二話 宴
「久しぶりだな、師匠」
「ああ……大きくなったな、ダレン」
「あれから一年も経ってないだろ」
感慨深そうに俺を見つめる師匠に、思わず口をはさんだ。
久しぶりの再会に、どこかぎこちない距離感を覚えながらも、互いにそれを笑い合う。
師匠はしばらく俺の目を見つめ、それから静かに首を横に振った。
「いや……お前の目を見りゃ分かるさ。
――見つけたんだな」
「ああ。いろんなことがあった。
でも、皆がいたから乗り越えられた。今の俺がいるのは、そのおかげだ」
俺は後ろに控える三人へと視線を向けた。
師匠もその視線を追い、三人を見据える。
「そうか……お前たちがダレンの仲間か。ありがとうな。ダレンを支えてくれて」
「結局はダレンの力ですよ。私たちはきっかけに過ぎません」
「はい、クラリスの言う通りです」
「右に同じだ」
三人の頼もしい言葉に、師匠はますます口元を緩めた。
「そうか……良かったな、ダレン」
「ああ。師匠も変わらないな。むしろ顔色が良くなったんじゃないか?」
「こっちも色々あったからな。……少し二人で話しても構わねぇか?」
師匠が確認を取る。俺はうなづき、三人にも目で合図してから、少し離れた場所にある簡易ベンチへ向かった。
腰を下ろすと、師匠は懐から懐かしいものを取り出し、俺に差し向ける。
「いるか?」
「俺はもう大丈夫だ」
「そうか……はっ。いい顔しやがる」
火をつけ、師匠は煙を吸い込み、静かに吐き出した。
白い煙が宙に溶けていく。その先を見つめながら、ゆっくりと口を開く。
「お前の話は、ここまで届いてたぜ。『ペンタグラム』を幾度も止めた英雄――それに、特級探索者になったらしいな。『紅影』、お前らしい」
「英雄なんて柄じゃない。特級だって、成り行きみたいなもんだ」
「それでもだ。成り行きで掴めるほど、軽い道じゃなかったはずだ。
……あの仲間たちが言ってた通りだよ。お前自身の力だ、ダレン」
自分で謙遜しておいて、いざ師匠に認められると胸が熱くなった。
過去の自分を知る人間だからこそ、その言葉は何よりも重かった。
「それで、師匠は何をしてたんだ?」
「ああ、それか。話すと長くなるが――」
俺と別れてからの師匠の動向を聞いた。
彼は『ペンタグラム』の追跡と、各地で協力者を探す活動を続けていたらしい。
「――それで俺も、自分の剣をもう一度見つめ直すために、ダムナへ行った」
「あの紛争地に? なんでそんな所へ」
「ダムナの西には、唯一戦火を逃れた地があってな。
『剣の聖地』と呼ばれている。剣を極めた者だけが辿り着ける、辺境の地だ」
『剣の聖地』
剣聖たちが代々受け継ぎ、ただひたすらに剣そのものを研ぎ澄ませてきた場所――
名前を聞いただけで、空気が張り詰めるような気がした。
「そこで修行を積んでな。結果的に紛争にも関わることになった。
神聖王国に移動したときには……『ペンタグラム』の襲撃に居合わせたんだ」
「師匠もずいぶん暴れてたようだな」
最初に感じた「若返った印象」が、今になって腑に落ちた。
足取りも構えも、以前よりもずっと研ぎ澄まされている。
師匠もまた、自らを磨き直してここに立っているのだと分かった。
「まぁな。……それに話は聞いてる。いよいよ最後の決戦だってな」
「ああ。ついにだ。そこで、すべてに決着をつける」
「もちろん、俺も協力するさ。だがその前に――お前も少しは剣の聖地に興味があるんじゃないか?」
「興味がないと言えばウソになるな」
「なら――」
師匠は好戦的な笑みを浮かべた。
その瞳には、懐かしい光と、かつて共に剣を振るった日の熱が宿っていた。
吐いた白い息が灰のように空に溶けていく。
だが、その中にあったのは、不安ではなく、確かな期待だった。
ーーーー
「――はっはっは! あの“攻城”といい勝負したってか! ダレン、すごいな!」
「俺もあれを見たときは驚いたぜ!」
「もっと聞かせてくれよ、フィデル!」
「ああ! いいぜ、アルケ!」
話を終えたあと、俺たちはここを発つ前に、酒場で食事を交わしていた。
すでにかなりの酒を飲んでいるアルケとフィデルは、なぜか意気投合しており、旅の出来事を肴に笑い合っていた。
俺を話のネタにされるのは少し癪だが――師匠と仲間たちが笑い合う姿に、自然と口元がほころぶ。
手にしていた杯を口に運ぶと、すでに中身は空だった。
普段はほとんど飲まないせいか、体の芯がじんわりと熱を帯びていくのを感じる。
「はい、水です」
隣に座っていたルシアが、気づいて水を差し出してくれた。
「ああ。ありがとう」
「いえ。楽しそうですね」
「そうだな。こういう光景が見られるのも、悪くない」
「これもダレンさんが築いてきたものですよ」
ルシアは果実水を片手に、穏やかに微笑んだ。
俺も水を一口飲み、落ち着くように椅子の背に体を預ける。
そのとき――
「――ダレンも、もっと飲もうよ!」
横から、突然クラリスが首に腕を回してきた。
酒瓶を片手に、顔は真っ赤。瞳はうるんで焦点が合っていない。
「おい、そろそろ落ち着けよ、クラリス」
「やーだ。ダレンはすごいんだよ! だってねぇ……ヒック」
「はいはい、クラリス。あっちで少し休みましょうね」
「ああもう、ルシアったら~……」
ルシアは苦笑しながらクラリスの手から酒を取り上げ、肩を支えて奥の席へと連れていった。
普段は真面目なクラリスが、こんなにも酔ってはしゃぐ姿は珍しい。
俺たちは任務中ほとんど酒を口にしなかった。
だからこそ、こんな一面を見られたことが、妙に嬉しかった。
仲間たちの笑い声と、師匠の穏やかな笑顔。
その光景を眺めながら、俺は思わず小さく笑う。
「……父様にも、見せたいな」
賑やかな酒場のざわめきの中で、俺はそっと呟いた。
⸻
翌朝。
「あー……頭いてぇ……」
「飲みすぎだ、フィデル。少しは自制したらどうだ?」
「久しぶりだったんだぜ? 仕方ねぇだろ……」
夜は明け、酒場の喧騒が嘘のように静まった朝。
それぞれが解散したのち、いよいよ出発のときが来た。
結局、あのあともフィデルは師匠と連れ立って夜の街へ消えたらしい。
朝日を浴びて現れたフィデルの顔色は、明らかに悪かった。
まだ酒が抜けきっていない。
「ほら、水だ」
「おう。ありがとな。……お、クラリスたちも来たぜ」
フィデルに水を渡しつつ、彼の視線の先を追う。
そこには、同じく顔色の悪いクラリスと、それを心配そうに支えるルシアの姿があった。
「おはよう、二人とも。クラリスは大丈夫か?」
「な、なんとかね……。あんなに飲んだの、初めてかも……」
「ダレンさんは大丈夫そうですね? 私は水でしたけど」
ルシアが首を傾げて笑う。
確かに俺もかなり飲んだが、水を飲んで寝たおかげで問題はなかった。
どうやら体質の差が出たらしい。
「俺は平気だ。……後は師匠だが――」
「待たせたな。お前ら」
背後から声がした。
振り向くと、そこには昨日と変わらぬ落ち着いた表情の師匠が立っていた。
フィデルと同じように夜通し飲んでいたとは思えない。
まるで何事もなかったかのような足取りだった。
「あんた、化け物かよ……」とフィデルがぼやくのを背に、俺は小さく笑った。
再びこの師匠と肩を並べて歩める――その実感が胸に満ちていく。
「それじゃあ行くぞ。――ダムナ紛争地へ」
師匠の号令を合図に、俺たちは西の地へと歩み出した。
剣の聖地を目指す旅が、今、再び始まった。




