四話 旗幟
「剣聖の、説得?」
ガルドから放たれた言葉に、俺は首をかしげた。
「ああ。あそこはダムナで唯一、紛争地とはならなかった場所だ。剣聖はもちろん、それ以外の剣士たちの力もあってな。剣聖が後ろ盾になりゃ、他の勢力はすぐに抑え込める。だが──」
「立場としては、中立なんだろう」
「その通りだ。だからこそ、誰も手を出さないし、あっちも手を貸さない」
ダムナ紛争に塗れた大陸西部の中で、唯一異質な場所。
それが剣の聖地だ。
加えて、ガルドが頼むほどの存在。
その重要さは想像に難くなかった。
「無理にとは言わねぇ。それができたら楽だって話──」
「いや、やるさ。これも俺の我儘だが、俺もその景色を作りたいと思う」
「そうか。なら頼んだぜ、英雄」
ガルドはそう言い放ち、深く息を吐き出して笑った。
「ははっ。最初は何を言われるやらと思ったがな」
いつの間にか、ガルドへの印象は大きく変わっていた。
国を思う気持ちは強く、今のその笑顔は、何よりも心から笑っているように見えた。
「あんたが女を二人も侍らせてる姿を見れば、勘違いもする」
「見聞は悪いが、どの国では重婚は認められてるぜ。何人連れていようと、それはそいつ自身の話だ」
「……勘違いしたのは素直に謝る」
確かに、ガルドの言う通りだった。
この世界では重婚は認められている。
初めの印象だけで決めつけていたのは、俺の浅はかさだった。
だがガルドは気にした様子もなく、むしろ口角を上げ、にやりと笑った。
「ダレン、あんたも人のこと言えないだろ?」
「どういう意味だ……?」
俺の問いに、ガルドは視線だけで答えた。
その先には、炊き出しを手伝っているルシアの姿があった。
「あの子もそうだが、もう一人の金髪の子もそうだろ?」
「……なんで言い切れる?」
「目を見てりゃ分かるさ。二人とも、お前を立てているようで、同時に見守っているようでもあった」
あの僅かな交錯の中で、そこまで見抜くとは──。
感心すると同時に、ガルドの言いたいことが理解できた。
「あんたの中でどんな葛藤があんのか知らんがな。曖昧にだけはするなよ」
「曖昧にできないからこそ、今の状況なんだ」
「いいじゃねぇか。もっと適当で。アルケみたいによ。あれは適当ではあるが、芯の部分は折れねぇ。それでいいんだ」
ガルドの目には、師匠がそう映っているのだろう。
その言葉には確かに頷けた。
軽く漂っているようでいて、誰よりも強い軸を持っている──それがアルケという人間の『生き方』だ。
ガルドはゆっくりと立ち上がり、炊き出しを囲む住民たちを眺めた。
「英雄、色を好む……とも言うしな。まあ結局は、あんたの選択だ。彼女らも否定はしねぇだろうさ」
そう言い残し、ガルドは笑みを浮かべて歩き出した。
そのまま炊き出しを手伝うルシアに声をかけ、彼女は軽く頭を下げてからこちらへと歩いてくる。
俺の前に立ったルシアは、いつもと変わらぬ穏やかな笑みを見せた。
「話はできましたか?」
小首を傾げながら、静かに問う。
「ああ。半分はそれとは違った話だがな……」
「違った、話ですか?」
「そのうち話すさ。
──答えは決まってる」
俺は膝に手をつき、その場から立ち上がった。
ルシアも俺の傍に立ち、自然と横に並ぶ。
二人の影が、夕陽に溶けるように長く伸びていった。
ーーーー
そのまま元の場所へ戻り、一晩を過ごすために眠りについた。
床は固く、毛布は薄く、とても寝心地のいいものではなかった。
だが、これまで野宿を繰り返してきた俺たちにとって、それは大したことではない。
けれど、あまり慣れていないルシアは、夜の間、寝心地が悪そうに何度か寝返りを打っていた。
その様子を見て、俺はそっと自分の毛布を掛ける。
「んん、ダ、レン」
ルシアの隣で眠るクラリスからふと声が漏れた。
薄い毛布を握りしめ、剝がれていく。
「ふっ、仕方ないな....」
俺は剥がれかけた毛布を直し、クラリスの体にかけた。
寝息は落ち着き、長いまつ毛が揺れる。
「おい....ダレン、それ、は....おれの、だぁ」
「何の夢を見ているんだ....?」
さらに寝息をたてていたフィデルが妙な寝言を口にする。
疑問に思いながらも、眠る三人を見つめる。
その姿を目に、俺は再び眠りについた。
ーーーー
翌朝。
俺たちは目を覚まし、すでに旅支度を整えていた。
「ガルド、師匠がどこにいるかわかるか?」
「ああ。アルケなら外の畑に出てるぜ」
「畑?」
「見りゃわかるさ。それより、剣聖のこと、頼んだぜ」
「ああ。もちろんだ」
短く言葉を交わし、ガルドに別れを告げる。
そして俺たちは畑と呼ばれる場所へ向かい、師匠の姿を探した。
「ねえ、あれ……アルケさんじゃない?」
クラリスが指差した先。
荒廃した街の中で、わずかに肥えた土が残る小さな土地があった。
そこには、鍬を手に汗を拭う師匠の姿がある。
俺は耕されたばかりの土を踏まぬよう、慎重に近づいた。
「何やってるんだ、師匠」
「ん? ああ、ダレンか。もうそんな時間か」
「それより、これは……」
俺は畑と呼ぶにはあまりにも小さい土地を見渡した。
まだ何も植えられてはいないが、この街の中では確かに異質な光景だった。
「まあ、ちょっとした慈善活動だ。前に来たときは、瓦礫をどける作業くらいしかできなかったからな」
師匠は笑みを浮かべながら、土に視線を落とした。
その笑顔は昔と変わらない。
いつだって、自分は何もしていないような顔をしておいて、誰よりも人知れず動いていた。
あの旅の二年間もそうだった。
師匠の優しさに、俺は何度も救われてきた。
「なんで師匠は、そこまでするんだ……?」
俺の問いに、師匠は手にしていた鍬を地面に突き立て、柄に手を置いた。
真っすぐこちらを見据えるその目は、濁りのない澄んだ色をしていた。
「俺は今まで、何もしてこなかった。兄貴の背に隠れて、見て見ぬふりをしてきた。それが俺の自由だと、楽な道を選んでたんだ。
でもな、その考えを変えてくれたのは……ダレン。お前だ」
「俺が?」
「ああ。楽な道があっても、自分と戦い、苦しみながらも進もうとする姿。お前を見て、俺は本当の『生きる』ってことを知った。
だから、お前がちゃんと生きていけるようにするのが、俺の最初の役目だった。……でも、もうその必要もなさそうだな」
師匠は後ろにいる三人――ルシア、クラリス、フィデルをゆっくりと見つめた。
その眼差しは、まるで家族を見送るように穏やかで、どこまでも暖かかった。
「結局、俺自身の生き方がようやく定まったってわけだ」
「これが……師匠の生き方、か」
「そういうこった。――さあ、とっとと剣の聖地へ向かうぞ。その後は一度、帝国に戻ろう。兄貴にも会いてぇだろ?」
「それもそうだな……」
師匠は軽やかに畑から出ていき、家に戻って着替えを済ませた。
「さあ、行くぜ!」
荷を背負い、先頭に立つ師匠の足取りは軽く、けれどどこか確かな重みを感じた。
あの街を共に出たときと同じ背中。
だが、今のそれはあの時以上に、強く、まっすぐ前を見据えていた。
俺を待つように立つ三人のもとへ向かい、畑を飛び出す。
朝の空はまだ淡く、その光が俺たちの進む道を照らしていた。
先を行く師匠の背中を追い、追いつく。
――そしてようやく、俺は師匠と“並んで歩ける”ようになった気がした。
遅くなりましたが、ホークス優勝おめでとう。
私事ながら、ホークスファンでしてここ数日は日本シリーズでなかなか筆が進みませんでした。
おかげで書き溜めはほとんど消費した状態です(´;ω;`)
ですが、無事優勝を見ることができてよかったです。
皆さまは好きなスポーツやチームなどはありますか?
その熱を自由にコメントで発散してみてください。
恐ろしいほど言葉が止まりません




