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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
一章 仮初

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六話  陽炎

そうして俺は道中、闘気のことを色々と聞かれながら街へと戻った。


「ダレン君、右手怪我してるよ」

「ん?ああ、大したことない。家まで我慢するさ」

「駄目だよ、放置しちゃ。神官様のところに行こう」


キールの真剣な口ぶりに押され、俺は怪我を直せるという神官のもとへ向かうことになった。


「おや、キール君たちじゃないか。……そこの君は、アレス様のご子息かな?」

「初めまして。ダレンと申します」


神官は年老いた紳士といった風貌で、柔和な笑みをたたえていた。

いかにも教会の人間らしく、穏やかな雰囲気を漂わせている。


「ダレン君がご神木を折ったんだ!あ、それで手を怪我しちゃったから、直してもらえる?」


少し自慢げに枝のことを口にしたあと、キールはようやく本題を思い出したように怪我の話に移った。


「ご神木の枝を……折ったのかい? ふむ。まずは傷を見せてごらん」


神官は腰をかがめ、俺の右手をそっと取った。


「皮がむけてしまっているね。……少し待っていなさい」


そして低く落ち着いた声で祈りを唱える。


「慈愛の女神様、豊潤の糧を我らに与えたまえ」


途端に手が淡い光に包まれ、じんわりと温かさが広がる。痛みはすっと引いていった。

これが「祝福」か。


神聖力――信仰によって与えられる力。

慈愛の女神はルミナス神聖王国で厚く信仰されているが、愛と赦しの象徴としてどの国でも一定の信者がいるという。


「よし、これで大丈夫だ。……本来ならお布施を頂くところだが、キール君に免じて今回は特別だよ」


柔らかく笑う神官に、確かに慈愛の精神が宿っていた。


「ありがとうございます、神官様。その祝福は誰でも受けられるんですか?」

「信仰心も大切だが、それと同時に神聖力を扱う技術が必要でね。君たちにはまだ難しいだろう」

「ダレン君、闘気と同じで神聖力もうまく扱えなきゃ使えないんだよ」

とキールが補足する。


なるほど。闘気は内から、神聖力は外から――。だが信仰心に乏しい俺には、やはり遠いものに思えた。


「それじゃあ、また道場で会いましょ!」

「ダレン!次は負けないからな!」


二人は笑い合いながら帰っていく。


「僕らも帰ろうか。神官様、本日はありがとうございました」

「では、ダレン様もお気をつけて。……慈愛の女神様、彼の道を祝福で照らしたまえ」

「それは……今のは何ですか?」


先ほどの祈りとは違い、まじないのように感じた。

神官は目を細め、表情を少し険しくした。


「ダレン様には……大いなる運命を感じました。よくも悪くも、ですが。どうか強い意志を持ち、折れないでください。どんなに困難で挫けそうでも信じることです。神々は常に見守っておられます」


そう言い残し、彼は教会へと戻っていった。

胸の奥にひっかかる言葉を抱えたまま、俺も家路につく。


「テドス、今度宗教について教えてくれ」


家に着くなり、真っ先にそう頼んだ。


「ええ、ちょうどその話を次はしようと思っていたところです」

「ダレン、今日は楽しかった?」


母は、道中で息子に友ができたことを心から喜んでいるようだった。目を輝かせ、続きを待っている。


「はい、母様。楽しかったです。……ご神木にも行きました」

「あの大きな木ね。昔からある、すごく硬い木だって聞くわ」


俺はその木に登り、枝を折ったことまで話した。


「え……?」


母の顔がこわばる。胸の奥が冷たくなる。やはり、不敬なことをしてしまったのか。

だが次に返ってきたのは、思いがけない言葉だった。


「すごいじゃない! 大人でも折れないのに!」


母の手が俺の頭をくしゃりと撫でる。その温もりに、胸の緊張がほぐれていく。

前世では、何をしても罵倒されることが多かった。その記憶が一瞬よぎったが、今は違った。


「それが、その枝なのね? ……木の剣にできないかしら。ねえ、テドス?」

「この硬さなら木工職人より、鍛冶師に任せた方がよろしいでしょう」

「じゃあ決まり! 木剣にして、父さんにも見せましょうよ」


母の笑顔は眩しく、自然と俺の頬も緩んだ。


「はい、母様。私も、それがいいと思います」


今日は色々なことを学び、経験できた一日だった。

その充実感に包まれながら、俺は静かに眠りへと落ちていった。

__________________

「ダレン、今日は誕生日だからね。夜、楽しみにしててね」


母の声にふと顔を上げる。俺は今日で十歳を迎えた。この国で祝うのは十の誕生日と十五の成人だけだ。だからこそ、この日は特別だった。


「ダレン、今日は久々に稽古をしようか」


最近は遠征や任務で家にいないことの多い父も、この日は帰ってきていた。

庭へ出て、いつもの型をこなしたあと剣を交える。

父の剣――何度見ても洗練されている。直線的な動きなのに、どの角度からでも受け返す柔軟さを持っていた。


「アルケはよくやってくれているな。いい脚運びだ」


剣を受け止めながら、父が短く言った。


「結局、剣を操るのは自分の足腰だからな。その基盤ができている」


父は無駄に褒める人間ではない。だからこそ、その言葉をまっすぐ信じることができた。


「ありがとうございます。父様、一つ試してみたいことがあります」


俺は闘気をさらに深く凝縮させ、全身へと巡らせた。心臓の鼓動が早まるのを感じ、一気に踏み込む。

剣を振り下ろすと同時に――視界が一瞬きらめいた気がした。

だが、その刃は父に難なく受け止められる。

止まらない。体をひねり、回転し、二撃目三撃目を畳みかける。

呼吸が荒くなる。三分、いやそれ以上。攻め続けたが、最後には息が切れ剣を落とした。


「……それは、どうやったんだ」


父は驚いた顔で立っていた。


「闘気を凝縮させて、体に巡らせただけです」


俺は正直に答えた。


「それはかなり高度な制御だぞ。それに……一瞬、お前の目が」


父は言葉を切り、考え込むように眉を寄せた。


「アルケの入れ知恵か?……いや、にしても」


何かを呟き、剣を収めた。


「今日はここまでだな。体力も限界だろう」


俺は地面に腰を下ろし、今の戦いを反芻する。

闘気で身体を強化しても、父には遠く及ばなかった。

力だけではなく、剣そのものを知らなければ。


「基礎三剣の使い方はよくできている。あとは組み合わせだ」


父の言う、基礎三剣。

剛を極める者、剛剣。

流れを掴む者、流剣。

変則を用いる者、奇剣。

この世界にある三つの大きな剣の道。


「俺は剛剣が基礎だからな、それ以外はアルケに聞け」


そう言って去っていった父を見て、まだその背中は遠かった。

――俺は、剣の道、その入り口に立ったばかりにすぎない。

________________________________________


夜。食卓には豪勢な料理が並んでいた。


「さあ今日はお祝いだから、いっぱい食べましょ」


家族三人、そして使用人三人がそろっての夕食。


「それじゃ、俺からダレンへ贈り物をしよう」


父が差し出したのは、黒光りする一本の剣だった。


「これは……?」

「お前が折ったご神木の枝だ。帝都の一流職人に頼み、剣にしてもらった」

「私が父さんにお願いしたのよ。伝手を探すのに少し苦労したけどね」

母が笑う。

木剣かと思ったが、手にした感触はまるで金属だ。


「性質としては遺物に近いらしい。枝自体がプラナを吸い込み、金属に近い硬度を持っていたそうだ。それにミスリルを合わせ、さらに強度を上げてある」

「……ありがとうございます、父様。大切にします」

「お前の成人を見越して作らせたものだ。今はまだ扱いきれんかもしれんが、いずれは馴染むだろう」


剣は少し大きめだったが、不思議と手に馴染む気がした。


「次は私ね」


母が手渡してきたのは、小さなペンダントだった。


「これは遺物。でも効果は内緒」

「どうしてですか」

「使わないに越したことのないものだから。ただね――」


母は微笑み、俺を抱き寄せる。


「寂しさや不安に負けそうになったときも、これを持っていれば、私たちがそばにいることを忘れないで」


母の優しさはいつもこうだった。自然と包まれる感覚に、優しさと愛を感じていた。


「ありがとうございます。母様、大事にします」


そして、テドスら使用人からは黄色いユダの花をもらった。

夜、一人部屋に戻り、剣とペンダントを机に置く。


――この日々は楽園だ。だが永遠ではない。

だからこそ俺は強くなる。

何が起きようとも、大事なものを守れるように。




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