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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
四章 懺悔と赦し

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一話 先人

エイドリア王国を出てから、早くも二週間が経った。

報酬として受け取った金銭を馬車の手配に充て、三人で街道を進んでいた。


一面に広がる草原を風が撫で、遠くには灰色の石造りの城壁が見え始める。

その壮麗な姿に、クラリスが思わず息を呑んだ。


「もうそろ着くぞ」

「おお、思ったよりも速かったな」

「これを抜けたら神聖王国だね」


馬車はやがて検問に差しかかる。

探索者証を提示すると、衛兵たちは慣れた手つきで確認を済ませ、特に問題もなく通された。


門を抜けた先には、活気あふれる街並みが広がっていた。

行き交う人々の中には一般の商人や旅人だけでなく、腰に武具を携えた探索者たちの姿も目立つ。


「ここが……」


思わず漏らした言葉に、胸の奥がわずかに高鳴る。

ここは三国同盟のうち二つの国を越え、神聖王国に最も近い国――

アドル共和国。


その中心に、街のどこからでも見えるほど高くそびえ立つ塔があった。

まるで天を貫くようなその塔こそ、探索者協会の総本部である。


街の喧騒を抜けながら、俺たちはその塔を目指した。

馬車を厩舎に預け、三人で塔の中へと足を踏み入れる。


中は外の街以上の熱気に包まれていた。

受付を求める探索者、仲間と談笑する者、情報を交換する者――

人の声と靴音が交錯し、まるで一つの都市のように賑わっている。


ここはまだ旅の途中。

――そして、本来の目的地は、さらにその先にある。


ーーーー


「ルミナス神聖王国?」

「ああ。父様からそこへ向かってほしいと連絡が来ていた。『ペンタグラム』の次なる襲撃地らしい。」


王国を出る前、俺はフィデルに今回の目的地を告げていた。

探索者協会本部にいる父からの通信によれば、神聖王国に眠る特級遺物を狙い、例の組織が動き出しているという。


「神聖王国って……慈愛の女神を信仰してる国だよね?」

「ああ。『エイム教』――愛と赦しを象徴する宗教だ。」


俺は記憶を辿りながらクラリスに説明する。

とはいえ、俺たちの中に宗教に詳しい者はいない。

何が待ち受けているのか、それは実際に行ってみなければ分からなかった。


そして、その神聖王国へ向かうために立ち寄ったのが、このアドル共和国というわけだ。


ーーーー


いくつも並ぶ受付の前で、俺は少し気後れしながらも、唯一空いているカウンターへと歩み寄った。


「いらっしゃいませ。どのようなご用件でしょうか?」

「ここに来るのは初めてでな。宿を紹介してくれないか?」

「かしこまりました。探索者証を拝見してもよろしいですか?」


俺、クラリス、そしてフィデルの三人でそれぞれ探索者証を差し出す。

受付の女性は慣れた手つきで確認を進め、丁寧な対応にこちらが思わず感心するほどだった。


「……ダレン様、少しよろしいですか?」

「ん? 何か不備でもあったか?」

「いえ、そうではありません。実は――特級探索者になる資格を得られていますが、申請なさいますか?」

「……特級? ダレン、すげぇじゃねぇか!」


突然の言葉に、俺は思わず眉をひそめた。

フィデルが驚きと称賛を混ぜた声を上げる。


「最近は探索者としての活動も大してしていないが……」

「それが、今回の推薦に関わっておりまして――」


受付嬢は補足する。

特級探索者への昇格には、実績だけでなく国家規模の貢献や他の特級探索者からの推薦も考慮されるという。

どうやら、帝国と王国での一連の事件での功績が高く評価されたらしい。


「推薦した二人の名は、『虚剣』のアルケ様と『戦斧』のミゲル様です。」

「あの二人か……」

「ミゲルさん、ダレンのこと気に入ってたもんね。」


クラリスが懐かしそうに笑う。

帝国で出会った特級探索者たちの顔が脳裏に浮かぶ。

俺はため息をつきながら、心の中で小さく呟いた。

――あの二人、また勝手なことを。


「そうだな……」

「いいじゃねぇか。せっかくだし受けとけよ。」


フィデルの軽口に返事をしようとした、そのときだった。

俺たちの頭上に、影が落ちる。


振り向くと、背に巨大な戦斧を担いだ大柄な男が、ニヤリと笑って立っていた。


「ダレンじゃねぇか! こんなところで会うとはな!」


その声――忘れるはずがない。

帝国で共に戦った特級探索者、『戦斧』のミゲルがそこにいた。


ーーーー


受付を離れ、協会内の片隅――人の往来が少ない休憩スペースまで移動する。

ミゲルは再会を心から喜び、顔いっぱいに笑みを浮かべていた。

その笑顔は大男ゆえに迫力満点で、人によっては恐怖を覚えるほどだが、彼に悪意がないことは誰の目にも明らかだった。


フィデルとクラリスもそれぞれ挨拶を交わし、懐かしい空気が一気に場を包む。


「それで、ダレンたちは何でここにいるんだ?」

「神聖王国に向かう途中で寄ったんだ。」

「なるほどな。確かにエイドリアから行くなら、この国を通るのが早ぇ。」


ミゲルが頷く。俺もそのまま話を返す。


「お前の連れの三人はどうした?」

「あいつらか? 二級になるまで修行してこいってことで、帝国に置いてきた。」


ミゲルは、ない髪を掻くような仕草をして笑う。


「四級だったんだろ? 結構きついんじゃないか?」

「できねぇなら、それまでってこった。」

「ずいぶん冷たいな。」

「そうでもねぇさ。頼りになる奴をつけてる。死にはしねぇよ。」


そう言って笑う顔は豪快だが、その瞳には確かな信頼と心配が滲んでいた。

彼なりの「弟子への愛情」なのだろう。


「にしても、ダレン――お前、いい顔になったな。」

「そうか?」

「だよね。ミゲルさん、よく分かってる。」

「ほら、クラリス嬢も言ってるぞ。素直に認めとけ。」


苦笑しながらも、心のどこかで嬉しさを感じていた。

師匠と別れてから、帝国・王国と渡り歩く中で、確かに変わった自覚はあった。

けれど、それが「顔に出る」ほどだとは、自分では思ってもいなかった。


少し息を整えて、俺は先ほどの話題を切り替える。


「それで? 推薦っていうのはどういうことだ?」

「素直に言えば、俺と同等――いや、それ以上の男を推薦したってことだ。」

「……お前らしいな。」

「『虚剣』も推薦してたのは驚いたがな。」


ミゲルは悪びれる様子もなく笑う。

完全な善意だからこそ、断る理由も見つからない。


「受けてみろよ、ダレン。いい機会だろ?」

「ああ、ダレンなら問題ない。ちょっとした試験を受けるだけさ。」

「試験?」


俺が問い返すと、ミゲルは口角を上げ、愉快そうに笑った。

嫌な予感が走る。だが、もう遅い。


「探索者協会――本部長との模擬戦だ。」


ーーーー


結局、三人に押し切られる形で受けることになった。

嫌がる俺の背を、ミゲルの分厚い手が容赦なく押す。

受付嬢に申請を済ませると、そのまま協会地下の模擬戦場へ案内された。


そこは想像以上に広く、壁も床も厚い金属と魔力障壁で覆われていた。

一瞬、戦場の空気を思い出し、息を詰める。


やがて、扉の向こうから――圧のある“力”が放たれた。

それだけで背筋が総毛立つ。


「いい反応だな、若造。」


低く響く声と共に姿を現したのは、ミゲルと肩を並べるほどの巨躯の老人だった。

鋭い眼光、丸刈りの白髪、顎にたくわえた立派な白髭。

そして何より印象的なのは、顔を斜めに走る深い傷跡だった。


「私は探索者協会本部長――元特級探索者、『攻城』ブラストだ。」


『攻城』のブラスト。

探索者なら誰もがその名を知っている伝説の男だ。


「俺は――」

「言わずとも知っておる。帝国の英雄『紅影』のダレン。五剣の息子で、『虚剣』の弟子であろう?」

「師匠のことを?」

「当然だ。わしが現役だった頃、あやつは次代を担う期待の新星だった。」

「……そうなのか」

「若造、君にも同じものを感じる。楽しませてくれ。」


その眼光には年老いてなお鋭さが宿っていた。

言葉の端々に滲む威圧感に、思わず距離を取る。


やがて試験の説明が始まる。

ブラストとの模擬戦で実力を認めさせれば、特級探索者への昇格が認められる――

言葉にすれば簡単だが、実際には命を懸ける覚悟が要る。


フィデルとクラリス、ミゲルは安全区画の観戦席へと移動していく。

協会員たちも見守る中、俺とブラストは互いに距離を取り、向かい合った。


剣を抜き、呼吸を整え、低く構える。

静寂が場を支配し、空気が張り詰めていく。

協会員の息を吸う音が、やけに大きく響いた。


「――始め!」


合図と同時に、全身の力を解き放つ。

だが、次の瞬間、巨大な“影”が俺に迫る。


反射的に後方へ跳ぶ。

直後、地面が轟音を上げて砕け散った。


砂煙の向こう――

拳を突き出したまま立つブラストの姿があった。


ただの一撃。それだけで戦場が揺れる。

老人のはずなのに、その一撃に込められた圧倒的な“質量”に背筋が粟立つ。


「若造、まだまだこれからだぞ。」


――『攻城』。

たった一人で城を攻め落とす。その異名の由来を、俺は今、肌で理解した。


師匠にも、父にも匹敵する。

いや、それ以上かもしれない――。


恐怖と興奮が入り混じる中、俺の体が紅い光を放ち始める。

魂が再び、戦いの熱を帯びた。



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