九話 罪の告白
今日は二本立てになります
ルシアの一言に体が固まる。
閉じられた部屋に残され、逃げ場を失ったまま、なんとか唇を動かし、言葉を絞り出した。
「な、なんでそこまでするんだ?」
「貴方を救いたいと思っている人がいる。——私も、その一人です」
「なんでだ? 俺とルシアは知り合ったばかりだろう……?」
救いたいと思っている人たち。言わずともわかる。
——クラリスとフィデル。
二人は普段ふざけているようでいて、よく周りを見ている。きっと彼らなら、俺の背負っているものを感じ取り、助けようと動くだろう。
だが、ルシアだけは違った。彼女だけは、俺には読めなかった。
「貴方を初めて見た時から、背負っている重さを、そして『罪』を見ました。それは一緒に過ごすたび、少しずつ形を持って見えてきた。だからこそ……その罪から、その痛みから、貴方を救いたいのです」
「だから……! ここまでする理由にはなってないだろ……」
「私はこれでもシスターです。ダレンさん、私には役目が、責務があります。けれど……貴方だからこそ救いたいと思った。それでは、ダメですか?」
ルシアの声は迫真に迫り、その勢いを強く感じさせた。
顔は見えずとも、きっと慈愛に満ちた笑みを浮かべていることだろう。
だが俺は、その優しい声に、差し出された手を取るわけにはいかなかった。
「……俺の罪は、もう赦されることはない。誰にも、そんなことはできないんだ。それにここは神に対してだろう? それはただの自己満足だ。なんの赦しにもなりはしない……」
「だからって、そのまま背負ったものに潰されていくんですか? ——なら、神ではなく『私』に語ってください」
「ルシアに……?」
「はい……私にです」
その言葉と同時に、唯一開いた小さな隙間から、白い手が伸びてくる。
その手は探るように空を揺れ、そして、俺の手を掴んだ。
「貴方は強い。だからこそ、その剣が自分に向いた時、鋭い脅威となる。貴方はそうやって、自分を傷つけてきたんですよね。——もう、赦してあげてもいいじゃないですか」
「だから……赦してくれる相手は、もういないんだよ……!」
「違います……! 罪そのものではなく、罪を背負った貴方自身を、赦してあげてください!」
その言葉に、唇を噛みしめながら白く澄んだ手を強く握る。
それは力となり、握り返される。
込められた力は強くはなかったが、包み込むような優しさが確かにあった。
「懺悔は、神のためでも、罪のためでもありません。
生きている私たちが、自分を赦すためにあるものです。
——だからどうか、『私』に、『私たち』に話してください……!」
その瞬間、俺の中で何かが壊れた気がした。
心の奥でひびが入り、砕けていく音が聞こえる。
頭が軽くなり、握った手から徐々に力が抜けていった。
「俺に……赦される価値はあるのか……?」
「——私が認めます」
「俺に……赦される場所はあるのか……?」
「——私が作ります」
「俺は……この『痛み』とどう向き合っていけばいい……?」
「——私がいます。皆がいます。貴方は一人じゃない。貴方は、赦されていいんです」
俺はためらうことなく、ただその眼から熱がこぼれ落ちた。
顔は見えなくとも、その姿を晒すことが怖かった。
——だけど、もうそんなことはどうでもよかった。
ただ差し出された手に、すがるしかなかった。
錦糸のように細く、柔らかなその手のひらを握り込み、
額の前で祈るように、俺は嗚咽した。
ルシアはそんな俺を、ただ待っていた。
何も言わず、すべてを受け入れるように、俺の手をそっと包み込む。
「ルシア……」
「はい。私はここにいます」
「話しても……いいか?」
「はい。貴方の思いを聞かせてください。そして、その『痛み』を私に分けてください」
「……じゃあ、話すぞ——」
そうして俺は、この場で告白を始めた。
それは神のもとでもなく、一人の女性に語るものだった。
顔は見えずとも、そこに立つ彼女は、罪人の前に立つ女神そのもの。
きっと俺は、そんな彼女に引き寄せられたのだ。
そして彼女も、そんな罪人を放っておくことなどできなかったのだろう。
それは今世だけでなく、前世から背負ってきた全ての罪と重荷。
——俺はこの場所で、すべてを曝け出した。
ーーーー
「それはもう——遥か前のことだ」
俺は前世のことを語り出す。
生まれた家庭は、ごく普通の両親と兄弟が揃った家だった。
だが幼い頃、何かをやらかすたびに——暗く、光の一つも入らない部屋に閉じ込められた。
『助けて……暗くて……怖いよ……』
どれだけ泣き叫んでも、夜が明けるまで扉は開かなかった。
それが“普通”だと信じていた。
だが、周りの子どもたちと話すうちにようやく気づいた。
——おかしいのは、俺の方だった。
やりたいことは許されず、やめたいこともやめられず。
まるで鳥かごの中で羽ばたこうとする鳥のように、俺の人生は閉じられていた。
そんな俺にも転機が訪れた。
どうしても行きたい高校があった。
当然、親の反対は受けた。
『俺に……受けさせてください……!』
地面に額をこすりつけ、自分の両親に頭を下げた。
これが、人生で初めての土下座だった。
受験は許され、合格もした。
けれどそれから、家族の溝は開く一方だった。
会話は消え、目を合わせることすら怖くなった。
そして月日は流れ、壊れかけた関係に終止符が打たれた。
家庭のストレスか、あるいは解放の反動か。
俺は煙草を好んで吸うようになっていた。
——だが、それが悪夢の始まりだった。
闇夜に光る赤い炎。ざわめく人々の声。鳴り響くサイレン。
それはまるで夢のようで、だが現実だった。
「な……なんで……」
何気なく消したと思っていた火は、業火と化した。
幸い死人は出なかった。
だが人の暮らしを、思い出を、灰に変えてしまった。
結局、証拠は残らず容疑だけで終わった。
だが、俺にかけられたのは容疑だけじゃない。——それは『呪い』だった。
両親からは罵声。
『生きてきた全てが間違いだ』
『あんたのせいで家族は終わりだ!』
『生まなきゃよかった』
『お前はもう人じゃない』
その言葉は、壊れかけていた俺の心を完全に打ち砕いた。
どこかで、誰かが助けてくれると信じていた。
——だが、それは空虚な妄想にすぎなかった。
次第に、俺は自分が悪いとすべてを呑み込んでいった。
励まそうとしてくれた友や恋人の声も、次第に掠れて聞こえなくなった。
『俺に……生きる価値なんて……ない』
そう思い、闇夜の中で銀色に輝く刃を突き立てようとした。
——だが、その手は止まった。
『なんでだ……なんでなんだ!』
醜く喚き散らす声が、夜に響いた。
それでも俺は生きた。
全てから逃げ、ただ“死なずにいる”ことだけが生きることになっていた。
最後の足掻きが、あの夜だった。
気づけば腹にナイフを突き立てられ、流れる赤を見て思った。
——これが『生』なのだと。
それが、俺の一つ目の『罪』。
誰かのせいにして、家族も仲間も傷つけ、楽な方へ逃げた。
心は荒み、腐っていくままに罪から背を向けた。
そして二つ目の『罪』。
場面は変わり、何の因果か、与えられた二度目の人生。
身体が、世界が変わっても——俺は変わらなかった。
強くなり、今度こそ守ると誓った。
けれどまた、あの闇夜の中でその誓いは儚く散った。
母から流れる血。
街を包む業火。
全てを失った。
全ては俺の弱さのせいだった。
父に、師に誓って剣を磨き続けた。
だがそれは、痛みから目を逸らすための言い訳でしかなかった。
——それが、俺の二つ目の『罪』。
変わると誓った“約束”を果たせず、向き合ってこなかったこと。
これが俺の『懺悔』だ。
変わろうと思っても、人はそんなに簡単に変われやしない。
結局、俺はまた同じ自分を繰り返していた。
「——これが……俺の『罪』だ」
小さな小屋の中で、俺の声は散って落ちていった。
まるで、懺悔の余韻が空気に溶けて消えていくように。




