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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
四章 懺悔と赦し

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十話 懺悔と救い

「それが貴方の全てだったのですね。」


全てを聞き終えたルシアは、静かにそう言葉を落とした。

次に出るのは罵声か、軽蔑か。

俺は前を向くことができず、ただ俯いたまま簡素な机だけを見つめていた。

冷え切った空気の中で、心臓の鼓動だけがやけに響く。


震える指先で、服の中に下げた小さなペンダントをそっと握った。

それは、まだこの胸にわずかに残っている『生』の証のようだった。


「貴方は……そうやってずっと戦い続けてきたんですね。

罪から逃げることに怯え、『痛み』を感じ続けながら。」


ルシアの声は、まるで夜の帳を裂くように静かで、それでいて確かな温度を帯びていた。


「貴方は立派な人ですよ。」

「俺は……逃げ続けてきたんだぞ。変わることもできなかったんだ……。」

「貴方は変えられなかったんじゃなく、変わりゆく時の中で守ったんです。

残ったものは、貴方が大切にしてきた証です。

その『痛み』と向き合い続けてきた。

ーーそれが、生きるということです。」


その言葉が、胸の奥で静かに響いた。

俺は、前世で「生」を間違えていた。

ルシアは、“変わらぬもの”を大切にすることこそが『生』だと言う。

俺は“終わり”までを生と思っていた。塵と化すことまでを『救い』と勘違いしていたのだ。


気づけば、握られたルシアの手が温もりを伝えていた。

俺もそれに応えるように、弱く、だが確かに握り返す。


「その『痛み』の先に、きっと救いがあります。

貴方は苦しみを抱えながらも、誰かを救おうとしてきた。

その分だけ、過去を赦せる日が来るはずです。」

「だが……俺はここまで汚れ、荒み、腐ってしまったんだぞ……。」

「失ったものばかりではありません。

変わりゆく中で、なお変わらなかったものがある。

それこそが、貴方の中に今も生きているものです。」


その瞬間、静まり返った小屋の中で、カチリと鍵の外れる音が響いた。

扉がゆっくりと開き、闇夜の光が差し込む。

ルシアが握っていた手を静かに離すと、その手が温もりを残したまま宙に開かれた。


「ーー汚れた分だけ輝けるさ、ダレン。お前なら。」

「……フィデル。」


振り返ると、そこに立っていたのはフィデルだった。

きっと、全てを聞いていたのだろう。

だがその顔には失望の色はなく、わずかな光に照らされたその笑顔は、眩いほどに優しかった。


「ーーーダレン。」

「……クラリス。」


闇の奥から現れたのは、クラリスだった。

金の髪が夜の光を受けて煌めき、闇の中で確かな輝きを放っていた。

最も聞かれたくなかった相手だった。

弱さを見せることとは別の意味で、全てを見透かされたような気がして、顔を上げることすらできなかった。


「私さ、誓ったんだ。ダレンを救うって。」

「え……?」

「でもずっと救えなかった。苦しむダレンを見ていることしかできなかった。

だけど、これからは違う。

あの『約束』を果たすまで、ダレンが全てを清算できるまで、私は一緒にいる。」

「右に同じだ。」


フィデルが一歩前に出た。


「お前の背負ってるもん、俺たちにも分けてくれよ。

そうやって苦楽を共にするのが仲間ってもんだろ?」


二人は俺の前に立ち、真っすぐに俺を見つめていた。

ーーこの瞳に、何度救われたことか。

吸い込まれるように、差し出された二つの手を握る。

その温もりが、確かに俺の中へと流れ込んでいく。


「クラリス……こんな俺をまだ見捨てないのか……?」

「そんなこと、するはずないよ。

苦しみながらも戦ってきたダレンが、私は好きなんだから。

どんな姿であっても、私の目に映るダレンは変わらないよ。」


クラリスの碧眼が俺を捉えた。

その眼差しに映る自分の姿を、俺は初めて正面から見た気がした。


「フィデル……これからも仲間でいてくれるのか……?」

「当たり前だ。罪だ、赦しだ、難しい話は分からねぇ。

けどな、ダレンの“生き様”を見たいんだ。

あの時、“やめちまえ”って言ったよな?」

「ああ……。」

「だが、そんな生き方も美しいと思ったんだよ。

汚れながらも輝く紅をな。

そんなお前を支えていくこと、それが俺たちの生なんだ。」


フィデルの言葉には、変わらぬ信頼と友情が込められていた。

旅の中で積み重ねた時間が、確かな絆としてそこにあった。


「ーーこれが、貴方がこれまで紡いできたものです。

変わらぬ大事なものは、ここにあるんです。」


背後から、ルシアの声が再び響いた。

白く輝く髪が月光を受けて光を帯び、その姿はまるで赦しを与える女神のようだった。


俺は胸の中のペンダントをもう一度強く握りしめた。


「ダレンさんーー」


その時、ルシアが初めて、まっすぐに俺の名を呼んだ。


「もう一度、生きて償う道を、私たちと歩きませんか?」


その声とともに、これまで背に圧し掛かっていた重荷が少しずつ解けていく。

目の前に立つ三人から、確かな力が流れ込み、

それに呼応するように、俺の中の“痛み”が静かに彼らへと分け与えられていった。


俺はゆっくりと立ち上がる。

闇夜の中で光が差し込み、その一筋が俺を照らした。

扉の隙間から見えた小さな星が、まるで俺を出迎えるように輝いている。


小さく息を吸い、言葉を紡ぐ。


「皆……俺の生き様を見てくれ。

そしてーーこの『痛み』の先に、救いを、俺に与えてくれ。」


それはもう、懺悔ではなかった。

確かにこれまでの歩みの果てに生まれた、決意と祈りだった。


ーーーー


風に揺れる湖を、俺たちは展望台から見下ろしていた。

薄い雲が月を包み、湖面には風の道が走る。

欄干に手をかけ、並んで立つのは俺とルシアだけだった。


「ーーありがとな、ルシア。」


俺はまっすぐにルシアへ伝えた。

その声は風に乗り、確かに彼女の耳へと届いた。

白い髪が肩口で揺れ、月光を受けて淡く光る。


「いえ。ここまで耐えてこられたのは、ダレンさん自身の力です。

私たちは、ただ少しだけ背中を押しただけですよ。」

「それでもだ。ありがとう。」


そう言うと、ルシアはふとこちらを振り向き、やわらかく笑った。

風に揺れる髪を耳元にかける仕草が、どこか儚くも美しい。

見た目はまだ幼さを残す彼女だが、その纏う静かな気高さには、俺など到底敵わないものがあった。

この小さな身体に、どれほどの祈りと責任が宿っているのだろうか――そう思うだけで胸が熱くなる。


俺は、ロウランに託された言葉を思い出し、静かに切り出した。


「恩返しがしたいんだ。ルシア、お前は何がしたい?」

「……何が、したい……ですか?」

「今の役目をすべて放り出して、ただ一人の人間として生きられるとしたら、何をしたい?」

「私は……知らないことを、いっぱい知りたいです。

見て、聞いて、色んな人を、景色を見たい。世界をこの目で、ちゃんと見てみたいです。」

「なら……俺たちと来るか?」

「え……?」


その一言に、ルシアの目が大きく見開かれた。

まさかそんな言葉を聞く日が来るとは思っていなかったのだろう。

瞳の奥に灯るのは希望の光。しかしその奥底には、消えぬ不安の影も揺れていた。


「無理ですよ。私には役目が――」

「ルシアが俺にそうしてくれたように、今度は俺がその道を教えてやる。

背中を押してやる。それでも、駄目か?」

「私は……」


彼女の声が震える。

その小さな唇が閉じ、視線が下を向く。

今まで背負ってきた責務と、自らの願い。その狭間で心が揺れていた。

逃げることへの怖さも、戦うことの怖さも、俺は痛いほど分かっていた。


「次の戦いが終わるまでに考えておいてくれ。

結局は……ルシア次第だ。」


そう告げて、俺は空を見上げた。

雲の切れ間から覗く星が一つ、湖に反射して瞬いていた。

それはまるで、彼女の未来のように見えた。


ーーーー


「今日はありがとうな。フィデル、クラリス。」


宿へ戻るなり、俺は開口一番そう言った。

長い付き合いではない。それでも、俺を仲間と呼んでくれる彼らに伝えるべきは、感謝の言葉しかなかった。


「持ちつ持たれつだろ?」


フィデルが笑いながら肩を叩く。


「次に俺が困った時に、お前が助けてくれればいいさ。」

「もちろんだ。いつでも駆けつける。」

「ははっ、頼もしいな。」


そう言い残し、フィデルは自分の部屋へと戻っていった。

残されたクラリスは、うつむいたまま何も言わない。

顔が見えず、表情が読めなかった。


「……どうした?」


俺が覗き込もうとした時、クラリスの唇がかすかに動いた。


「今日……一緒に寝ていい?」

「……は?」


放たれた言葉の意味を理解できず、俺はその場で固まった。


ーーーー


ーーどうしてこうなった?


暗い部屋の中で、小さなランプの灯だけが揺れている。

寝台には俺、そしてその隣には寝間着姿のクラリス。

結局、彼女の物を言わせない圧に押し切られて、こうなってしまった。


俺は仰向けのまま、できるだけクラリスの方を見ないようにしていた。

部屋には二人きり。

外の喧騒も届かず、ただ静寂だけが満ちていた。

だがその静けさは、すぐに破られる。


「私……ずっと怖かったんだよ。」


クラリスの声が小さく震える。


「ダレンを支えるって決めても、どこかで私だけが置いていかれる気がして……。

私の知らないところで、また遠くへ行っちゃうんじゃないかって……。」

「……ごめんな。これまで、心配ばかりかけて。」

「いいの。私が勝手に決めたことだから。

でも、ダレンがどんなものを背負ってるのかを知って……その気持ちは、もっと強くなったんだよ?」


そう言って、クラリスが俺の腕を掴んだ。

その手は離すまいと強く握られ、意志の熱が伝わってくる。

俺は意を決して彼女の方へ顔を向けた。

ランプの灯りに照らされたその頬は、わずかに赤く火照っていた。


「……私、ダレンが好きなんだよ。

今、伝えなきゃって思ったの。」

「……そう、なのか。」

「うん。でも今は返事はいらない。

ただ、それだけは知っておいてほしかった。」

「……ああ。約束する。

全てを清算し終えたら、必ず答えを返す。

それに……もうどこにも行かない。

俺はもう、逃げない。」


再び『約束』を交わした。

だが、今のそれは重荷ではなかった。

確かに胸の中で温かく紡がれていく。

それは、やがて俺の力になるだろう。そう確信できた。


「……うん。絶対だよ。」

「ああ。」


向かい合ったまま、互いの意思を確かめる。

やがてクラリスは安心したように微笑み、穏やかな寝息を立てはじめた。


「……ダレンの、剣の名前は――」


寝言のように呟いたその声を、俺は黙って聞いていた。

その笑顔が、ランプの灯に照らされ、夜の闇の中で淡く輝く。

それはまるで、闇夜に浮かぶ一つの星のようだった。

本当にこれまで書きたかったエピソード。

ここまでたどり着けたこと、よう頑張ったと自分に言い聞かせてます

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