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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

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六話 偉観

「ーーん?なんだ。アルケか。」


剣聖は師匠の顔を認識した途端、俺たちに向けていた威圧を解いた。

目を見開き、先ほどまでのような鋭い光はすっかり消えていた。


「はっ……はぁ、はぁ……な、んだありゃ……」

「う、うん。失礼かもしれないけど……本当に人間なのかな?」


先ほどまで放たれていた圧から解放されたフィデルとクラリスは、膝に手をつきながら大きく息を吐いていた。

俺も額に浮かんだ冷や汗を手の甲でぬぐう。


その時、横に立っていたルシアの体がふらつき、白い髪がふわりと揺れたかと思うと、糸が切れたように後ろへ倒れた。


「お、おい! 大丈夫か、ルシア!」

「は、はい……す、少し気分が悪いだけです……」


気に当てられたのだろう。耐性のないルシアには、あの威圧はあまりに強すぎた。

俺は彼女の体を支えながら、剣聖を睨む。


「ソーデン殿。いくら何でも、やりすぎでしょう?」


師匠が静かに口を開いた。

いつになく丁寧な口調に、俺は思わず目を向ける。


「仕方ねぇだろ。急に五人組が通されたんだ。少しは警戒もする」

「とはいってもですね……少しは相手を見てからにしてくださいよ」

「気分次第だな。それで? 一度出て行ってから若いのを連れてきて、なんの用だ?」


剣聖は胡坐をかいたまま、肘を膝に乗せ、面倒そうに師匠へ問いかけた。

その態度は横柄に見えたが、どこか旧知の気安さも感じられた。


「後ろの奴らを鍛えてやってほしいんですよ。主に剣を使うのは、俺の甥と、この金髪の子ですがね。」


師匠が俺とクラリスを後ろ手で差す。

剣聖の視線が俺たちに向けられ、その鋭い眼光が一瞬で空気を張り詰めさせた。

まるで品定めをされているような感覚に、思わず息を呑む。


「ふむ……お前きっての頼みだ。乗ってやろうじゃねぇか。

見ればわかるが……剣の腕を見せてもらおうじゃねぇか。」


そう言って剣聖は立ち上がり、床に置かれていた一振りの剣を手に取った。

握った瞬間、空気が震え、先ほどよりも濃密な圧が場を包む。

その存在感に、俺は無意識に息を詰めていた。


剣聖は口元をわずかに歪め、愉快そうに笑う。


「ーーいいじゃねぇか、小僧。早速、俺と剣を交わそうか。」


その言葉を合図に、周囲で見守っていた者たちは一斉に端へ下がり、

道場の中央が広く空けられた。


まずはクラリスが先に剣を交えることになり、

彼女は軽く体をほぐしながら、数度剣を振って感覚を確かめていく。


俺は体調の優れないルシアを壁際に座らせながら、その様子を見守った。


「どう見る? クラリス。」

「正直、さっきの圧は半端じゃなかったけどね……。

でも、やることは一つ。私の全てをぶつけるだけだよ。」

「クラリス、頑張ってください。」

「うん。頑張るね。」


ルシアの励ましに微笑み返し、クラリスは剣を構えて前へ出た。

その背には、確かな覚悟が宿っている。

本気のクラリスは強い――そう思わせる気迫が、背中から伝わってきた。


純粋な剣術だけでなく、闘気の扱いも今では段違いに洗練されている。

もしかしたら、剣聖相手でも一矢報いるかもしれない。

そんな期待さえ抱かせるほどだった。


剣聖とクラリスが正面に立ち、互いの間に緊張が走る。

クラリスは攻勢に出る前傾姿勢を取り、

対する剣聖は、一切の隙を見せぬまま静かに構えた。


二人の間に、張りつめた沈黙が落ちる。

場の空気が、息をするのも憚られるほどに張り詰めていった。


「師匠は、どんな展開になると思う?」


俺は壁に寄りかかりながら、隣の師匠に問いかける。


「そうだな――」


師匠は目を細め、静かにその光景を見つめた。

そして、開始の合図が響く直前に口を開いた。


「――もって、三手だ。」


師匠がそう放った途端、開始の合図と共にクラリスが『光剣』を放ち、攻勢に出る。

眩い光の刃が一直線に走る。その瞬間、剣聖はわずかに目を細めた。


ーーその姿は、消えた。


次にクラリスが視界に捉えたときには、剣聖はすでに目の前。

黒く染まった剣を身構え、まるで空間を瞬間移動したかのように立っていた。


「なっ!?」


あまりにも速すぎる動きに、クラリスは目を見開く。

反射的に後ろへ跳び退るが、それより早く黒い剣が横薙ぎに振り抜かれた。

風圧が頬を切り裂くように走る。


ギリギリで体を反らし、クラリスは回避する。

続けざまに襲い来る二撃目。彼女は剣を構え、受けようとするがーー


剣聖の剣が、まるで空間そのものを歪ませたように軌道を変えた。

黒い閃光が走り、刃はあり得ない角度から迫る。


時が止まったかのような一瞬。

気づけば、剣聖の剣はクラリスの喉元ぎりぎりで止まっていた。


「……!」


クラリスは息を飲む。動けば切られる。そんな確信だけがあった。


「動きは悪くない。だが……遺物に頼りすぎだな、嬢ちゃん。」


剣聖は静かに告げる。その声音には怒気も嘲笑もなく、ただ事実だけを伝える重みがあった。


「強い意志を持っているのはいい。だが、それを剣に乗せないとな。」


そう言い残すと、剣聖は刃を静かに下ろし、鞘に納めた。

金属が鞘に収まる音が、場の空気を一層重くする。


クラリスはまだ事態を理解できず、その場に立ち尽くした。

ほんの数合で終わった戦い――だが、その圧倒的な差だけは誰の目にも明らかだった。


「さあ、次はそこの小僧だ。」


剣聖の視線が俺へと向く。

その眼光は獣のように鋭く、それでいて獲物を楽しむような余裕を湛えていた。


俺は深く息を吸い、静かに立ち上がる。

壁際に下がっていたクラリスが、うつむきながらこちらへ歩み寄ってきた。


「クラリス……」

「正直、なんで負けたかすら分からない……こんなに差があるものなのかな?」


珍しく落ち込んだ声。

いつも強気な彼女が、今は自分を見失ったような瞳をしている。

俺は言葉を探すが、うまく出てこなかった。


そんな俺の手を、クラリスはそっと握った。

細い指が強く絡み、熱が伝わる。


「『今』は、私の分。ダレンに託すね。」


その目に宿るのは、敗北ではなく信頼。

俺は短く頷いた。


「ああ。」


見つめ合う数秒。

クラリスはわずかに笑みを浮かべ、そっと手を離した。

その指先は、名残惜しそうに俺の掌を撫でた。


「じゃあ、行ってくる。」


仲間たちが見守る中、俺は一歩前へ出た。

その背にクラリスの視線を感じながら、まっすぐ剣聖の前へ進む。


「期待してるぜ、小僧。」

「剣聖ソーデン殿。ダレン・クローヴァンと申します。以後、お見知りおきを。」


深く礼をすると、剣聖は口元を歪め、愉快そうに笑った。


「へぇ、礼儀は悪くねぇな。だが剣は礼じゃ勝てねぇぞ。」


姿勢を低くし、俺は剣の柄に手を掛ける。

剣聖は相変わらず動かず、待ちの構えのまま。

わずかな重心の揺れさえ見せない。


クラリスの時に見た最後の一振り――あれは純粋な剣術から放たれたもの。

空間が歪んだように見えたのは、それほど速く、手首の返しで軌道を変えていたからだ。

加えて、あの黒い刀身。


俺の持つ黒い剣『黎星』と、どこか似た光を放っていた。


静寂が訪れる。

ただ、風が道場の木壁をかすかに揺らす音だけが響く。


「――始め!」


合図と同時に、俺は紅く閃光を放ちながら、『黎星』を構え、剣聖へと斬りかかった。

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