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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
四章 懺悔と赦し

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十五話 清算

「さて、そろそろ退散しようか。タナトス」

「はい」


決戦を宣言したヴォイドは、タナトスと共に悠々と屋根へ跳び上がろうとした。


「——させると思うか?」


俺だけでなく、ロイスとロウランも同時に斬りかかる。

その刹那、ヴォイドの口元が歪んだ。

剣閃は透明な障壁に阻まれ、逆流するように弾き返される。

凄まじい反動が襲い、俺たちは地面に叩きつけられた。


「ぐっ……!」

「な、なんだあれは……」

「今は潔く退く方が賢明だよ」


ヴォイドは楽しげに笑いながら、軽い調子で言う。

タナトスが控えめに尋ねた。


「ヴォイド様、キールはどうします?」

「ん? 彼か……ふむ」


一瞬だけ考え込む素振りを見せたヴォイドは、視線を奥へ向けた。

そこではまだ、クラリスとキールが激しく刃を交えている。


「キール君! 私たちはもう下がるよ。あとは頑張ってね」

「へ? は? ど、どういうことですか!? ヴォイド様!」

「君はもう用済みだよ。少しでも“復讐”を手伝ってあげたんだ、感謝してほしいくらいさ」

「な、なぜです!? ヴォイド様ーー!」


その声は、無慈悲に切り捨てられた仲間への叫びだった。

キールの顔が歪み、困惑と絶望が混じり合う。


「それじゃあね、英雄。——最後の戦い、楽しみにしているよ」


嘲るような笑みを浮かべ、ヴォイドとタナトスの姿は黒々とした闇に包まれて消えた。


辺りに残る不死人たちはすでに討ち果たされ、静寂が戻っていた。

そこに取り残されたのは、キールただ一人。


俺はゆっくりと歩み寄った。

剣を下ろし、呼吸を整えながら。


「ダレン……」


クラリスのか細い声が背後から届く。


「俺に任せてくれ」


彼女の肩に手を置き、前へ出る。

弓を構えていたフィデルも、俺の意図を察して静かに弓を下ろした。


キールと向かい合う。

互いの間に流れるのは、言葉にならない過去の残響だった。


「キール……」

「……いいさ。同情なんていらない。結局、僕の目的は君だ。それだけは変わらない」

「確かに俺は街を守れなかった。罰は受けよう。だが——それは今じゃない」


俺の瞳を見返したキールの顔が、怒りと悲しみに歪む。

かつて騎士を志していた青年の面影は、もうなかった。


「うるさい……全部、ダレン君のせいだ! 僕の手で裁きを——」

「あなたに、そんな資格はないよ」


クラリスの声が鋭く響く。

彼女は一歩、俺の隣に並んだ。

その横で、小さな足音を立ててルシアも立つ。


「裁きは、私情でしてはいけません。あなたのそれはただの身勝手な責任転嫁です」

「うるさい! 外野は黙ってろ!」


怒声とともに、キールの体が紅蓮の炎に包まれる。

灼熱の気流が渦を巻き、空気が焦げた。

俺は二人を手で制し、前へ進む。


「キール……カイルとミル。お前たちの夢を叶えてやりたかった。それは本心だ」


その名を聞いた瞬間、キールの足が一瞬だけ止まる。

だが次の瞬間、瞳の奥に残った理性は炎に飲まれた。

足音が響き、炎が爆ぜる。


「罪と共に——炎に焼かれて死ねぇ!」


渾身の力を込めた一撃。

俺は受け流さず、正面から受け止めた。

炎が爆ぜ、視界が赤に染まる。

皮膚を焼く熱の中で、俺は動かない。剣を押し返すこともせず、ただ受け止め続けた。


「な、なぜ……効かない!? この炎が……!」


燃え盛る火の中で、紅い光が立ち昇る。

根のような光が俺を包み、炎を弾いていた。

ご神木——あの黒き剣に宿る根が、俺を守っている。


「もう、俺にとってそれは恐怖じゃない。……キール」


炎の中で、彼は苦しみに顔を歪めた。

皮膚が裂け、光が滲む。それでも剣を離さない。


「次の世界では——また友達になろう。そして、夢をみんなで語ろう」


俺は静かに剣を流し、反転するように突きを放った。

刃は迷いなく、キールの胸へと吸い込まれた。


音が消えた。

炎が揺らめき、やがて掻き消える。

残ったのは、月明かりと焦げた空気だけ。


「がはっ……あ、あ……ダレン、君……カイル、ミル……僕は、また……やり直せる、かな」

「ああ。きっと、お前ならできるさ……」


崩れ落ちた体を抱き留める。

キールの瞳がゆっくりと閉じられ、その口元にかすかな笑みが浮かんだ。


「……そう、だと……いいな……」


その囁きを最後に、灯火は静かに消えた。

周囲を包むのは、穏やかな夜風だけ。


「——私たちの勝ち、だ」


ロイスの声が静寂を破った。

それに呼応するように、騎士たちは肩を叩き合い、歓声を上げる。


「や、やったぞ!」

「勝ったんだ……俺たちが!」

「動ける者は負傷者を運び出せ!」


ロイスの指示が飛び交い、戦場にようやく“生”の気配が戻っていく。


俺は抱いていたキールをそっと地面に横たえた。

その背後から、三人の足音が近づく。


「ルシア……キールに、救いはあったと思うか?」

「それは分かりません。でも……苦しみに歪んでいた顔は、最後に少し穏やかでした」

「……そうか。そうだといいな」


キールの顔を見下ろすと、目尻に一筋の雫が残っていた。

その口元は、どこか安堵のようにわずかに緩んでいる。


俺は静かに空を見上げた。

闇夜に、ひとつ星が光っていた。

それはまるで——彼の魂を導く灯のように、柔らかく瞬いていた。


ーーーー


予告されていた襲撃は、なんとか抑え込むことに成功した。

『爆槍』は奪われることなく、敵対組織『ペンタグラム』の首魁を含む幹部らを撃退することができた。


「……なに? 西の方も襲撃を受けただと?」


事態の収束に追われていたロイスのもとへ、伝令が駆け込んできた。

その報告を聞いたロイスの表情がわずかに険しくなる。

俺は気になり、その場へと足を向けた。


「どうしたんだ? ロイス」

「西の保管庫にあった特級遺物も狙われていたようだ。……敵幹部の“モルス”という人物だ」


モルス――。

その名を聞いた瞬間、胸の奥がざわつく。

かつて街を襲撃した際、俺の父と刃を交え、敗走した幹部のひとり。

忌まわしい記憶が脳裏に蘇る。

だが、ロイスの口元にはどこか安堵の色が浮かんでいた。


「心配はいらない。無事に討伐されたようだ」

「……誰が、だ?」


ロイスは一拍置いて、意味ありげに言葉を紡いだ。


「元特級探索者――『虚剣』のアルケだ」


その名を聞いた瞬間、息が止まった。

目を見開いたまま、俺は言葉を失う。

思考が止まり、足が地に根を張ったように動かない。


ーーーー


あの戦いから、数日が経過した。

街はようやく静けさを取り戻しつつあった。

負傷者たちはルシアの『祝福』によって回復し、

亡くなった者たち――そしてキールを含む仲間たちの遺体は、静かに火葬され、祈りのうちに送られた。


倒壊した教会や建物も、追加派遣された職人や兵士たちによって、次々と修復が進んでいた。

瓦礫の山の中に、確かに再生の息吹が芽吹いているのを感じた。


「本当に助かったよ、ダレン君」

「いや、ロイスたちが前線を守ってくれたおかげだ」


ロイスの感謝の言葉に短く返す。

互いの健闘を認め合うその言葉の裏には、命を賭して守った仲間たちへの思いがあった。


「住民たちの混乱も、無事に収まってよかった」

「……ロウランがあそこまで顔が広いとは思わなかったな」


瓦礫の上に座り込みながら、ロイスは肩をすくめて笑う。

あの混乱の中で、動揺する住民たちを落ち着かせたのは、意外にもロウランだった。

彼の人望の広さが、どれほど多くの人の心をつないだのか、今さらながら思い知らされる。


話が落ち着いた頃、俺はずっと胸の奥に引っかかっていたことを切り出した。


「それで……師匠――アルケのこと、詳しく聞いてもいいか?」

「ああ、もちろんだ」


ロイスは頷き、報告書の束を手にしたまま語り出した。

アルケは現在、神聖王国の最西端――ダムナ紛争地に最も近い辺境に滞在しているという。

偶然その地に居合わせ、敵幹部モルスを討伐したらしい。

今もなお、戦後処理のために現地に留まっているとのことだった。


「……なるほどな」

「行くつもりかい?」

「ああ。最終決戦に向けて、師匠の力は必要だ。……それに、久しぶりに会いたい」


ロイスは微笑を浮かべ、真剣な眼差しで俺を見た。


「次の戦いは半年後だ。既に神聖王国だけでなく、周辺各国にも協力を呼びかけている。

 全精力を賭けた戦いになる。――また共に戦おう、ダレン君」


その言葉に、俺は強くうなずいた。

胸の奥で何かが再び燃え始めるのを感じながら、ロイスと固く握手を交わした。


ロイスと別れたあと、俺はクラリスに呼び出されていた場所へと向かう。

彼女はルシアと共に外出しており、そこに合流するようにと言われていた。


……あの日、まだ返事を聞けていない言葉があった。

だから俺は、あの少女の答えを聞くために――静かに歩を進めた。


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