八話 逆光
今日は遅くなりました。
「ダレンさん……?」
ルシアが瞳を揺らしながら、俺を見つめていた。
昨日の情けない姿を思い出し、胸がざらつく。
その視線から逃げられずにいると、彼女はそっと口元を緩め、笑みを作った。
「昨日ぶりですね。ロウランさんと一緒だったんですか?」
「あ、ああ……一緒に釣りをしてきてな」
どもりながらも、できるだけ自然に会話を続ける。
「ダレンも良かったら一緒にどう?」
隣でクラリスが明るく言った。その声に救われる思いだったが、気まずさは拭えない。
俺は助けを求めるようにロウランを見た。
しかし彼は静かに首を振り、手にした魚を掲げる。
「私は魚の処理をしなければなりませんので、ここで失礼しますね。……頼みましたよ、ダレンさん」
耳元で低く囁くと、ロウランは悠々と去っていった。
逃げ場を失った俺は、観念して二人の方を向く。
ルシアは終始、穏やかな笑みを崩さなかった。
「そういえばフィデルはどうしたんだ?」
「フィデルなら、修練を終えてまた一人でどこかに行ったよ」
「そうなのか……」
なんとも言えぬ沈黙が流れる。
この場に仲裁役がいればと心の中で嘆いたが、そううまくはいかなかった。
そのまま、半ば強制的に三人で行動を共にすることになった。
「ここの服飾店はすごくおすすめですよ」
「いいねー!ちょっと入ってみよ!」
ルシアの案内で街角の洋服店へ入る。
店内は女性向けの服がほとんどで、男性ものは片隅に少し並ぶ程度だった。
俺は二人の様子を少し離れて眺めた。
まだ出会って間もないのに、服を選び合う姿はまるで姉妹のようだった。
はしゃぐクラリスと、それを見て笑うルシア。
その光景に、胸のどこかが穏やかに満たされていく。自然と口元に笑みが浮かんだ。
「旦那はどっちが狙いなんだい?」
不意に耳元でそんな声がして、思わず振り向く。
そこには口ひげを蓄えた中年の男が立っていた。
「どういう意味だ……?」
「とぼけるなよ。年頃の娘を二人も連れてきたんだ、相当なやり手だろ。まさか……どっちもってことはねぇよな?」
「どっちともそういう関係じゃない。勘違いするな」
「ルシアの嬢ちゃんはまだわかるが、金髪の子はずいぶん親しげだったじゃねぇか」
絡みつくような言葉に、俺は苦笑いを浮かべながら少しずつ距離を取ろうとする。
助けを求めて視線を向けても、二人は服選びに夢中だ。
仕方なく諦めかけたそのとき――男の襟首が、後ろから掴まれた。
「お客さんに絡んでんじゃないよ、馬鹿亭主。仕事しな!」
「けどよ……気になるじゃねぇか」
「私たちが口出すことじゃないよ。まったく、嫌な趣味だね。ごめんなさいね、ほら行くよ」
店の奥から現れた女性が、男の襟を引っ張って奥へと連れていく。
どうやら店主とその奥さんだったようだ。
場がようやく落ち着き、俺は息をつく。
そのとき、袖口が軽く引かれた。
「じゃーん。どう、これ。似合ってる?」
「恥ずかしいですね……あまりこういった格好をすることはないので」
振り返ると、白いワンピースを着たクラリスと、黒を基調としたワンピース姿のルシアが立っていた。
見慣れない装いに思わず息をのむ。
言葉が出てこない。
「ダレン?」
「あ、ああ。二人とも……よく似合ってると思う」
「なんか適当ー。ねぇ、ルシア?」
「そうですね。ダレンさん、心のままに言った方がいいですよ?」
ルシアがくすりと笑う。
その目には、昨日とは違う柔らかい光が宿っていた。
遠回しな揶揄いに苦笑するが、こうして軽口を交わせるようになったことが、どこか嬉しかった。
「そうからかうな。正直に言ったまでだ」
「つまんないなー。ね、ルシア、他も見てみよ!」
「そうですね、クラリス」
気づけば、ルシアが自然にクラリスを呼び捨てにしていた。
二人は再び服選びに夢中になり、結局それぞれ二着ずつ購入して店を出た。
「今日はありがとう、ルシア」
「いえ。私も久しぶりに服を見られて楽しかったです」
夕暮れの光が街並みを赤く染める中、三人で並んで歩く。
遠くで鐘の音が響いた。
「そうだ、ダレン。明日、模擬戦やらない?」
「いいが……成果があったのか?
「まあね。ちょっと見てほしいものがあるんだ。あ、ルシアも来る?」
「そうですね……昼頃であれば問題ありませんよ」
明日の修練の予定が決まり、三人は再び笑いながら歩を進めた。
やがて教会の前へ辿り着く。
「じゃあ、今日はありがと。また明日ね」
「ああ。またな、ルシア」
「はい。お二人とも――またいつでも話をしに来てくださいね」
ルシアは微笑みながらそう言い、ふと俺の方へ一歩近づく。
耳元で何かを囁くと、いたずらっぽい笑みを残して教会の中へ消えていった。
その声の余韻が、しばらく胸の奥に残った。
「……秘密の話でもしてたの?」
クラリスが少し拗ねたような口調で言う。
「なんでそうなる……?」
「だって昨日も会ってたんでしょ? ルシアから色々聞いたよ」
「色々って?」
「それは内緒。――じゃあ、帰ろっか」
口元に指を立て、ひらりと体を翻すクラリス。
夕焼けに金の髪が揺れ、光を弾いた。
俺は思わず目を細め、その背を追うように小走りで駆け出した。
ーーーー
「二対一でやるのか?」
「俺は弓だし、一対一には不向きだろうよ」
「私だって、ダレンに勝てる自信はまだないかな。しかも今回は実験の体でもあるしね」
翌日、昼頃。俺たち三人は探索者協会の修練場へ向かっていた。
クラリスとフィデルは、何やら見せたいものがあるらしく、朝から終始にやついた笑みを浮かべている。
「皆さん、くれぐれも怪我にはお気を付けて。いざという時は私がいますので、安心してください」
「ありがとね、ルシア」
「ああ。危険かもしれないから、下がって見ていてくれ」
ルシアを修練場の端に立たせ、俺たちは中央に立った。
正面にはクラリス。後方には弓を構えるフィデル。
二人は静かに目を閉じ、集中するように呼吸を整えた。
次の瞬間、空気の流れが変わる。俺の空間認識が、彼らからいつもとは違う気配を感じ取った。
「まさか……」
「それじゃあ——行くよ!」
クラリスがそう叫ぶと同時に、白と青の閃光が爆ぜ、修練場を満たした。
ーーーー
「かぁー……あと少しだったのにな」
「あと一歩だったね。それにダレンのあれは予想外だったよ」
模擬戦が終わり、互いに隠し持っていた切り札を出し合った結果は、引き分けに近かった。
二人は地面に座り込み、息を整えている。
俺は地に突き立てた剣を抜き、静かに鞘に納めた。
「俺も驚いたがな。まさか二人がそこまでできるようになっていたとは」
「まだ粗削りだけどな」
「これで少しはダレンに近づけたかな〜」
「皆さん、お疲れ様です。こちら、水です」
ルシアが三人分の水を手に歩み寄ってきた。
俺に手渡しながら、静かに微笑む。
「少しは気が晴れましたか?」
「ん?」
「昨日、そして今日も……なんだか気まずそうでしたから」
「あ、ああ。まぁ……少しはな」
彼女は微笑みを崩さず、ただ静かに俺を見上げていた。
その視線はどこまでも穏やかで、しかし逃げ場のない温かさを持っていた。
俺はそのまま目を逸らせずにいたが、ちょうどその時——修練場の扉が開く音が響いた。
「ここにいましたか。ダレンさん、お話よろしいですか?」
「ロウランか。少し席を外す」
俺は三人にそう告げ、ロウランのもとへ歩み寄った。
扉の外で立ち止まり、彼に問いかける。
「それで、何か用か?」
「いえ、大した用ではありません。今日の夜、何かご予定はありますか?」
「いや……特にないが」
「それはよかったです。今日はおすすめの料理がありまして——」
……拍子抜けするほど他愛のない話だった。
夕食の献立や調味料の話などを延々と語るロウラン。
何が言いたいのか分からず相槌を打っていると、ようやく締めくくるように言った。
「つまり何が言いたいんだ?」
「今日の夜は“お楽しみ”だということです」
「……そんなことを言うためにわざわざ?」
「ええ」
ロウランは満足げに頷くと、そのまま背を向けて去っていった。
釈然としないまま修練場に戻ると、三人は何事もなかったかのように談笑していた。
「あ、ダレンさん。今日もお手伝い、よろしいですか?」
「ああ。大丈夫だが」
「私たちはちょっと用があるから外すね」
「ダレン、またな」
二人はそそくさと去っていき、扉が静かに閉まる。
残されたのは、俺とルシア。
空間が急に静まり返り、二人の息づかいだけが残った。
「……私たちも行きましょうか」
ルシアは口元にいたずらな笑みを浮かべ、俺を促した。
その後は前と同じように、街の手伝いを回り、孤児院にも顔を出した。
一日を通して、ルシアは終始穏やかだった。まるで“何かを待っている”かのように。
そして最後に辿り着いたのは——教会の懺悔室だった。
「ダレンさん、こちらにどうぞ」
「ん?いや、だがここは……」
「いいですから」
言われるままに、半ば押し込まれるように中へ入る。
扉が閉まり、カチリと鍵の音が響いた。
今回は外側から完全に施錠されたらしい。
部屋の中は狭く、椅子が一脚置かれているだけだった。
正面の壁には、小さな穴。
——ここは、懺悔室の中。
息を整えて待つと、壁の向こうから足音が聞こえた。
そして、柔らかな声が静かに響く。
「それでは——貴方の心のままに、吐き出してください」
ルシアの声。
その瞬間、空気が変わる。
俺は拳を握り、俯いた。
この場所は罪を告白し、赦しを乞う場。
だが俺にとっては、首を差し出すような——
罪人が裁きを受ける場にしか思えなかった。
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