五話 小さなものたち
「よく来たな、ダレン。おっ、姉さんも一緒か」
待ち合わせの時間に間に合い、俺たちは道場へとやってきた。
「ちょっと見てみたくてねー。いいかしら?」
母が軽く笑って言うと、師匠はにやりと笑い返した。
「構いませんぜ。……よし、ダレン。ついてこい」
案内された先には、五~一五歳ほどの子供が二十人ほど集まっている広場があった。
「お前ら、新しい仲間を紹介するぞ。クローヴァン当主の息子、ダレンだ」
師匠の声に合わせて、子供たちの視線が一斉に俺へ注がれる。
正直こういう注目は苦手だ。ちらりと母の顔を見て、意を決して前に出た。
「……ダレンだ。今日からよろしく」
思った以上にぶっきらぼうな挨拶になってしまった。子供たちからは、興味と戸惑いが入り混じった視線が返ってくる。
「ずいぶん適当な挨拶だな。まあいい。……よし、打ち合いからだ!」
師匠の号令で子供たちはざわつき、一斉に二人組を作りはじめた。
初対面ばかりで二人一組と作れとはずいぶんと無理難題だ。
こういうことは昔から苦手だった。
戸惑っていると――
「おい!俺と組め!勝負してやる!」
声を張り上げてきたのは、いかにもガキ大将といった風格の少年だった。年は同じくらいか。
「助かる。……よし、やろう。君、名前は?」
「カイルだ!覚えとけよ!」
胸を張って名乗るその姿に、思わず口元が緩む。木剣を構え、向き合った。
「カイル、いつでもいいぞ」
「当主様の息子だからって、ここじゃ容赦しねえぞ!」
その言葉に少し驚いたが、逆にありがたかった。ここでは皆が平等らしい。
カイルが大振りの剣を振り下ろしてくる。
フェイントはなく、力任せの大振り。
俺は身をかがめてかわし、木剣で彼の腹を軽く突いた。
「ぐっ……! くっそぉ、まだまだだ!」
今度は横薙ぎの一撃。俺は剣を合わせ、火花のような衝撃が手に響く。
カイルの強みはこの腕力だろう。確かに同年代の中では頭一つ抜けているだろう。
「だが……」
力任せに押してくる剣を横へ流し、再び腹へ一撃。
「ぐああ……いってぇ……! こ、降参だ!」
カイルが呻きながらも負けを認める。
俺は木剣を下ろしながら、内心で思案していた。
師匠の稽古を受けて、こんなものなのだろうか。闘気もろくに使えていない。
「どうだ、ダレン。同い年と初めてやった感想は?」
師匠が歩み寄ってくる。
「……正直、想像していたものとは違った。なんで師匠がついていて?」
「八歳の子供なんざこんなもんだ。お前が変なんだよ。今まで相手が俺や兄貴しかいなかったから、違和感を覚えただけだ」
言われてみればその通りだった。俺は父と師匠以外の剣を知らなかった。だからこそ、この経験は貴重だ。
「それにな、カイルの剣は“まっすぐ”だっただろう?」
「……ああ」
「お前は相手も自分も見すぎてる。今はいいが、それは時に枷になるかもしれん」
師匠の言葉の意味は、またも理解できなかった。だが父は以前、「あいつは剣を通して何かを探している」と言っていた。
きっと、師匠にしか見えない景色があるのだろう。
「じゃあ私はどうすれば?」
「多くの人と関われ。言葉でも剣でもいい。今のお前にはそれが必要だ」
なるほど。剣を学ばせるだけでなく、仲間との関わりを持たせようとしてくれているのか。
「見かけによらず優しいな、師匠は」
「なんだそれ、悪口か!?」
「いや、褒めてるんだ」
気づけば笑っていた。こうして自分を見てくれる人たちに囲まれていることが、妙に嬉しかった。
その時、カイルが立ち上がり、俺の前に来た。
「お前は強い……それは認める! だが次は勝つ!」
真っ直ぐな目。俺にはもう失っていたものを、この子たちは持っている。
「ああ、いつでも相手になる。これからよろしくな」
俺が差し出した手を、カイルは悔しさを滲ませつつも強く握り返した。
きっと、彼は将来強い男になる――そう感じた。
――――――――
「「ありがとうございました!」」
道場での稽古は無事に終わり、解散となった。
周囲が散っていく中、二人の子どもがこちらへ駆け寄ってきた。
「ねえ、あのカイルを倒すなんて、すごいじゃない!」
茶髪のおさげを揺らした少女――ミルが目を輝かせる。
「ぼ、僕も……すごいと思った」
少しおどおどした少年――キールも続いた。
「今回はたまたまだ! 次こそは勝つ!」
横からカイルが声を張り上げる。
ミルはくすりと笑って言った。
「負け惜しみはいいわよ。ねえダレン、これから四人で遊びに行かない?」
俺は少し迷い、近くにいた母へ目を向けた。
母はやさしく微笑む。
「いいわよ。少しぐらい。思い切り遊んでらっしゃい」
「ありがとうございます、母様。では行ってきます」
母に頭を下げ、俺は三人とともに畑の向こうへと歩いた。
やがて、ひときわ大きな木の前にたどり着く。
「これは……すごいな」
その荘厳さに、思わず息をのむ。
「この木ね、街のご神木なんだって。五百年前からあるらしいよ」
キールが得意げに言った。
「よく知っているな」
「街の神父様が教えてくれたんだ」
頬を赤らめつつも、キールは誇らしげだった。
「よし、誰があの枝まで早く登れるか競争しようぜ!」
カイルが勢いよく提案する。
俺は腕を組み、渋い顔をした。
「……ご神木に登るのは、どうなんだ?」
するとキールが慌てて首を振る。
「大丈夫だよ。普段から子どもたちが遊んでるし、むしろ触れ合うことが大事なんだって」
宗教に疎い俺は少し引っかかったが、どうやら杞憂らしい。
「今日はダレンがいるから、勝負はわからないわね」
「ふん、俺が勝つに決まってる!」
ミルとカイルが笑い、勝負は始まった。
三人が木を登りはじめる。剣術を習うだけあって動きは軽快だが、やはりカイルが一歩抜けていた。
「……少々、大人げないが」
俺は息を整え、闘気を巡らせると、一気に跳躍した。
片手で幹のこぶを掴み、その反動で高く跳ね上がる。
「な、なんだそれ!」
驚きの声を背に、俺は瞬く間に太い枝へ腰を下ろした。
「すご……」
「ダレン君、速すぎ……!」
「くそっ!」
三人三様の声が響く。
やがてカイルが続き、ミル、キールも枝にたどり着いた。
「おい! 今の技はなんだ!」
「闘気だ」
俺は簡潔に答えた。
「知ってる! でも八歳で使いこなせるはずないだろ!」
「そうよ。師匠も十五でようやく実戦で使えたって言ってたわ」
二人の言葉に俺は頷いた。
「少し覚えるのが早かっただけだ。そのうちお前たちもできる」
とはいえ、心の中では考える。
――これは前世の影響だろう。認知と制御の差だ。
「じゃあさ、その枝折ってみろよ!」
カイルが指さしたのは、幹から突き出た太い枝の先に伸びる、少し小さめの枝だった。
「大人の斧でも切れなかったんだ。どうせ無理だろ」
「でもちょっと見てみたいな」
「やってみてもいいんじゃない?」
ミルとキールも興味津々だ。
俺は少し迷い、そして立ち上がった。
「……やってみるか」
枝の前に立ち、闘気を腕に集中させる。
引き絞った拳を思い切り振りぬき、インパクトの瞬間に闘気を解放した。
「……っ!」
鈍い衝撃音。枝全体が震え、次の瞬間――
大人の腕よりも大きな枝が、根元から折れて落ちた。
「……え?」
三人の声が重なる。
「すごい!」
「ほんとに折った……!」
「ま、まじか……」
キールとミルは歓声を上げ、カイルだけが呆然と立ち尽くしていた。
俺は折れた枝を見下ろし、拳を握りしめる。
「初めてだったが……ここまでとはな」
確かな手応えがあった。俺の闘気は、すでに一つの形を持ちつつある。
そして周りから褒められるのは悪い気持ちでもなかったが、ずるをしたような気分で後ろめたさもあった。
「いったん戻ろうか」
俺は短く告げ、三人と共に折れた枝を抱えた。
そして少し痛みを伴う拳を感じながらその場を後にした。




