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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
四章 懺悔と赦し

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二話 重圧

自らに迫る拳を避け、俺は再び後ろへと下がった。

ブラストは眉をわずかに落とし、顔を歪ませる。


「逃げてばっかじゃあかんぞ」

「分かってるさ……」


低く呟き返す。

再び、拳によって割れた地面に目をやった。

そこには蜘蛛の巣状の亀裂が走り、粉塵がまだ舞っている。

視線を拳に戻すと、ブラストの拳には武器が装着されていた。

それはメリケンサックのような拳鍔を、手袋状に合わせたものだった。

その拳には闘気が渦巻き、まるで炎のように膨張している。


ーー闘気の総量が元々桁違いな上に、遺物による増幅か。

納得の威力だ。


俺は静かに目を閉じ、集中した。

体内に流れる紅い光をさらに練り上げ、足と剣へと流し込む。

あの闘気の渦を、俺自身の力で模倣するように。


ブラストはその意図を察知したのか、再び間合いを詰めてくる。

俺は息を吸い、目を開けた瞬間、全力で踏み込み、迫る拳を剣で受け止めた。


「……やるのぉ。ならば!」


力と力がぶつかり合い、重い衝撃が腕を伝って体中を震わせる。

地響きのような音が戦場に轟く。

しかしブラストは手を止めなかった。

続けざまに、岩を砕くような連打が俺を襲う。

その拳の一撃一撃が、まるで巨石が落ちてくるかのようだ。


だが、俺はそれを受け止め続けた。

全ての打撃の中心——拳鍔の芯を見極め、剣の刃で正確に弾く。

火花が散り、鉄の匂いが辺りに広がる。


一向に決定打がないまま、互いに距離を詰め、息を荒げる。

その時、ブラストの腕の引きが一瞬だけ大きくなった。


ーー今だ。


俺は一歩踏み込み、さらに間合いの内側へ潜り込む。

迫る拳を剣の腹で流すように受け、軌道を逸らした。


「ぬっ!?」


わずかに体勢を崩した隙を逃さず、俺は左手に闘気を集中させ、拳を強く握る。

渾身の力を込めて、空いた胴へと拳を叩き込んだ。


硬い。

まるで岩を殴ったような感触。

だが、確かに手応えはあった。


ブラストの体が一瞬たわみ、歯を食いしばって数歩下がる。

土煙が揺れ、沈黙が走った。


「……それが、“紅い閃光”か。見事じゃ」

「なら、合格なのか?」

「悔しいがの……。じゃが、まだ続けるぞ!」


合格の合図を出したはずの男の瞳が、さらに炎のように燃え上がる。

その体から再び闘気が吹き上がり、風が巻いた。


「冗談だろ……?」


俺の呟きと同時に、再び戦場が鳴動する。

ブラストの一歩が地を砕き、砂煙が巻き上がった。

視界が白く染まる中、再び二つの影がぶつかり合った——。


ーーーー


「やりすぎです、ブラストさん」


結局、戦闘は長く続き、最終的には戦場の損傷を心配した協会員によって止められることとなった。

ブラストは悪びれた様子もなく、豪快に笑いながら俺の肩を叩く。


「がっはっは! 久方ぶりに血が騒いでの! ついな!」

「そんなんで暴れられても困りますよ……はぁ。とりあえず、ダレン様はこれで特級探索者として正式に認定されました。お疲れさまです」


協会員の一言で試験は終わりを告げた。

ブラストは動きを止め、俺の前に立つと分厚い手を差し出した。

その眼には、まだ闘志の炎が燃えていた。


「『紅影』のダレン。期待しているぞ」

「……はい」


俺はそのごつく固い手を握り返した。

握った瞬間、彼の力強さと、言葉の裏にある信頼を感じた。


その後、ブラストと協会員に礼を述べ、俺たちは再び受付へ戻るよう指示を受けた。


「にしても、すごいじゃねぇかダレン。俺の時は為すすべなくやられたんだぞ」

「俺も苦戦したさ。殺す気でこられたら、正直わからなかった」

「あのじいさん、本気だったと思うけどな」


ミゲルは苦笑しながらも、どこか誇らしげな顔で俺を称えた。

肉弾戦であれほどの実力を持つ者など、そう多くはいないだろう。

“攻城”の異名、その所以を身をもって理解した気がした。


受付に戻ると、新たな探索者証が発行され、俺の手に渡された。

そこには確かに『特級』の二文字が刻まれていた。


「これでダレンは正式に特級探索者だね」

「俺も負けてられねぇな。一級になってからもうだいぶ経つし」

「フィデルならすぐ上がれるだろうさ」


俺たちは三人で探索者証を見つめながら語らう。

クラリスは探索者という肩書きにそれほどこだわっていないが、

フィデルはこれまでの活動もあり、特級への憧れを隠せないようだった。


話をしているうちに、本来の目的を思い出し、受付嬢に宿を尋ねる。

おすすめの宿を紹介され、感謝を伝えると、俺たちは本部を後にした。


「いつ出発するんだ? ダレンたちは」

「明日にはもう出る。急ぎなんでな」

「そうか……折角また会えたのにな。——また会おうぜ!」


ミゲルは帝都を出るときと同じように、俺たちを見送ってくれた。

協会の出口に立ち、手を大きく振りながら。

その姿に俺たちは思わず顔をほころばせた。


「エリーたちにも、また会えるといいね」

「ああ、そうだな」


クラリスは優しく笑った。

こうして旅の中で、別れがありながらも、また出会いがある。

その繋がりを感じられることが、今はただ嬉しかった。


紹介された宿に到着し、その夜は一晩休むことにした。

それぞれが荷物の整理や武器の手入れを済ませ、

やがて静かな夜が訪れた。


ーーーー


闇夜に燃える炎が揺らめく。

人々の叫びとともに、炎は勢いを増していった。

焦げた木の匂いが鼻を突き、倒れ落ちる柱の音が遠くで響く。


俺は——その炎の前に、ただ立ち尽くしていた。

耳鳴りがするほどの喧騒の中、

一瞬、世界が遠のくように音を失った。


『あんたのせいで家族は終わりだ!』

『お前なんて生むんじゃなかった!』


その声が頭の中で反響する。

家は、もはや家ではなくなっていた。

罪の重みに押し潰され、両親の言葉に心が崩れていった。

灰色だった世界は、次第に黒へと染まっていく。


手の中の包丁を見つめる。

異様に光る銀の刃だけが、この世界で唯一の輝きだった。

その刃がゆっくりと、自分の首元へと吸い込まれるように動く。


——紅い血が宙を舞った。


ーーーー


「……っ!? はっ、はぁ、はぁ……」


胸が苦しい。

体が勝手に跳ね起き、息を荒げる。

服にまとわりつく汗が気持ち悪く、喉が渇いていた。

手で胸を押さえながら、必死に呼吸を整える。


「……はぁ……最近は見なかったのに……」


久しぶりの悪夢。

胸の奥に残る痛みは、夢の中のそれよりもずっと現実的だった。


この世界で生きてきて、確かに成長を感じている。

仲間もでき、目的もある。

だが、“ここでの俺”以外は、果たしてどうなのか。


過去は変わらない。

どれだけ願っても、それは消えずに、

影のように俺の背に張りついて離れない。


ようやく掴んだ“形”を、また失ってしまうかもしれない。

そんな恐怖が胸を締め付けた。


息を整え、支度を始める。


「ダレン、入るよー」


扉の外からクラリスの声が聞こえる。

すでに身支度は済んでいたので、俺は短く答えた。


「おはよう。もう行け……る? って、顔色悪いよ?」

「……ああ。問題ない。もう行ける」


悟られぬように答えると、

クラリスは不思議そうに俺を見つめ、「そっか」とだけ言って扉を閉めた。


彼らを信頼している——それは、もう疑いようのないことだ。

だが、この過去だけは、誰にも触れさせたくなかった。

この世界の誰も、そして俺自身でさえも。


やりきれなさを胸に抱えながら、外へ出ると、

二人がすでに馬車の前で待っていた。

クラリスは心配そうにこちらを見つめ、

フィデルはまだ少し眠たげな顔で立っている。


「……よし。行くか、二人とも」

「うん」

「ああ」


一抹の不安を胸に抱きながらも、俺たちは馬車に乗り込む。

目指すは、ルミナス神聖王国。


まだ見ぬ壁は高く、道の果ては霞んでいる。

——だが。

この世界で築いてきたものは、決して消えない。


それを胸に刻み、明けたばかりの紅い空の下を進んでいった。

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