表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
五章 回帰

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/108

一話 相対

湖に沿うように伸びる整備された道を、馬車に揺られて進んでいた。


師匠と別れ、一人で帝国を訪れたあの日を思い出す。

今の馬車には、あの時とは違い、共に旅を重ねてきた三人の仲間がいる。

長く感じた短い旅の中で、確かに俺は変わった。

自らの顔に手を触れ、ふと微笑む。外見の変化はほとんど無い。

だが内に宿るもの――その強さと覚悟は、あの旅立ちの頃とはまるで違っていた。


クラリスとルシアは、互いの肩にもたれながら穏やかに寝息を立てている。

御者台には、頼もしい背中を見せるフィデルの姿があった。

その光景に、自然と頬が緩む。


そっと上着を脱ぎ、二人の肩にかける。

その瞬間、クラリスのまつ毛が揺れ、碧眼がゆっくりと俺を捉えた。


「……ん? ダ、レン?」

「すまん、起こしたか」

「ふぁぁ……そんなことないよ。よく寝たぁ……」


クラリスはルシアを起こさないように身を起こし、軽く伸びをした。


「ダレン、あとどのくらい?」

「あー、フィデル! どのくらいかかるかわかるか?」


張り上げた声に、背を向けたままフィデルが答える。


「今の地点からなら……日暮れには着くと思うぜ」

「だそうだ」

「やっとダレンの師匠に会えるね」


クラリスの言葉に、俺は静かに頷き、窓の外に目をやった。

水気を含んだ風が頬を撫で、湖面が金色に揺れる。

その光がどこか懐かしく、旅の終わりと次なる戦いを同時に告げているようだった。


「楽しみだなぁ」

「なんでクラリスがそこまで楽しそうなんだ?」

「ダレンの師匠だよ? しかも特級冒険者“虚剣”の異名を持つ人なんでしょ?」

「確かにな。実際、その“虚剣”と俺とじゃどっちが強いんだ?」


前を向いたままフィデルが尋ねる。

俺は顎に手を添え、少し考えてから答えた。


「俺が勝つだろうな。

だが――剣そのものの腕だけなら、正直、分からない」

「ダレンがそこまで言うんだ……一度、手合わせしてみたいな」


そうして師匠の話題で笑い合ううちに、クラリスの肩に頭を預けていたルシアが静かに目を開いた。


「ん……あ、私、寝ちゃってましたか……?」

「それはもうぐっすりな」

「夕暮れまでには着くらしいぞ、ルシア」

「もうそんな所まで……。紛争地が近いんですね……」


安堵の中に、どこか不安を滲ませるルシア。

その横顔に、俺もかつての記憶を呼び起こされた。


世話係でありながら俺を裏切ったテドス。

だがその裏には、紛争地で家族を失い、“ペンタグラム”に利用された彼の悲哀があった。

彼が嘆いていた光景――荒廃し、恨みが連鎖する地が、もうすぐそこにある。


「――そう心配することは無さそうだぜ」


沈黙を破ったのは、前方のフィデルだった。


「どういう意味だ?」

「聞いた話によるとな――」


彼の口から、今のダムナ紛争地の様子が語られた。

火種は完全には消えていないが、少なくとも“人々が自らの手で平和を作り始めている”という。

それは確かに、あの頃にはなかった希望だった。



湖に沈む夕陽が、赤く世界を染める。

その向こうには、神聖王国の最西端――師匠アルケが滞在している街の姿が見えた。


検問を抜け、街の中へと入る。

かつて戦火が走ったその場所は、焼け焦げた建物の跡を残しながらも、人々の声と笑顔で満ちていた。


「こっちも結構激しかったんだね……」

「そうだな……」

「でも……こんなに活気があるなんて」


ペンタグラムの奇襲で大きな被害を受けたにもかかわらず、住民たちは修繕に励み、笑い合っていた。

その姿は、戦いの果てに残った“生きる意志”そのもののように見えた。


やがて探索者協会にたどり着き、受付へ声をかける。


「すまない。ここに『虚剣』のアルケはいるか?」

「アルケ様ですか? たしか最近は騎士団の方に顔を出していたと思いますよ」

「そうか。ありがとう」


駐屯所までの道を聞き、礼を述べてその場を後にした。

妙な緊張が胸の奥を締めつける。

街を歩く足取りは重くもあり、どこか懐かしくもあった。


「アルケ様ですか? 先ほど街の修繕の様子を見に行かれましたよ」

「……変わらねぇな、そういうとこは。ありがとう」

「お知り合いで?」

「ああ、そんなところだ」


さらに進みながら、何人もの住民に声をかけていく。


「あの人には感謝しかないよ」

「あの歳であそこまで動けるなんて、大したもんだ」

「この街の恩人さ」


皆が口を揃えて彼を称える。

敵の幹部を討ち、街を救い、今もなお復興の手伝いを続けているという。

その名はすでに“英雄”として語られていた。


「立派な方なんですね……」


ルシアの言葉に、俺は苦笑する。


「いい人ではある。だが……ここまでとはな」

「ダレンさんの師匠らしさ、感じます」


ルシアの穏やかな声を聞きながら、俺は心の中で思う。

あの旅立ちの時、師匠の中にも確かに何かが変わり始めていた。

そして今――その答えをこの目で確かめる時が来たのだ。


やがて夕闇が街を包む頃、修繕現場の一角にたどり着く。

土埃が舞い、汗に濡れた人々が声を掛け合いながら動いていた。

その中で、ひときわ落ち着いた声で指示を出す男がいた。


「ああ、アルケさんなら、あそこに」


指さされた先を見る。

その姿は、かつてと変わらぬ師匠そのものだった。

ただ、荒れていた髭は整えられ、どこか若々しさを取り戻しているようにも見えた。


泥にまみれながらも堂々と立ち、笑顔で人々に声をかける姿。

俺の視線に気づいたのか、一瞬だけ彼の動きが止まった。

その瞳が、確かに俺を捉える。


俺はゆっくりと歩みを進める。

土を踏む音が、やけに耳に響いた。


そして、目の前で立ち止まる。


「……師匠」

「……ダ、ダレンなのか」

「ああ」


長く、険しい旅の果てに。

俺は再び、師と相まみえた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ