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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
四章 懺悔と赦し

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六話 心のままに

『爆槍』を前に、誰もが息を呑んだ。

床に深く突き立ったままのその遺物は、見る者を圧するような異様な力を放っていた。


「これが……ダムナを作り出した元凶……」

「もとはベタレイ皇国が所有していたものです。それを、何者かが……」


ロウランはそこまで言うと、言葉を濁した。

だが俺の脳裏には、かつて“影の男”が呟いた言葉が蘇る。

――ダムナの惨劇を引き起こした真の元凶は、別にいる。


「これが今回の敵の狙いです。奪われぬよう守るのが、我々の任務となります」


「これほど厳重に管理されてるんだ。そう簡単にはいかねぇだろうよ」

「とはいえ、相手は『ペンタグラム』だ。奴らなら、突破を試みるだろう――フィデル」


軽口を叩いたフィデルに、俺は低く釘を刺した。

王国が焼け落ちた惨状を思い出したのだろう。フィデルは口を閉ざす。

ルシアもまた黙り込み、『爆槍』を静かに見つめていた。


こうして目的の確認を終えると、俺たちは地下から地上へと戻った。

教会の扉を抜けると、眩しい光が差し込んでくる。

長い闇の中を歩いていたせいか、陽光がやけに暖かく感じられた。


「とりあえず今日はここまでです。

あとはルイス殿が数日後に到着しますので、それまでは待機をお願いします」


ロウランはそう言って俺たちに軽く礼をし、背を向けて去っていった。


「じゃあ俺は、ちょっと探索者協会に行ってくるわ」

「なら、私も行こうかな。最近、少し掴めてきた気がするんだよね」

「なら俺も――」


一緒に行こうとした俺に、二人はなぜか妙な表情を浮かべ、すぐさま反対の意思を示した。

そのまま背を向け、何かを隠すように去っていく。


ぽつんと取り残された俺とルシア。

何とも言えない沈黙が、あたりを包んだ。


やがて、ルシアがふっと吹き出して笑った。


「ふふっ……仲間外れにされちゃいましたね」

「笑いごとじゃないんだが……なんなんだ、あいつら」

「……でも、信頼し合っている関係なんですね。少し、羨ましいです」


その言葉とともに、ルシアの表情に一瞬だけ影が差した。

何かを思い出したような、寂しげな微笑み。

彼女は小さく頭を下げると、静かに教会の中へ戻っていった。


「さて……どうすっかな」


一人残された俺は、思わず独り言のように呟いた。


――――


結局やることもなく、宿に戻って庭で修練を始めた。

黒い剣の力を自在に引き出す訓練。

最近ようやく感覚が掴めかけている。


集中を切らさぬよう呼吸を整え、剣を地に突き立てる。

長時間の修練の末、息を吐きながら剣を抜いた。


「……これなら、いけるか」


『ペンタグラム』が本腰を入れて襲撃してくる。

それに備えて、俺も強くならなければならない。

あの二人も、それぞれの形で力をつけようとしている。

誰もが、万全の態勢で奴らの企みを阻止しようとしていた。


息をついた瞬間――ふと、ルシアの顔が脳裏をよぎった。

男と女、そんな単純な関係ではない。

それはもっと、心の奥底を静かに揺らすような……言葉にできない感情だった。


俺は剣を肩に担ぎ、見上げた。

澄み渡る深い青の空が、どこまでも広がっていた。


ーーーー


翌日を迎えても、二人は俺に隠れて修練を続けていた。

俺もまた自主的に鍛錬を行っていたが、どうにも心が騒ぎ落ち着かない。

剣を納め、宿を出て街を歩くことにした。


行き交う人々の声や、商人の呼び込み。

日常の喧騒が、逆に俺の胸の奥を静かに締めつけていく。


そんな中――


「いつもありがとねぇ、ルシアさん」

「いえ。これも街のためですから」


耳がその声を捉えた。

どこかで聞いた穏やかな声音。

視線を向けると、やはりそこには白い髪が揺れていた。


「……何やってるんだ、ルシア」

「あ、ダレンさん。こんにちは。街の手伝いをしていたんです」


ルシアの前には、縫いかけの衣服がいくつも積まれていた。

老婦人が針を進めているが、その手つきはゆっくりとしている。

ルシアは彼女を手伝い、残りの衣服をすべて仕上げたところのようだった。


「いつもこういうことをしているのか?」

「はい。この街の人たちが少しでも暮らしやすくなるように、手伝いをしているんです」

「……ついていってもいいか?」

「え?……そうですね。では」


ルシアは軽く微笑み、老婦人に別れを告げて歩き出した。

俺はその背を追い、彼女の手伝いを続けていった。


店の掃除、荷運び、子どもたちの世話――。

一つひとつの手伝いは小さくても、街の至るところに“ルシアの居場所”があった。


そして、最後に辿り着いたのは孤児院だった。


「みんな!今日はダレンお兄さんが来てくれたよー!」

「だれー?」

「ルシアちゃんの男ー?」

「違うよー」


十人ほどの子どもたちが一斉に駆け寄ってくる。

俺は腰をかがめて相手をするが、彼らは好奇心いっぱいの目で俺を見上げていた。


「お兄さん、こわいー!」

「たいじだー!」

「お、おい……!」


小さな手が次々と俺に飛びかかってくる。

肩や足を引っ張られ、もはや逃げ場がない。

俺は苦笑しながらも、ルシアの笑い声に背中を押されるように、子どもたちの遊びに付き合った。


「て、敵だぞー! 倒しちゃうぞー!」


下手な演技を交えながら、子どもたちの“攻撃”を受け流していく。

やがてわざと倒れてみせると、歓声が上がった。


「やったー!」「てきをたおしたー!」

「ねぇ、もう一回やろう!こわいお兄さん!」


どれほど時間が過ぎたのか分からないほど、戦いは続いた。


「はい、みんなそれまで!おやつの時間ですよー!」


シスターの声が響くと、子どもたちは一瞬で走り去った。

さっきまでの喧騒が嘘のように、静かな空気が戻る。


「お疲れさまでした」

「ああ……ありがとう」

「ふふっ、面白かったですよ」

「子どもの体力は侮れないな……」


差し出された手拭いで汗をぬぐい、俺はようやく腰を下ろした。

実戦とはまるで違う、どこか温かい疲労だった。


「はぁ……今日はこれで終わりか?」

「いえ。最後に教会があります」

「まだ……あるのか」


想像以上の活動量に、思わずため息がこぼれる。

だがルシアは涼しい顔のまま、当然のように歩き出した。

少し休憩を取ったのち、俺は再び彼女についていく。


「ダレンさんは、そこにいて聞いていてください」


そう言ってルシアは、教会の隣にある小さな小屋へ入っていった。

促されるまま、俺も中の押し入れのような場所に身を潜める。


何が始まるのかと息を潜めていると、扉の音がした。


「あの……いいですか?」

「ええ。顔は見せなくて大丈夫です。ご自身の心のままにお話しください」

「では……」


入ってきた男の声は、震えていた。

そして彼は、堰を切ったように語り始めた。


母の手伝いをせず、自分勝手に生きてきたこと。

その母が今、過労で倒れ、店も続けられなくなったこと。

全て自分のせいだと、懺悔するように吐き出していく。


「全部……自分が悪いんです。母を大切にしなかったばかりに……!」


その叫びは小屋の中に響き渡った。

顔は見えずとも、その痛みの深さが胸に伝わってくる。


「確かに、あなたの行いは母親に対して褒められるものではありません」

「……はい」

「けれど、あなたは自分の罪を認め、痛みを感じている。その『痛み』こそが、あなたに与えられた罰です」


――痛みが罰。


その言葉が、俺の胸の奥を強く締めつけた。


「ですが……私は、どうすればいいのでしょうか」

「過去は変えられません。でも、今あるものを大切にしてください。

もし母を思うなら、謝罪し、感謝を伝えなさい。

行動を起こしたいなら、その店を再び支える方法を探しましょう」


懺悔に迷う男に、ルシアは穏やかに言葉を重ねた。

その声は優しく、それでいて強かった。

『赦し』ではなく、“向き合わせる”言葉。


それは、俺自身の心にも突き刺さる。

俺も、ずっと逃げていたのかもしれない。


「ありがとうございます……!」

「あなたは神の名のもとに赦しを得ました。この先も、女神の加護があらんことを」


ルシアの祈りが終わる頃、男の声は来た時よりもずっと穏やかだった。


一部始終を聞き終え、俺は胸に手を当てる。

これまで抱えてきた『痛み』。

それを罰と呼ぶなら、俺は……。


その後も数人が訪れ、それぞれが自分の罪を語っていった。

罪の重さに差はあれど、皆がそれを『痛み』として抱えていた。

そして、ルシアは一人ひとりに寄り添い、祈りを捧げ続けた。


やがて全てが終わり、静寂が戻る。


「もう出てきてもいいですよ?」


ルシアの声に従い、小屋を出る。

彼女はすでに鍵を閉め、教会の中へと歩みを進めていた。

俺もその後を追う。


ルシアは一言も発さず、女神像の前に立ち、静かに祈りを捧げていた。

その横顔を、俺はただ黙って見つめていた。


――光の中に立つ彼女は、あまりにも静かで、美しかった。





人物紹介とか章ごとにした方がいいですかね?

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