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救いを貴方へ ~痛みの先に~  作者: 湘南乃炎
三章 心頼

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十四話 解け

式典は無事に終了し、俺たちは新国王の姿が見えるのを待合室で待機していた。


「いや、それにしても良かったな」

「ああ。ルイが王だなんてな……なんか現実感ねぇや」


フィデルは先ほどの演説を思い返し、感動を噛みしめながら呆けていた。

王子という立場を超えて、友として信頼を築いてきた相手。その相手が今や一国の王だ。現実感がなくても当然だろう。


「一緒に街を歩き回ってた頃が懐かしいな」

「これからはどう接していくんだ?」

「ん? 特に変わりやしねぇよ。肩書きが変わってもルイはルイだからな」


フィデルは当然といった面持ちでそう語る。その顔を見て、俺は思わず笑ってしまった。


「何だよ?」

「いや……なんでもないさ」


そんな関係を、これからも続けていきたい。心からそう思った。

クラリスもつられて笑い、フィデルだけが困惑する――そんな和やかな空気が流れていた。


すると、静かに部屋の扉が開く。姿を見せたのは、いくらかの公務を終え、少し疲れをにじませた新国王ルイだった。


「お、ルイが来たか。お疲れさん」

「ああ。ありがとう。三人とも、見てくれたか?」

「もちろんだ。立派だったぜ」


国王の言葉にフィデルは目を細め、笑った。俺たちも労いを伝えるため、前に出る。


「国王陛下、立派な演説でした」

「何その固っ苦しいの。王子呼びできないからって? ダレン、ルイでいいよ」

「だが……」

「共に戦った仲じゃないか」

「……わかった。ルイ」

「お疲れ様、ルイ国王」


王子と呼んでいた名が定着していたせいか、妙な恥ずかしさを覚えた。クラリスも続き、少しからかうように名を呼ぶ。

たった一晩だが、生死を共にした四人の絆は、揺るがぬ何かで繋がれているように思えた。


「あ、それと、もうひと方呼んでいるんだ。どうぞ」


ルイが扉の外へ呼びかけると、再びゆっくりと扉が開く。そこに立っていたのは、つい最近のことなのに遠い昔のように感じる人物だった。


「やあ。久しぶりだ、二人とも」

「ユリウス……か」

「なんで皇子が?」


ユリウスは突然の登場に驚く俺とクラリスを見て、満足げに笑った。


「エイドリア王国に新国王が即位したんだ。帝国が使者を送るのは当然だろう?」

「そう……なのか。久しぶりだな」

「また一段と立派になられましたね、ユリウス皇子」

「そうでもないさ。君らは王国でも派手にやったみたいじゃないか」


呆れたように手を上げ、目を閉じるユリウス。久々の再会でも気楽に話せる状況が、俺には好ましかった。

だがその一方で、フィデルは口を開けてユリウスを指さしながら、後ずさっていく。


「て、帝国の、皇子……か?」

「なんでそんなに驚いてるんだ。ルイには普通に接してるだろ」

「それとこれとは別だろ!」


窓際まで下がっていくフィデルに、ユリウスがゆっくりと歩み寄り、手を差し出す。


「ダレン君たちの仲間、フィデル君だね? 一緒に戦ってくれてありがとう」

「あ、いや。頼んだのは俺たちの方です。むしろ感謝するのはこちらで……」

「それでも、ありがとう」


頑なに手を差し出し続けるユリウスに、恐縮しながらもフィデルは握手を交わした。

場は少し妙な空気をまといながらも、和やかな会話が続いていく。


「そろそろ戻らねばなりませんね、ユリウス皇子」

「そうですね、陛下」

「なんだ、もう行っちゃうのか?」

「『協定』について話さなくてはいけなくてね」


その時、ルイとユリウスから歴史を揺るがす大きな話が告げられた。

――『クーリン帝国とエイドリア王国の協定』。

これまで長い歴史の中で強国同士、いがみ合ってきた二国。その関係に、変化が生まれようとしていた。


「そんな大事なこと、俺たちに話してよかったのか……?」

「構わないさ。どうせすぐ発表されることだから」


軽く言うユリウス。しかし国を左右する出来事に、俺たちは呆然と口を開けたままだった。

共に戦った二人の若き王族が、今は共に手を取り、国を導こうとしている――胸の奥で、何かが熱を帯びるのを感じた。


「それじゃ、これで一旦お別れだな。もう発つんだろう?」

「ああ。今日には王国を出る」

「そうか……どうか元気でな、二人とも……そしてフィデル」


ルイはフィデルにだけ、何かを託すような視線を送る。フィデルも無言でうなずき返した。そのやり取りに疑問を覚えながらも、俺たちはルイとユリウスに別れを告げ、静かな空間に戻った。


「そういや、アニキがダレンに会いたがってたぞ」


フィデルの言葉に、グランが俺に会いたがっていることへ不審を覚える。

だが、どうせ別れの挨拶をするなら貧民街に顔を出すつもりでもあった。


俺たちは城を後にし、貧民街へと歩みを進めていった。


ーーーー

貧民街に着くと、フィデルだけでなく俺たちまでもが住民たちに歓迎され、ひっきりなしに声を掛けられていた。


「あの赤いの、すごかったな!」

「あんた、騎士団長も倒したんだってな!」

「嬢ちゃんも、かわいい顔して強いんだね!」

「あの光もすごかったな!」


住民たちに囲まれて困惑している俺たちを、フィデルは苦笑いしながら手を振っていた。

しばらくその状態が続いたが、どこかへ行っていたフィデルが戻ってきたことでようやく解放され、俺は端に腰を下ろして様子を見守っていた。

クラリスはまだ多くの人に囲まれていたが、騎士を志していた彼女にとって「守るべき民」から直接感謝を伝えられることは嬉しいのだろう。口元には自然な笑みが浮かんでいた。


「君がダレン・クローヴァンかな?」


座り込んでいた俺に、中年ほどの男が声を掛けてきた。見たところ貧民街の住人だろうか。しかし周囲の人々とはどこか異質な雰囲気をまとっていた。それでも、なぜか気にはならなかった。

俺が無言でうなずくと、男は喜びをあらわにして、強引に俺の手を握ってきた。


「そうか!君が!――いやぁ、素晴らしい活躍だったよ!」

「どうも……」

「悪に、虚無に打ち勝つ姿は、まさに英雄だね!」


男はまるで全てを見てきたかのように、腕を振りながら語った。こういう口上は苦手だったが、不思議と嫌な気はしなかった。


「これからも活躍を期待しているよ――『抗う者』よ」


そう言い残し、男は霧のように静かに姿を消した。その佇まいは妙に朧げで、顔を思い出そうとしても何かが引っかかり、輪郭を掴むことができなかった。

首をかしげていると、こちらに歩いてくるフィデルの姿が目に入った。


「何かあったのか?」

「いや……なんでもないさ。それで、終わったのか?」

「ああ。アニキが呼んでたぜ。行ってやってくれ」


そう言われ、俺は渋々ながらもグランのもとへ向かった。建物に入り、案内されるまま屋上へ出ると、欄干に手をかけ、夜風に髪を揺らすグランの姿があった。


「よぉ。派手にやったみたいじゃねぇか」

「そうするしかなかったからな」


目が合うと同時に、グランは口元を歪め、笑みを浮かべながら言った。隻眼はまるで俺を見定めるかのように、強く射抜いていた。


「いい目になったじゃねぇか。『歪み』はましになったようだな……少しは“信頼”ってもんが分かったか?」

「ああ……俺は思い上がっていたようだ。全部一人で背負おうとしていた。馬鹿げた話だ。今までも多く助けられてきたってのにな」

「それが分かってるなら十分だ。俺も今回はフィデルを避けた性質だ。人のことは言えねぇがな。

――孤独と孤高をはき違えるなよ」


グランは力を込めた隻眼で語る。その眼差しには、これまでの彼の生き様そのものが宿っているように感じられた。


「あんたは強い。だからこそ、襲い掛かる重荷は相当なもんだ。……だがあんたは英雄なんて立派な性質じゃねぇ」

「ああ。そうだろうな。俺はそんな立派なもんじゃない」

「だからこそ、頼れ。多くを頼れ。あんたには自然と人が集まるだろうからな。――フィデルみてぇにな。頼んだぞ」


その言葉に俺は口元を緩めた。懐かしさを感じさせる会話は、不思議と心地よかった。最後の「頼んだ」の意味は分からなかったが、そこに込められた信頼の重さを受け止め、俺はうなずいた。


別れを告げて広場に戻ると、住民たちはすでに散り、フィデルとクラリスだけが残っていた。


「終わったの?」


クラリスが首をかしげながら尋ねる。その瞳を真っ直ぐに見つめ、俺は笑みを返した。不思議そうにするクラリスを横目に、フィデルへと向き直る。


「それじゃ、俺たちはこれでここを出る。今回は助けられた」

「それはこっちの台詞だぜ? 助けを求めたのは俺たちだしな」

「それでもだ……元気でな、フィデル」


長いようで短かったフィデルとの日々が脳裏をよぎる。俺は手を差し出し、別れの挨拶を交わそうとした。フィデルも目を細め、その手を強く握った。


「ああ!これからもよろしくな!」


別れの挨拶とは思えない言葉に、思わず首を傾げて「ん?」と声が漏れる。

いたずらが成功した子供のように、フィデルとクラリスが同時に笑い出し、俺は困惑した。


「ふふっ!」

「はっはっは! 俺もついていくに決まってんだろぉ!」

「……どういうことだ? 話が見えてこないぞ」

「お前らだけに任せられるかよ。『ペンタグラム』は俺の敵だ。目的は同じだろ」

「だが……貧民街の人たちには……」

「もう話してあるさ。アニキにもな」


その言葉で、グランの最後の一言の意味を理解した。俺だけが蚊帳の外だったことに、呆れるしかなかった。


「さあ、行くぞダレン!」

「もう行こうよ、ダレン!」


膝に手をついて呆れていた俺を置いて、二人は先に歩き出そうとする。

突然の話ではあったが、フィデルがついてくると聞いて、正直安心した自分がいた。その心強さは、これまでも、これからも頼りたいと思えるものだった。


「……ああ。今行く」


二人に追いつき、三人並んで次の場所へ向かって歩き出す。


ここへ来た時はまだ重かった背中。その重みは完全に消えたわけではない。だが確かに軽くなっていた。

仮にこれから重荷が増えようとも、今はそれを共に背負ってくれる仲間がいる。


自らの成長を実感しながら、一歩一歩力強く踏み出す。

――この先、どんな困難が待ち受けようとも。


向き合う未来は、もはや怖くはなかった。

――あとは、過去の自分だけだ。

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