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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
三章 心頼

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閑話 フィデルの独白

俺は生まれてからずっと貧民街で育った。

父は最初から不在で、母の手だけで幼少期を過ごしてきた。だが、その裏では住民たちの助けもあったのだろう。母以外の人々の姿を、俺は確かに周囲に感じていた。


しかし、そんな日々は長くは続かなかった。母は病に倒れ、やがてこの世を去った。俺は一人取り残されたのだ。

最期に母は、弱々しくも確かな声でこう言った。


「多くの人を頼りなさい。そして、頼った分は助けてあげなさい」


その言葉は今でも俺の中に根付いている。母を失い孤独となった俺は、その教えに従い生きてきた。多くの人に助けられ、支えられ、そして育てられたのだ。

年上のグラン、同い年の三人組。友人も、兄弟分も多くできた。ここは間違いなく、俺にとって「家族」だった。


お忍びで訪れていたルイとも出会い、多くを経験した。王子という肩書に惑わされることなく、ありのままのルイを見てきた。


小さな小競り合いを重ねるうちに力をつけ、やがて俺は探索者となった。

「ついに家族に恩返しができる」と思い、街を出ていくつかの国を巡った。

実力も次第に伴い、一級探索者となり、『蒼穹』という二つ名まで得た。


だが活動の場が変わっても、俺の信条は変わらなかった。

相互の関係を築き、人を頼り、また人に頼られる。気づけば俺の周りには自然と仲間が集まっていた。


そんな折、王国の動きが不穏になり始めた。

心配になりエイドリアへ戻ろうとしたその時、ルイが俺の元を訪ねてきた。国王の様子が急変し、国全体が不安定となり、彼は逃れるようにやって来たのだ。


「力を貸してくれ、フィデル」


俺に「断る」という選択肢は存在しなかった。

家族のこともあるが、ルイもその一人だ。見過ごせるはずがない。


準備を整えている中で、俺はダレンとクラリスに出会った。

ダレンは強い瞳を持ちながらも、どこかに不安定さを抱えていた。そしてその隣に立つクラリスは、揺るぎない眼差しを持ち、彼を守るように立っていた。

最初はただ「変わった二人組だ」と思っただけだった。


だが協会でその名を聞いた時、俺は震えた。


――ダレン・クローヴァン。


流れてくる噂の中で聞いたことがあった。帝都で起きた事件を解決へ導いた英雄の一人、『紅影』と呼ばれた人物だ。

帝国に与する者だとされていたため、複雑な気持ちはあったが、その実力を知る者としては「期待」も生まれた。


だが話してみて分かった。

――彼は英雄なんてものじゃない。


強さを持ちながらも、内には弱さを抱えている。だがその人間味にこそ、俺は親近感を覚えた。

クラリスからも悪意は感じられず、意志を宿した瞳を信じられると思った。

ルイに二人を紹介し、協力を取り付けることができた。


「どう思った?ルイ」

「面白い人物だと思う。英雄と呼ばれる人が、あんな目をしているなんて珍しいね。クラリスって子も貴族の出だろうけど、ここに来ている時点で完全に帝国側ではないだろう」


ルイも俺と同じく、二人を信じる道を選んだ。


そこから短くも濃い共闘の日々が始まった。

遺跡で共に動いたときは、その確かな実力を思い知らされた。二人とも、常識的な「探索者」の域をはるかに超えていた。


やがてリレイズ伯爵との顔合わせを済ませ、王都に到着した。

その時のルイの顔は強張っていた。俺はそれをほぐそうと努めたが、ダレンとクラリスの方は数々の死闘をくぐり抜けてきたのだろう。不安を抱かせる要素は少なかった。


反乱軍の説得に赴いたが、再会は喜ばしいものではなかった。

彼らの意志はすでに固く、もはや言葉では動かせない状況にあった。俺自身も、そのせいで冷静さを欠いていたのだろう。


その間に、ダレンとクラリスは夜の貧民街で戦闘に巻き込まれ、クラリスは負傷した。さらにリレイズ伯爵は軟禁され、事態は悪化していった。ルイの顔からも光が消え、表情は暗く沈んだ。


時間はすでに残されていない。

俺たちは動かなければならなかった。


ルイに声をかけ、皆で奔走した。

だが――まだ何かが足りなかった。事態は動かず、俺たちは夜を迎えることになった。

ーーーー


「クラリス! 何でいるんだ。怪我は大丈夫なのか?」


俺がまだ貧民街で動いていた最中、重い体を無理やり動かしながら進んでいるクラリスの姿を見つけた。


「ダレンが……一人で戦ってる。行かなきゃ」

「ダレンが? どういうことだ?」


話を聞くと、ダレンは教会にいたクラリスのもとを訪れ、自分の思いを吐露したのち、一人で敵へ向かっていったらしい。


「……故郷の襲撃か」

「ダレンは一人で背負って苦しんできた。誰かが無理にでも手を差し出さないと、いつか……」


クラリスは言葉を濁した。だがその先は、言わずとも分かっていた。

貧民街に流れ着く者たちもそうだった。人を頼れず、差し伸べられた手を掴めない者たちは、自然と底へ沈んでいった。

ダレンには、そんな危うさが確かに見えていた。


俺は母の言葉があったからこそ、人を頼り、助けることが身に染みついている。だが、それをできないダレンは、どれほど苦しみながら戦ってきたのだろうか。


「行くぞ……クラリス」

「言われなくてもね」


クラリスも即座に動き、二人でダレンを探しに走った。

貧民街を駆け巡ると、剣戟の音が響いてきた。音のする方へ急ぐと、そこには今にも闇に呑まれようとしているダレンの姿があった。ダレンはそっと目を閉じ、死を受け入れるかのように見えた。


視線を横にやると、すでにクラリスの姿はなく、その闇の渦へと身を投じていた。


「ったく、自分を好いてくれてる子が傍にいるってのに……」


俺は、クラリスの気持ちに気づかぬダレンと、それを蔑ろにするような姿に皮肉を込めて吐き捨てた。

そして弓を構え、影の男を狙う。


――威力はいらない。牽制になればいい。


クラリスの光と俺の矢による援護で、敵を退けることはできた。ダレンを救い出すこともできた。


だが、伝えるべきことがあった。

慰めではない。俺がすべきは、ダレンの心に「種」を蒔くこと。背中を押して、前に進ませることだ。

あいつは強い。きっかけさえあれば、自分で立ち上がれる。


「やめちまえ! そんな生き方をよぉ!」


俺の叫びは届いただろうか。少しでも、あいつの糧になればと願った。


ダレンは確かに立ち上がった。その姿は、芽吹いた種が咲き始めるかのように見えた。

もう心配はいらない。俺たちがいる。これからも支えていけばいい。俺が皆に頼ってきたように。


――――


やがてルイも覚悟を決め、この場に姿を現した。

街の人々を引きつけ、ダレンとクラリスの協力もあって注目を集めることができた。

街を思い頑なだったアニキも、ルイの覚悟を感じ取り、説得に応じた。


この面々ならば、何でもできる――そう思えた。


そして、ついに城へ乗り込む。

ルイに促され、俺たちは先を行った。強力な騎士たちを何とかはね退け、謁見の間へと辿り着いた。


そこで待ち受けていたのは、騎士団長と副団長。彼らの放つ気配に、思わず冷や汗が滲んだ。確かに、彼らこそがエイドリアを支えてきた存在だったからだ。

だが、クラリスに父の話を引かれたダレンの瞳には、新たな覚悟が宿っていた。


戦いの最中、俺はダレンの姿を見ていた。悩みながら、足掻きながらも戦う。その姿は、確かに「英雄」に近しいものだった。


迎えた最後の決戦。

多くの根が張り巡らされ、俺たちは苦戦を強いられた。正面から戦う力は俺にはない。後ろから二人を援護するのが、俺の役目だった。


だが、そう上手くはいかなかった。俺の放った矢は簡単に弾かれ、やがて俺もクラリスも戦闘不能に追い込まれた。


残されたのはダレン一人。

――また背負わせてしまうのか。


悔しさに唇を噛む俺の横で、クラリスは違っていた。彼女はただダレンを信じ、強い瞳で見つめていた。


――信じろ、と。


俺も心を決め、ダレンに視線を送る。

その時、体に妙な力が流れた。まるでダレンとつながるかのように。暖かさとともに紅い光が体を包む。


「ダレ、ン!」


叫びとともに、少し軽くなった体を起こした。視線の先には、扉から王座へ向かうルイの姿。


――任せろ。


ダレンとルイの邪魔はさせない。

俺とクラリスは視線を合わせ、合図を交わし、ルイに迫る根を撃ち砕いた。

ルイの剣が届き、根は枯れるように消え去った。


残された敵に、ダレンが立ち向かう。


「お前なら、もう大丈夫だ……俺たちがいる」


その剣が、すべてを終わらせた。


――――


事態は収束し、ルイは暫定国王として忙しく動き回っていた。俺たちは療養を余儀なくされていたが、疼く体を押さえられず、決意を胸に貧民街へ向かった。


「俺はまた旅に出る」


アニキにそう告げると、彼は驚く様子もなく空を眺めていた。そして静かに言った。


「俺の片目の件、覚えてっか?」

「……ああ。闇商人とやり合ったときの傷だろ」

「あれは中々ひどい戦いだったな。――この先、それ以上のことが何度も起こるぞ」


アニキの言いたいことは分かった。ダレンは足掻き、苦しみながらも立ち向かわなければならない。待っているのは修羅の道だと。


「あれは……器に見合わねぇ。だが抗い、戦っている。待ってるのは修羅の道だ。それでもか?」


アニキは俺を案じていた。今回の騒動でも、その想いは伝わっていた。

だが――俺の答えは、もう決まっていた。


「だからこそだ。あいつの傍には、人がいなきゃならねぇ。――俺は行くぞ」

「そうか……止めはしねぇさ。死ぬんじゃねぇぞ、フィデル」


それを激励と受け取り、最後の挨拶を交わす。死ぬつもりはない。俺はダレンの隣で戦い、生きて戻ってくる。


そして出発の日。クラリスには事前に伝えてあった。

それを初めて聞いたダレンは、口を開けたまま困惑していた。その様子が可笑しく、俺は笑ったまま前へ進む。


やがてダレンも笑みを滲ませながら、俺たちと共に歩み出した。


――その顔を、これからは自然にできるように。

ダレンの全ての枷が外れるように。


俺たちは修羅の道を、笑顔で歩んでいった。

これにて三章終了となります


ここまで読んでいただいた皆様ありがとうございます。

これは六章までを想定して書いているため、やっと節目を迎えられた気がします

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