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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

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五話 頂き

俺たちはあれから師匠の案内に従い、道を進んだ。

荒れ果てた荒野には人影が一切なく、どこまでも変わらぬ景色が続いていた。


時折、川のほとりには簡易的な集落が見られたが、それは人がかろうじて生き延びるための拠点に過ぎず、街と呼べるようなものではなかった。


そんな険しい道のりを歩むこと、五日が経過した。


「ずいぶん高いな……」


目の前にそびえるのは、麓こそ木々が茂っているものの、山頂付近は岩壁に覆われた巨大な山だった。

それはまるで、俺たちを見下ろすかのように空へとそびえている。


「この上だ。あと少しだから、もう少し頑張れよ」


師匠は振り返ることもなく言い、ただ前を向いて歩みを進めていく。

俺たちは互いに頷き、その背を追った。


しばらくは生い茂る木々の中を進んだ。

近くを流れる川のせせらぎ、野鳥の鳴き声、そして微かに頬を撫でる風――

自然の息吹だけが、沈黙の行進を包み込んでいた。


師匠の背が前に見え、後ろにはルシアとフィデルが並ぶ。

俺の隣にはクラリスが歩き、額に浮かんだ汗を指で拭いながら喉を鳴らした。


「……ダレン」


クラリスが小さく呼びかける。


「私の剣は、今どこにあると思う?」


その言葉に、彼女の碧い瞳が真っすぐ俺を見つめていた。

『剣の聖地』――剣を極めんとする者なら誰もが耳にする場所。

騎士としての道を歩んできたクラリスにとっても、ここは一つの節目となる場所なのだろう。


俺は一瞬の考えの末、飾らない言葉を返した。


「単純な剣の技量だけで言えば、特級探索者の中でも上位だ。

だが――剣以外の要素、たとえば遺物の力や適性によっては、その優位は簡単に揺らぐだろう」


「やっぱり……そうだよね」


クラリスは俺の答えに小さく頷いた。

自分でも分かっていたのだろう。


クラリスの剣技だけなら、俺ですら苦戦する。

そこに光剣が加われば、戦いの幅は格段に広がる。

――だが、それだけだ。


圧倒的な何かを欠いている。

剣そのものの完成度とは別に、決定的な一片がまだ見つかっていない。


「満足のいく答えだったか?」

「正直に答えてくれて嬉しかった。……うん、まだ学べることがあるなら、それに越したことはないよね」

「ふっ……そうだな」


一瞬だけ沈んだ彼女の表情は、すぐに光を取り戻した。

その笑顔は、まっすぐ前を見据える強さを帯びている。

俺にはない種類の強さ――そう思えた。


クラリスの横顔を見ながら、俺も再び前方へと目を向ける。


木々は徐々に少なくなり、次第に岩肌が目立ち始めた。

やがて緑は完全に姿を消し、鋭く尖った岩壁を登りきったその先――


視界に広がった光景に、俺たちは思わず息をのんだ。


岩肌の上に、柵で囲まれた集落があり、石造りの家々が規則正しく並んでいた。

これまで人の気配すらなかった山中で、突如として現れたその光景に、俺たちは言葉を失う。


さらに上を見上げれば、荘厳な滝が流れ落ち、その周囲だけが不思議と緑に満ちていた。

そして、その滝の傍――

他の石造りの建物とは明らかに異なる、大きな木と竹で組まれた建築物が、空へ向かってそびえている。


「ここが――剣の最高到達点とされる、『剣の聖地』だ」


師匠は立ち尽くす俺たちを振り返り、ゆっくりとそう告げた。

その声は静かで、けれど確かな響きを持っていた。


ーーーー


それから俺たちは、集落の入口へと向かった。

門番らしき者たちがいたが、師匠の顔を見るなり何の確認もなく通された。


「こんな簡単に異邦人を入れていいのか?」

「ここは『剣の聖地』だぞ。怪しい奴が紛れ込んでも、すぐに返り討ちに遭うだけだ。……まあ、俺たちは例外かもしれんがな」


師匠はそう言って肩をすくめた。

門番の視線は鋭く、わずかな身のこなしからしても相当な実力者であることが分かった。

返り討ちという言葉は、決して誇張ではない。


俺たちは師匠の案内のまま、山頂にそびえる大きな建物を目指した。

すれ違う者たちは皆、腰に剣を帯びている。

弓も槍も見当たらず、ただ一様に剣士という存在だけがこの地を形づくっていた。


「な、なんか緊張しますね……」

「弓を持ってる奴が一人もいねぇな。さすが剣の聖地だ」

「おい、あまりジロジロ見るな。警戒されるぞ」


落ち着かない様子のフィデルとルシアをたしなめつつ、俺たちは進む。


両脇を滝が流れる石段を、延々と登り続けた。

一般人ならすぐに息が上がるほどの急勾配だが、俺たちにとっては鍛錬の延長のようなものだった。

――ただし、ルシアを除いて。


「す、すみません……が、頑張り、ます……!」

「無理するな。……ほら」


膝に手をつき、息を荒げるルシアを見て、俺は一瞬だけ迷ったが、すぐにしゃがみ込んで背を向けた。


「え、いや、でも……」

「遠慮はいらない。適材適所ってやつだ」

「ふふっ……なら、お言葉に甘えます」


そう言ってルシアは俺の背に飛びついた。

その瞬間、体に柔らかな重みと温もりが伝わる。

彼女は落ちないように首に腕を回し、その体温が背を通して伝わってきた。


「ずるーい。じゃあ私も!」

「クラリスは余裕だろ。自力で登れ」

「むぅ……」

「お前ら、上についたら少しは落ち着けよ」


頬を膨らませるクラリスに、俺は苦笑しながら応じた。

師匠は呆れたようにため息をつき、フィデルはもう慣れたように無表情のままだった。


「……あの、重くないですか?」

「そんなことはない。空気みたいなもんだ」

「それはそれで少し癪ですけど……ありがとうございます」


耳元でルシアが小さく礼を言う。

その声が、滝の音に溶けて心地よく響いた。


長い階段を登り続けるうちに、ついに段が途切れ、俺たちは頂上へと辿り着いた。


「はぁー……長かったぁ」

「はいよ」

「ありがとうございます……!」


ルシアを背から下ろすと、目の前に広がったのは和風の趣を感じさせる古い建物だった。

木材の香りが漂い、静かな空気が張り詰めている。

外観は古びているが、どこか生きているような力強さを感じさせる。


「ここが、剣聖の道場だ」


師匠の言葉に、俺の胸がわずかに熱を帯びた。

道場という響きに、どこか懐かしさを覚える。

かつて剣を学び始めたあの日を、ふと思い出していた。


師匠は一呼吸置き、襖のような扉に手をかける。

――静寂の中で、襖が横に開く音が響いた。


木の香りがさらに濃くなる。

中では数名の者たちが膝をつき、正座の姿勢でこちらを見据えていた。

奥には、胡座をかき、目を閉じていた一人の男がいる。


白く混じった髪、長く伸びた口ひげ。年は五十半ばほど。

だが、その身体から放たれる気迫は、年齢という枠を凌駕していた。


「――なんだ。お前らは」


低く唸るような声が響いた瞬間、空気が震えた。

まるで地鳴りのような圧が、体の芯を押し潰そうとする。

俺たちは無意識に息を詰め、思わず背筋を正した。


その男――『剣聖』は、ゆっくりと瞼を開く。

その眼光は、刃そのもののように鋭く、そして深かった。


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