四話 師との邂逅
「よお、坊主。初めましてだな」
そう言ったのは、長い黒髪を後ろで束ね、無精ひげを生やした男だった。父の弟──俺にとっては叔父だ。あれから数日後、わが家を訪ねてきた。
「はじめまして、叔父様」
見た目は粗野だが、あの父の弟だ。尊敬を込めて丁寧に挨拶する。
「それじゃあ、後の稽古は頼んだぞ、アルケ。俺はしばらく帝都に行かねばならん」
「それはいいが、兄貴。ずいぶん急じゃねぇか」
叔父の言葉に頷く。これまで父の予定ははっきりしていたが、今回は急すぎる。
問われた父は一瞬だけ険しい表情を浮かべた。
「最近はやたらときな臭くてな」
曖昧に答えたが、その様子から何かを抱えているのは明らかだった。
「ま、騎士様も大変だな。息子は任せとけ」
「ああ、頼んだ」
父は短くそう告げると、馬に乗り去っていった。
「さて、坊主。早速やるか」
「ご指導お願いします」
「俺は型からじゃなく、実戦形式だ。好きに打ってこい」
叔父は肩の力を抜いたまま木剣を構えた。ゆるく見えて、隙がまるでない。父と系統は違うが、同等の実力者という言葉が腑に落ちた。
俺は闘気を循環させ、一気に間合いを詰めて左手に回りこみ、木剣を振る。
だが受け止められ、簡単には通らなかった。
「筋は悪くねぇ。ただ──」
俺の剣筋を読んで隙を作り、防ぎ、そこから反撃に移る。父とは少々異なる合理的で実戦的な剣。。
だが防がれた次の瞬間、肩に強い衝撃が走った。
「才能はある。だが……歪んでいるな」
叔父の言葉の意味がわからない。痛みにうずくまる俺に、さらに続けた。
「お前、本当に八歳か?とても子供の剣じゃねぇ」
「……え?」
体が固まった。まさか転生者だと見抜かれたのか。
俺の心臓が跳ねる。宗教色の強いこの世界で、正体が知られたら何をされるかわからない。
だが叔父は淡々と続けた。
「子供の剣はもっと真っ直ぐだ。純粋で歪みがねぇ。だが、お前のは……戦場ですさんだ兵士みてぇだ。いやそれよりもっと厄介だ」
転生者のことではなかった。安堵したが、指摘は耳に残った。
「どういうことですか、叔父様」
「俺は剣を対話だと思ってる。剣を通して心が伝わる。まっすぐな戦意、殺意は強い力を持つ。だが、お前の剣は……自分の弱さをさらけ出しながら、必死に隠そうとしてる。そんな矛盾だらけの剣だ」
叔父は真剣な表情で俺を見据え、地面に腰を下ろした。
「よく聞け、ダレン。お前は不安定だ。何があったかは知らねぇが……言えることはあるか?」
「……言いたくありません。それに、私自身もよくわかっていないのです」
正直、それが本心だった。見透かされていると感じたが、言葉にできない。
「子供にしちゃ妙に大人びてると思ったが……」
そうつぶやいた叔父は立ち上がり、俺に手を差し伸べた。
「今日から俺のことは師匠と呼べ。先輩として色んなことを叩き込んでやる」
「は……? 叔父様?」
「叔父じゃねぇ。師匠だ。それと、その気持ち悪い敬語はやめろ」
無骨な物言いに胸が痛む。だが確かに、俺の話し方は「借り物」のように感じていたのかもしれない。
「お前の素は、それじゃねぇはずだ。ダレン、まずは自分と向き合え」
初対面のはずなのに、全てを見透かされているような気持ち悪さと、不思議な安心感。
俺は差し伸べられた手を握り、口にした。
「....ああ、わかった。師匠。今日からよろしく」
こうして俺の叔父──アルケは、師匠となった。
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あれから二日後。アルケ――いや、師匠から
「アルディア街にある道場に来い」
と言われていた。
そのため俺は午前に座学、午後に剣の自主練、夜は寝室で闘気の制御に励む生活を送っていた。
体を鍛えることは昔から嫌いではなかった。むしろ性に合っていると感じている。
今は時折、もう一人の使用人であるナズリーが持ってきてくれる飲み物を口にしながら、闘気の制御をしている。
闘気の制御といっても、ただ流すだけではなく、いくつか工夫を試していた。
例えば、腕や脚など一部に集中させれば局所的な強化。
一気に放出すれば体力を激しく消耗するが、爆発的な威力を得られる。
さらに練り込み、質を高めるイメージをすると、一時的だが肉体能力が底上げされる感覚があった。
「……しかし、テドスから聞いた話とは随分違うな」
彼の話では、闘気の増加は資質に依存するという。
父は「経験を積めば伸びる」と言っていたが、実際の理屈は曖昧らしい。
この世界の真理も、まだ解明されていないのだろう。
「結局は、自分にできることをやるしかないか」
そう結論づけ、再び闘気を練り込んでいると、部屋の扉が「コンコン」と叩かれた。
「はい。どうぞ」
現れたのはテドスだった。
「夜分に失礼いたします。ダレン様。明日はアルケ様の道場に行かれるのですよね?」
「ああ、そのつもりだ」
「今回、私も同伴いたします。それをご報告に参りました」
思いがけない言葉に助けられた気分だった。一人で街に行くのは心細かったからだ。
「それはありがたい。だが、なぜだ?」
「ついでに座学の一環として、この辺りの地理や金銭の使い方を学んでいただこうと思いまして」
なるほど。確かに俺は帝都や国全体の仕組みは学んでいるが、この周辺の細かい事情は知らなかった。
「わかった。ぜひ頼む」
「お任せください」
テドスは深々と一礼し、部屋を後にした。
俺は再び闘気を練り直し、疲れ果てると灯りを消して眠りについた。
――翌日。
出立しようと庭に出ると、母と妹リリが待ち構えていた。
「なんで母様まで……それにリリも」
「いいじゃない。街に行くのなんて久しぶりなんだから。ね、リリちゃん?」
「あ、えっと……」
リリは困ったように視線を逸らした。母の勢いには逆らえないらしい。
「家のことはナズリーに任せてあるわ。さあ、行きましょう」
使用人のナズリーに見送られ、結局四人で村へ向かうことになった。
道中、テドスが口を開く。
「ではまず、ここクローヴァン領は帝国のどの位置にあるか、ご存じですか?」
「帝国の中央から南東だな。西に馬で三日ほど走れば帝都に着く」
「その通りです。当主様が帝都に近い領を任されているのは、緊急時にすぐ呼び出せるため。そして国境のルシード王国にも近い位置だからです」
父の力を思えば当然だろう。帝国でも「五剣」と呼ばれる実力者なのだから。
「ダレンはずいぶん物知りになったわね。えらいわ」
「……母様、からかわないでください」
照れくさいが、悪い気はしなかった。
村へは予定より早く到着した。帝都に比べれば小さいが、それでも街というより小都市に近い規模だった。
「市場を見て回りましょう。帝都ほどではありませんが、ここは規模が大きいので」
母は誰より楽しそうで、リリを引きずるようにして露店を渡り歩いていた。
テドスは値札を指さし、俺に問う。
「このリンゴは八フィル銅貨。相場より高めです。なぜでしょう?」
「他国の影響か?」
「半分正解です。エイドリア王国が戦争の準備をしており、商人が買い占めを始めているのです。戦が近づけば三倍に跳ね上がることもあります」
前世でも見た光景だ。戦争は国を疲弊させる。民の生活も簡単に崩れるのだ。
さらに歩くと、雑多な品を扱う店が目に入った。値は高い。二フィル金貨の品まである。
「これは遺物ですね。灯をつけたり、水を出したりする低級なものから、千メル先を見渡せる望遠の遺物まで」
「千メル……?」
この世界の距離単位メルは、ほぼ一メートルと同じだと推測している。
「ただし制限があります。例えばこの望遠の遺物は三回使うと一日休ませなければなりません。燃料にあたるのは、この世に遍在する『プラナ』という力です」
プラナ……この世界の理を形作る力。魔物も遺跡も、それで成り立っているのかもしれない。
「当主様の剣も遺物だそうですよ」
父が……。さすがに国を背負う存在だ。
だが遺物に関する謎は深まるばかりだった。
頭を抱え悩む俺を置いて、テドスは歩き出す。
「……時間ですね。そろそろ道場へ参りましょうか」
母とリリを回収し、俺たちはアルケの待つ道場へと向かった。
ちょっと説明的すぎましたかね
会話に混ぜるの下手すぎて笑えませんわ




