう言うよね」


クラリスはようやくこちらへ向き直った。

その瞳は、あの日と同じ透き通る碧。

だが今は——揺らぎではなく、確かな覚悟が宿っていた。


「だからこそ——」


剣を握る手に、迷いはない。


「私はもう置いていかれない」


その言葉は、誓いだった。

俺はその強さと隣に立てている今を、心の底から噛みしめた。


「——ああ。待ってる」


夜風が、俺の言葉を静かに運んだ。

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