表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
四章 懺悔と赦し

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/108

十六話 形と成る

湖沿いを、柔らかな風を浴びながら歩く。

水面は穏やかで、光を受けてわずかにきらめいていた。

その静けさが、ここでの戦いの終わりと、やがて訪れる“次なる戦い”の大きさを静かに告げているように思えた。


やがて、展望台が見える位置まで来たとき――

湖面を背に、釣り竿を垂らすひとりの男の姿が目に入った。

その背中は、どこか懐かしい温かさを感じさせる。


「……今日は剣じゃないんだな」


俺は彼の隣に並び、横から声をかけた。

ロウランはゆっくりとこちらを振り向き、柔らかな笑みを浮かべた。


「ダレンさん、ですか。そうですね。おそらく――今回が最後に握る剣だったのでしょう」

「そうか? まだ現役でもいけそうに見えたがな」


湖の風が二人の間を通り抜けていく。

ロウランは静かに息をつき、微笑の奥にほんの少しの寂しさを滲ませた。


「私のような老いぼれに、もうその運命を背負う資格はありませんよ。

 これからを担うのは――あなたのような若者たちです」


彼の言葉はどこまでも穏やかだった。

だが、その声の奥には、戦いの日々を生き抜いた者だけが持つ静かな決意があった。


ロウランはすでに現役を退いて久しかったが、剣術は衰えていなかった。

この前の戦いでは、ロイスと共にヴォイドを封じ、街を守り抜いた。

満身創痍であったにもかかわらず、ルシアの『祝福』によって癒えたその体は、今では傷ひとつ見えない。


「……俺一人では、無理だ」

「ええ。――けれど、あなたは一人ではありません」


ロウランの穏やかな声が、湖面の静寂に溶けていく。

その一言は、剣の教えよりも深く、確かに俺の胸へ刻まれた。

長年の経験に裏打ちされた言葉の重みが、なによりも心に響く。


「だからこそ――彼女を、一人にはしないでください。

 お願いします、ダレンさん」


短い言葉だったが、その眼差しは鋭く、真っ直ぐだった。

それだけで、彼の想いはすべて伝わった。

俺は静かにうなずき、短く応えた。


「ああ。わかっている」


ロウランは満足げに目を細め、そっと釣り竿を置くと、俺の前に立ち上がった。

そして差し出されたその手を、俺はしっかりと握り返した。


「では――あなた方の行く道に、光があることを祈っています」


その掌は、驚くほど温かかった。

その手を離した瞬間、胸の奥で静かに誓いが立ち上がる。

次にこの人と再会するときは、もっと誇れる自分でありたい――そう強く思った。


握手を終え、別れを告げて湖畔を離れる。

展望台へと続く坂道を登る途中、ふと視線を上げた。

太陽の光に照らされ、そこには――

金の髪が陽光を受けて輝き、白銀の髪が風に揺れて錦糸のように混ざり合う光景があった。


二人の姿を見上げながら、俺は歩みを止めた。

その光景は、まるで新たな始まりを告げる『祝福』のように見えた。


俺は前回同様、その上へと飛び乗っていく。


だが、前回とは違い——飛び上がった俺を見ても、ルシアは驚くことなく穏やかな微笑みで迎えてくれた。

その一方で、クラリスが腰を抜かしそうになり、後ろへ倒れかけるのを慌てて腕で支える。


「似たような展開ですね」

「そうだな……」

「ダレン、急に飛び出してこないでよ……」

「すまんな……」


ジト目を向けてくるクラリスに苦笑しながら手を貸す。

立ち上がった彼女は、なぜか俺の手を離そうとしない。首を傾げる俺に、彼女はそっと視線を逸らした。


「クラリス?」

「よし。私は下で待ってるね。積もる話もあるだろうし」

「お、おい、クラリスっ——」


俺の手を離すと、クラリスは階段を小走りで降りていった。

その背を見送る俺の耳に、背後からルシアの小さな笑い声が届く。


「ふふっ。やっぱり仲がいいですね」


呆れを含んだ笑みを返しながら、ルシアの隣に並ぶ。

欄干に手をかけ、静かな湖面を見つめると、風が髪を撫でていった。

その風音を裂くように、ルシアが口を開く。


「ダレンさんは、やりたいこととかありますか?」


不意の問いに、言葉がすぐには出てこなかった。

これまで俺は、過去に縛られ、ただ『今』を生きることで精一杯だった。

未来を思い描く余裕など、どこにもなかった。


けれど——

多くの人に支えられ、やっと自分の足で立てるようになった今。

未来という言葉が、遠い夢ではなく手を伸ばせるものに思えた。


「俺は……自分の世界をもっと広げたい。

多くを知って、見て、聞いて——そうだな。

あとは、波の音がさざめく場所で静かに暮らしたい」


自然と出た言葉に、俺自身が少し驚いた。

けれど、その未来を作りたいと思えたことが嬉しかった。

ルシアはそんな俺を見つめ、柔らかく笑った。


「ダレンさんは、本当にいい顔をするようになりました。

貴方の夢を、私も見たい——そう思いました」


少し俯いたあと、ルシアは顔を上げ、真っ直ぐに俺を見つめる。


「私も……自分の生きたいように、生きてもいいんでしょうか?」

「——ルシアにその意志があるならな」

「もしかしたら、迷惑をいっぱいかけるかもしれません」

「——お互い様だ。俺もきっと、いっぱい迷惑をかける」


少し間を置いて、ルシアは小さく息を吸い込む。


「私も皆さんと一緒に、世界に飛び出してもいいでしょうか?」

「——ああ。もちろんだ。歓迎するよ、ルシア」


その瞬間、ルシアの瞳が潤み、雫が湖面に落ちて揺らめいた。


「ありがとうございますっ……! 私、楽しみです!」

「ああ、俺もだ。これからもよろしくな」


眩しいほどの笑顔に、自然と俺の口元も緩んだ。

その時、欄干にかけた俺の手を包むように、柔らかな光が差し込む。

それは、まるで祝福のように暖かく——

未来への訪れを静かに告げていた。


二人は共に湖を見つめ、穏やかな時間が流れた。



「二人はまだか?」

「ああ……もう少しかかるらしい」


俺たちは既に旅支度を整え、この街を発つ準備をしていた。

フィデルと並び、ルシアとクラリスを待つ間、町の人々が次々と声をかけてくる。


「ダレンも随分、顔が広くなったな」

「ルシアについて回ってたら、自然とな」


そう言って笑う俺に、フィデルは感心したように頷いた。


「それよりルシア、よく教会を出られたな。シスターって簡単に辞められねぇだろ?」

「ロウランが話を通してくれたらしい」

「なるほど、あのおっさん……思った以上に偉い立場だったんだな」


ロウランは、ルシアの願いを誰よりも早く察していた。

彼女の決意を知るとすぐに上層部へ掛け合い、旅立ちの許可を取ってくれたのだ。


「ダレンの師匠に会うのも楽しみだな」

「立派な人ってわけじゃないが……俺の人生を変えてくれた人だ」


最後の戦いを前に、俺は師の力を借りに向かう。

離れてからは一年も経たないが、それがずいぶん長く感じた。

今の自分を見せ、胸を張って「成長した」と言いたかった。


「最後の戦い、か……いまいち実感が湧かねぇな」

「それは俺も同じだ。けど——それを越えたら、本当に終わりだ」


二人して空を見上げた。

雲の切れ間から光が差し、遠くに湖面がきらめいている。


「終わったら、ダレン。お前も二人に向き合わないとな。

今は仕方ないけど、いつまでも逃げられねぇだろ」


フィデルの言葉に、俺は息を吐いて頷いた。

未来を考えることなどなかった俺が、いまは“その先”を見ようとしている。

それは、共に歩む仲間がいるからこそ見える景色だった。


やがて、荷物を抱えたルシアとクラリスがこちらへ歩いてくる。

陽光を受けて、金と白の髪が風に揺れ、まるで絹糸のように輝いていた。


「二人とも、準備は大丈夫か?」

「うん。もちろん」

「はい、いつでも行けます」


二人の碧眼がまっすぐ俺を見つめ、胸の奥が熱くなる。


「それじゃあ——行くか」


俺は一歩を踏み出した。

その背に三人の足音が続き、やがて横に並ぶ。


ここまでの道のりは、短いようで、果てしなく長かった。

背負ったものは未だ消えない。むしろ、増えたと言ってもいい。

けれど今、その重さは苦痛ではない。

『生きている実感』として胸の奥で確かに光っている。


見上げた先の太陽は、これまででいちばん眩しく輝き、

俺たちの未来を照らしていた。


これにて第四章終了となりました。

そして繋ぎとして短めに五章を描いた後に、待ち受けるのは最終章。


今年中には終わりまで書きたいと思っております

ぜひお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ