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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
四章 懺悔と赦し

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十一話 迫る虚無

顔に日差しを受け、その眼を覚ます。

昨日のことが夢のごとく頭に浮かぶ。

しかし、隣を確認するとクラリスの姿がある。

あの『懺悔』も『約束』も夢ではない。現実だった。


俺は体を起こし、未だ寝息を立てるクラリスの前髪をそっと揺らした。

はがされた毛布を掛け直し、静かにその寝顔を一瞥してから、着替えて下へ降りる。


すでに宿のカウンターには、フィデルが朝食をとっているところだった。

俺も宿主に朝食を頼む。


「おはよう、フィデル」

「おう。昨夜はお楽しみだったようだな」

「なんのことだ……?」

「とぼけるなよ。クラリスの気持ちには、とっくに気づいてたさ。相談も受けてたんだ。『ダレンみたいな奴は押せば行ける』って言っておいた」

「……フィデルの入れ知恵か。なら納得だ」


クラリスにしては、あまりにも大胆すぎる行動だった。

確かにこれまでも何をするか分からない面はあったが、それでも彼女は騎士。場はわきまえていた。


「ちゃんと覚えておけよ。思いに向き合うことも、戦いの一部だぜ」

「わかってるさ」

「ほんとかねぇ。ルシアのこともあるが……」

「ルシアがなんだって?」

「なんでもねぇよ」


そう言ってフィデルは口を閉ざし、再び食事に集中した。

俺も宿主から皿を受け取り、対面に座る。


しばらくすると、まだ眠気を帯びたクラリスが姿を見せた。


「おはよう、クラリス」

「あっ……ダレン。お、おはよ」


昨日の大胆な行動が嘘のように、縮こまりながら小さな声で挨拶する。

その様子を見たフィデルの薄ら笑いを、俺は鋭い目で牽制した。

だがすぐに、俺の目は柔らかくなる。


ルシアが言ったように、俺の紡いできたものがこうして形になっている。

三人で並び、共に過ごすこの時間をーーどうしても守りたかった。


ーーーー


そうして月日は流れていく。

三人で修練を積み、ルシアの手伝いをし、ときにロウランと釣りをする。

まるで敵襲を待つ身であることを忘れるほど、穏やかで充実した日々だった。


そして、ついに襲撃が予想される日が訪れた。

時は幾ばくかすれば夕暮れを迎える時。ロイスたちとも短く言葉を交わすが、騎士たちは皆、気を引き締めている。

空気は静まり返り、緊張感が肌を刺した。


「ダレン君、頼んだよ。私たちも全力を尽くす」

「ああ」


ロイスの力のこもった瞳に、俺も短く返す。

彼はふっと笑みを浮かべ、口元を緩めた。

互いに視線を交わし、その場を離れる。

その背中には、確かな意思が宿っていた。


ふと、俺はあの白髪を思い出す。

体は自然と動き、湖のそばにそびえる展望台を目指していた。

彼女がそこにいると、確信するように。


道中、湖に向かって佇むロウランの姿を見つける。

だがいつもと違い、手に持つのは釣竿ではなく剣だった。

その刀身は湖の青を映し、静かな光を宿している。


ロウランは俺の気配に気づき、こちらへ振り向いた。


「珍しいな、ロウランが剣を持つなんて」

「次の戦いには、私も参加します。老いぼれといえど、隠居生活で世話になった街を守るために」


ロウランは湖に向かって構え、音を置き去りにするほどの一振りを放つ。

その剣筋は湖面を切り裂くかのように鋭く、力強かった。

とても前線を退いたとは思えない。


「彼女を探しているんでしょう?展望台に向かって歩いていきましたよ」

「やはり、そうか」

「先日はありがとうございます。彼女の中に迷いが生まれただけでも、それは良き変化です」

「感謝するのは俺の方だ。その迷いをどうするかは、ルシア次第だ」


ロウランはただ穏やかに笑みを返した。

俺も目でそれに応え、別れ、展望台へと向かう。


近づくにつれ、下から見上げた展望台には、白髪が風に揺れる姿が見えた。

俺は足に闘気を込め、体を低く屈める。

そして――跳ぶ。


宙に浮かんだ体は、そのまま展望台の上へ。


「え……?」


突然現れた俺に、ルシアは体勢を崩し、後ろへ倒れかける。


「おっと!」


咄嗟に展望台の中へ入り、彼女の肩を掴んで支えた。


「大丈夫か?」

「ありがとうございます……じゃなくて、ダレンさんが急に現れるからですよ!」


そう言って頬を膨らませ、ルシアは抗議する。

互いに体を支え合ったまま、しばし見つめ合い、そして同時に吹き出した。


「ふふっ……もう大丈夫そうですね、ダレンさん」

「ああ。ルシアたちのおかげだ。それに……戦いはもうすぐだ。自分との闘いは、これまでだ」

「よかったです」


ルシアの笑顔は、夕日と重なり眩しく輝いていた。

だが次の瞬間、彼女の表情にはわずかな影が差し、視線は湖へ向けられた。


「私も……戦いに加わります」

「え?なんでだ?戦闘になるんだぞ」

「私も迷いがありました。でも、今戦わなければ後悔します。そう思ったんです」


突然の言葉に、俺は思わず彼女の肩を掴んだ。

ルシアはそんな俺を見上げ、くすっと笑う。


「大丈夫ですよ。私は『祝福』で回復役に徹します。前線に出れば足手まといですから」

「激しい戦いになるぞ……」

「百も承知です。それに、ダレンさんたちも戦うんですよね? 私も、ご一緒します」


その言葉に、頼もしさと同時に不安が入り混じる。

だが俺は、彼女を守ると決めていた。

何かが起こるなら、俺が受け止める。

それでいい。そうやって一歩ずつ、『赦し』の道を歩めばいい。


「この前の返事は、戦いが終わってから返します。それまで、待っていてくれますか?」

「もちろんだ。どうであろうと、ルシアの選択を俺は尊重する」


その言葉に、ルシアは湖を背に微笑んだ。


ーー戦いが終わったら。


幾度となく『ペンタグラム』と戦ってきた。

結果的にはうまくいったが、どれも苦戦を強いられた。

きっと今回も、それ以上のものとなるだろう。


ーーそれでも。


見つけられた『自己』の形。

紡いできた『信頼』。

歩むことができるようになった『赦し』の道。


今の俺たちなら、きっとどうにかできる。

少しずつ落ちていく夕日を眺めながら、俺はそう思った。


ーーーー


日は暮れ、夜が訪れる。

教会の周囲は、事前に避難を呼びかけられた住民たちの姿もなく、どこか息を潜めたように静まり返っていた。

通りを照らす灯は消え、わずかな月明かりだけが石畳を淡く照らしている。

その静寂の中で、配置についた騎士たちがそれぞれ武器を握りしめ、闇の向こうに意識を張り詰めていた。


俺たち三人は教会の屋根の上、夜気を裂くように吹く風を感じながら、敵の出現を待つ。

ルシアは、教会から少し離れた臨時駐屯所に配置され、指揮の補佐についていた。


湖面を渡ってくる風はひどく冷たかった。

肌に触れるたび、ただの自然の冷たさではなく、何かが迫る前触れのような異様な気配を帯びている。


「冷たいね……」

「いやな風だ」


二人の声が夜の闇に溶ける。

俺は黙して、意識を研ぎ澄ませた。空気の震え一つ見逃すまいと、空間認識を最大限に広げる。

瞬間、強い風が吹き抜け、瓦の上に積もった砂埃が舞う。皆が一瞬だけ目を細めた、その刹那――俺だけは見た。


闇の奥、虚無の空間から滲み出るように、形のない影が姿を現す。

最初は靄のようだったそれが、やがて確かな輪郭を帯び、異形の人影へと変わっていく。


「……来たぞ」


呟いた直後、街の下で誰かが叫ぶ。


「敵襲だーー!!」


その声を合図に、全てが動き出した。

騎士たちは剣を構え、盾を鳴らし、緊張の空気を一斉に震わせる。

そして、教会の正面にそびえる建物の屋根の上――そこに、四つの影が浮かび上がった。


帝国を不死人で蹂躙した男、タナトス。

王国で相まみえた、闇を纏う剣士、テネブリス。

包帯に覆われた全身を黒いローブで隠す、キール。

そして、その三人をまるで従えるように中央に立つ、一人の仮面の人物。


冷たい月光を浴びたその姿は、人ならぬ威圧と狂気を孕んでいた。

白磁のような仮面の奥から、微かに笑みが漏れる。


「さあ――虚ろな夜を、赤き煌めきで満たそうではないか。」


その声は不気味なほど澄んでいて、まるで祈りのように街へ響き渡る。

次の瞬間、地の底から湧き上がるように、無数の不死人が闇を裂いて現れた。

その瞳が赤く輝いた時、静寂に包まれていた街は、一瞬で戦場へと変わる。


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