十四話 光
俺とルシアを包んだ光は、次第にその輝きを増し、視界を白で覆い尽くしていった。
けれど、その光に恐怖はなかった。
受け入れるように、俺たちは静かに目を閉じた。
次に目を開けたとき――幻影は消え、現実の世界へと戻ってきていた。
周囲を覆っていた影の帳は、煙のように揺らめきながら掻き消えていく。
「なぜだ……? なぜ戻ってこれた?」
「俺には――光があったからな」
そう言って隣に立つルシアを見る。
彼女は穏やかに微笑み、静かに頷いた。
さらに視線を巡らせると、未だにキールと戦っているクラリスとフィデルの姿があった。
二人もこちらに気づいたようで、安堵の表情を見せる。
その瞬間、鋭い声が響く。
「お前だけは……絶対にここで葬る! 罪人に救いなどない!」
テネブリスは怒りに満ちた声で叫び、剣に黒い霧のような力をまとわせた。
影が渦を巻き、剣を中心に空間が歪んでいく。
俺も同時に、足元から伸びる“根”の気配を感じ取った。
空間認識の中で、それは確かに大地と仲間へとつながっている。
「救いはある……。自らの罪を認め、その救いを受け入れる覚悟があるかどうかだ」
テネブリスは最初から、妙なほど俺に執着を見せていた。
今もなお、憎悪と悲しみの入り混じった眼で俺を睨みつけている。
きっと――あいつも、同じだったのだ。
自分の罪を抱えきれず、誰にも救いを求められなかった。
その痛みを拒み、世界ごと闇に沈めようとしたのだ。
「死ねぇッ! ダレン・クローヴァン!」
怒号と共に、黒い渦が俺へと迫る。
あの時の俺なら、恐怖に屈していた。だが――今は違う。
クラリス、フィデル、ルシア。
彼らと繋がった“根”が、俺に確かな力を流し込んでくる。
その光はさらに広がり、ロイスやロウランとも繋がり、紅い輝きとなって燃え上がった。
「なんか……力が湧いてくる……!」
「きっとダレンの力だよ……。暖かい……」
遠くで聞こえる二人の声が、確かに耳に届く。
その言葉が、俺の胸をさらに熱くした。
俺は一歩踏み込み、身を屈め、剣を引き抜く。
紅の光を纏いながら、迫りくる影の渦へと構えを取る。
「人は――与え、与え合うもの。やっと……なれた気がする」
その言葉と共に、俺は全身の力を解き放ち、剣を振り抜いた。
紅い閃光が奔り、凝縮された光の刃が影の渦を一瞬で切り裂く。
渦は断ち切られ、黒煙のように掻き消えた。
その勢いのまま、光は一直線にテネブリスへと迫る。
「こんな所で――!」
絶叫とともに、轟音が大地を揺るがした。
剣閃が消えたあと、そこには袈裟斬りに斬られたテネブリスの姿があった。
胸元から血を流し、彼は膝をつき、崩れ落ちる。
「……が、はっ……」
俺はゆっくりと彼のもとへ歩み寄った。
そしてその最後を、逃げずに見届けようとした。
「貴様と……私では……何が違うと……いうのだ……」
「何も変わらない。俺もお前のように、破壊を望んだかもしれない。
お前の抱えていたものは、俺にはわからない。
けれど――もし、ほんの少しでも周りを見て、『助けて』の一言を言えていたなら……何かは変わっただろうさ」
「それが……私と……お前の……違い……だったというのか……。
いつか……きっと私にも……そんな道が……」
その言葉を最後に、テネブリスは闇夜に輝く星を見上げた。
だが、その瞳から光はすでに消えていた。
俺は静かに目を閉じた彼の顔を見つめた。
憎しみも、苦しみも、今はもうなかった。
そこに残っていたのは――ただ一人の、報われぬ魂だった。
その背後で、ルシアが俺の手をそっと握る。
わずかに震えるその手を、俺は確かに握り返した。
「……ありがとう、ルシア」
「ダレンさん……」
白髪を撫でるように、俺は彼女の頭に手を置き、微笑んで言った。
「まだ――やるべきことがある」
「はい。……行ってらっしゃい」
送り出すようなその声とともに、ルシアの光が俺を包む。
柔らかな光が全身を巡り、裂けた傷が次々と癒えていく。
温かさが胸の奥に灯り、息が整っていった。
そのまま俺は、振り返らずに駆け出した。
目指すは――すべての元凶、首魁のもと。
白い光を背に、紅の輝きを剣に宿し、俺は影の奥へと突き進んだ。
紅い光はなおも強く脈打ち、根は途切れることなく大地とつながっていた。
俺は首魁ヴォイドと交戦するロイスとロウランのもとへ駆けつける。
「ダレン君っ! 一人が『爆槍』の元へ向かった!」
「……ああ。任せてくれ!」
一瞬、視線が交錯する。
ロイスの眼差しは深く、それだけで十分だった。
ロイスもロウランも満身創痍。それでもその瞳には、戦う覚悟が宿っている。
俺は無言で頷き、彼らの意志を受け継ぐように、地下へと飛び込んだ。
中は静まり返っていた。だが、それは死の静寂だった。
倒れ伏した騎士たちが幾人も散らばり、壁には戦闘の爪痕が無数に刻まれている。
『爆槍』が眠る部屋に近づくと、まだ金属のぶつかる音が響いていた。
扉は壊れ、半ば開いたまま。
俺は踏み込む。
部屋の中では、三人の騎士が血に塗れながらも剣を振るっていた。
『爆槍』はまだ地に刺さったまま——奪われてはいない。
その前に、タナトスの姿があった。
「ダレン殿……!」
俺の姿を見た騎士たちは、安堵と歓喜の入り混じった声を上げる。
タナトスは逆に、わずかに顔をしかめた。
「……うーん。テネブリスさんはやられましたか」
「帝国での借りを返しに来たぞ」
「あなたは……いつも邪魔をしてくる……そう、やはり……あなたが……」
何かを呟くタナトスに構わず、俺は踏み込んだ。
剣を振りぬく——その瞬間、目の前に二体の“不死人”が現れた。
槍が閃き、雷が走る。
俺は体をひねって避け、次に迫る剣を受け止めた。
火花が散り、衝撃が腕を痺れさせる。
互いに弾かれるように距離を取った。
「その二体は、私の傑作ですよ。特級冒険者の素材を使っていますからね」
「また趣味の悪いことを……だがな——」
息を吸い、力を解き放つ。
光のような加速。足裏から爆ぜる衝撃。
一閃。
雷が走るよりも速く、二体の不死人は断ち割られていた。
「なっ!? そんな馬鹿な……!」
「次はお前だ、タナトス!」
一気に踏み込み、剣を振り下ろす。
——だが、視界が砂の粒子に覆われた。
圧力が体を押し潰す。
目を庇いながら、反射的に剣を振るい、迫るものを弾き飛ばした。
視界が晴れたとき、タナトスの姿は消えていた。
辺りは砂に覆われ、静寂が戻っていた。
「どこに行った!」
「あ、あの! おそらく上です!」
「上……?」
騎士の指差す方を見上げると、天井には小さな穴が開き、夜空が覗いていた。
周囲には大量の砂。どうやら物質を砂化する遺物を使ったらしい。
「ここは任せた。もう敵はいないはずだ」
「は、はい!」
短く応じ、俺は足を屈めた。
——跳ぶ。
風を切り裂き、地上へと飛翔した。
地上は戦の終焉を迎えつつあった。
不死人はほとんど倒され、騎士たちが息を整えている。
その中で、ヴォイドの影に隠れるようにタナトスの姿を見つける。
俺はその方へ向かって歩き出した。
「……まだ来ますか」
タナトスの声は風に掻き消されそうに弱かった。
腕からは血が流れ、先ほどの一撃で負傷しているのが見て取れる。
「はぁ……失敗か。西で動いていたモルスも討たれたようだ。
ここは退散だね」
「逃げるのか、ヴォイド」
「騎士団長も、そこの老いぼれも……実に骨が折れたよ。
けれど——」
ヴォイドはゆっくりと俺の方を向く。
その声が、不気味なほど穏やかだった。
「彼らが急に力を増したのは、君の仕業だろう。
——『抗う者』、ダレン・クローヴァン」
どこかで聞いた声。
だが思い出せない。記憶に霞がかかっているようだった。
「……誰だ、お前は」
「そうか。認識阻害がまだ働いていたね。なら、挨拶をしよう」
ヴォイドは胸元のネックレスを引きちぎり、仮面を外した。
その顔を見た瞬間、息が詰まった。
あの時——帝国を発つ前に、俺に声を掛けた中年の男。
その目は、何の光も映していなかった。
「……お前、まさか」
「そう。幾度も私たちの計画を壊してきた英雄を、一目見たくてね。
君の鎖は全て解けたようだ」
「何が言いたい? お前は世界を滅ぼして、神にでもなるつもりか?」
「なるのではない。戻すのだよ、この世界を本来の形へ」
ヴォイドは両腕を広げ、まるで演説するように言葉を放つ。
その声は静かな狂気に満ちていた。
「場所は——アドル共和国の湖畔。時は今日から半年後の、満月の夜。
君たちのすべてを賭けて、私を止めに来るといい。
勝てたなら、世界は君たちのものだ。
だが、もし私が勝てば……この世界の破滅と創生を、その目で見せてあげよう」
闇夜の風が吹き抜け、ヴォイドの姿は砂のように崩れ、消えた。
その笑みだけが、闇の中に焼きついて残った。
卒論で忙しさがさらにヒートアップしました
毎日更新を心がけここまで来ましたが、更新頻度少し減らそうと思います。
火曜と木曜、土日の週4投稿に変更したいと思います。
これまで毎日のように追ってくださった皆さんもしばしの休みを堪能ください。




